小さな涙
あれから部活の見学をしようと仁王と約束をし、アイツは約束を果たしてくれた。
大方、入りたい部も決まり、胸を躍らせながら帰路を一人歩いていた。
夕焼けがあまりに綺麗で見るものすべてが温かく思えた。
「部活のこと父さんと母さんに相談しねぇと。」
頭の中は新たな学校生活のことでいっぱいで端から見れば浮かれているように見えたかもしれない。
そんな状態で小さな少女に気づけたのは運命だったかもしれない。
「ん?」
たまたま通りかかった公園にはブランコに乗る女の子がいた。
オレンジ色の涙をこぼしている。
見ているとあまりに可哀想だから目を背けることが出来なかった。
その当初、3歳の弟がいて、さらにもうすぐ弟が生まれると言われていたせいか、“お兄ちゃん”という自覚があった。
だから、声をかけた――。
「一人でどうしたんだよ?」
『……しらないひととおはなししたらダメって“はるにー”にいわれてるの。』
「偉いな。“はるにー”との約束守ってんだ?」
栗色の柔らかそうな髪、薄茶色の瞳に大きな目と長いまつげが可愛らしさを感じさせた。
しかし、痛々しいほど至る所にキズやアザがあった。
「(虐待…?)」
こんな小さな子供が虐待を受けてるんだとしたら?
「俺、丸井ブン太。名前は?」
『…かどきまい。』
「どんな字?」
『たしか、廉生真衣ってかくの。』
俺は子供が怖がらないように目の前に屈み込んで尋ねた。
「で、夕方まで一人でいるってのは誰か待ってるのか?」
『……やさしいママがくるのまってる。』
決定的だった。
親が選べたらどれだけよいだろうか。
「何歳なんだ?」
『6さい。』
「幼稚園に行ってんの?それとも小学校?」
『ようちえん?しょうがっこう?』
「……」
どれだけ母親が彼女に愛情をかけているのか理解するには十分だった。
俺は世の中にはこんなに可哀想な子供がいたことを目の当たりにして涙がこぼれた。
「真衣さ、家は?一人だと危ねぇし、送ってやるよ。」
『……ありがとう、おにいちゃん。』
気が進まないのは返事はしたが俯いたままだった。
放任な親なのによくぞここまで礼儀正しい子に育ったものだと感心した。
「手、繋ごうぜ!」
『うん!』
この誘いに素直に応じてくれたのは嬉しかった。が、一瞬でその喜びは消えた。
真衣の小さな手は冷えきっていたからだ。
「じゃ、道案内シクヨロ!」
『はーい。』
「しりとりしながら帰ろうぜぃ?」
『しりとり?』
「例えば、“とり”なら“り”から始まる言葉を探すんだ。でも、最後に“ん”がついたら負け。」
『り、り、リス!』
「お。リスか〜。じゃ、ス。スー…スイカ!」
『か、か、カラス!』
「ス?またスか。す、すー…スキー。」
『き?き、きいろ!』
「ろ、ろ〜ば。」
『ば。…バケツだ!』
真衣は楽しそうに考えていた。
しかし、次第に自宅が近づくやその表情は沈んでいった。
『ここ、まいのおうち。』
「……ママいる?」
『たぶんいな――!』
真衣は駐車場に止まるある車を見て青ざめていった。
あの車になにかあるのか。
「どうしたんだよ?」
そう尋ねたとき、マンションから一組のカップルが出てきた。
すると真衣はさっと俺の後ろに隠れたのだった。
「真衣?」
『……』
俺はこっちに向かってくる二人を見てピンときた。
女の方は真衣を思わすようななにかがあったからだ。
「あら、僕どうかしたの?」
「(僕…?)」
声をかけられ、周りを見渡したが自分しかいない。
女は俺に声をかけてきたとわかった。
「いや、真衣を送りに来たんです。」
「真衣?誰それ。」
『!』
「お隣さんの子かしら?」
「いや、」
「でも、このアパートであなたが連れてるお子さんくらいの子なんて見たことないわね。管理人さんに聞いたらいいかもしれないわね。」
何も知らない顔をして女は男と俺の横を通り過ぎていった。
俺の足下にいた真衣を見てみると涙をポロポロとこぼしていた。
『うっ、ひっ…』
声を殺して泣く姿を見ていると“子供らしさ”を感じられなかった。
俺は鞄を肩に掛け直し、真衣を抱き上げた。
「泣きたいときは泣いていいんだぜぃ?」
『で、も。ママがっ…』
「俺はママじゃねぇし。」
『う…うっ、うわぁぁぁぁ!!』
そう言ってやっと、子供らしくしてくれた。
俺は真衣を抱き上げてしまった以上、連れて帰るしか選択肢がなかった。
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