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act.56『ファーストキス』
(宍戸視点)


こもも、おまえ言ってたな。

“素直になれば?”

その言葉に対し、俺は確か十分素直だ、と返事していた。


“こももを身代わりとか思ってないかもしれないけど、リョウちゃんが必要だってわからないの?”

“だから、リョウは跡部のだろ?”


言い訳をしていたわけではない。

こももは身代わりとかじゃなくて、一人の女として大切に思ってた。

でも、最近はリョウと仲良くなって、ふつうに接していて、それが嬉しくある。


“リョウちゃんばっかりズルい!”


こももを蔑(ないがし)ろにしてたつもりはなくても、蔑ろにしてたのかもな?


「姫よ。その美しさ…永遠に、」


さらに劇の最中、気づいてしまった。

忍足のせいで――


「いつまでフリーズしてるんや?」


白雪姫であるリョウにキスをする振りをするのに固まる俺。

目の前には眠りにつく姫がいる。

振りだとわかっていても練習の時でさえ緊張してた。

ましてや今は大勢の観客が俺たちを凝視してるんだ、緊張しないわけがない。


「もー…焦れったいやっちゃ。男ならバシッと決めてきぃ!」


背後にいた忍足に背中を力強く押され、俺はリョウに被さるようにこけた。

なにかの間違いか?


「あら、」

「(あれ、ファーストキスじゃなか?)」


目を見開くリョウは俺を見て完全に固まっていた。

俺はリョウの反応を見て重ねてしまった唇を腕で覆い隠した。


「白雪姫〜!」


真っ赤になってる俺を余所に劇は通常通り進行していった。

今更だがこももとでさえ、キスをしたことがないことに気づいた。


「(柔らかかった…)」


一瞬触れた感覚が残る自分の唇を女みたいに触る俺を見て、仁王が笑っていることに気づかなかった。


「(とうとう宍戸のヤツ、気づいたんかのう?ククッ、)」


初めて交わしたキスがあんな形で納得はいかないが愚痴を言う気にはならなかった。


“宍戸くん、キスしてあげる?”

“はぁ?”

“ほら目閉じて?”


あのとき、こももはなぜかキスをしなかった。

確かにまだ女に慣れていないというのもあって怖かった。

こももに唇を指でなぞられただけで体を強ばらせたのを覚えてる。


“……誰も口にするとは言ってないでしょ?おバカさん?”


今のキスは事故。

だとしても、こももにキスされそうになったときほど怖いとか感じなかったのはなぜ?


「…リョウ?さっきは…」

『う、うん?』

「あ、と…その……ごめん、」

『うん…』


リョウの顔を見れば恥ずかしそうに視線を俺からずらし、赤く頬を染めていた。

それを見て、嫌だったのだろうか?と疑問が生じた。


「(もしかして、俺……)」


そのとき、初めて気づいたのだ。

リョウをただのペットとして見ていないことに。





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