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ダメ彼氏


時間までになると跡部がテニスクラブのロビーに来た。

俺と真衣には跡部が大きな壁に見えた。

跡部からの攻撃に構えていたが予想外の発言に俺は拍子抜けだった。


「その様子じゃ、俺はフラれるんだな。」


凹んでいる様子どころか楽しそうに笑いながらそう跡部が言った。

その跡部に続いて入って来た仁王に目を移して気付いた。


「仁王!跡部とグルだったな!?」

『どういうこと?』

「見ててもどかしい余り背中を押してやっただけじゃ。」

「押しただぁ!?思いっきり蹴り入れるくらい激しかったじゃねーか!」


跡部は真衣と付き合えたら付き合えたで嬉しかったと言う。

俺に流れたのは残念だと言いつつ、今だ獲物を見るライオンのような目は変わらなかった。


「真衣、丸井に飽きたらいつでも歓迎してやる。すぐに式挙げられるように支度しておく。」

『どうも、』

「変な商談してんじゃねぇ!」


跡部は婚期を逃した、と言っていたがヤツなら婚約者候補は山ほどいると聞いた。


『景吾くんみたいな人が私なんかを相手にしてるなんておかしいと思ったの。』

「俺は本気だったがな。」

「選ばれるのを待つ者は多くとも自分にとって相応しいと思える女なんて世界に一人だけなんよ。」

『はるにーにもそういう人いるの?』

「どうじゃろ。」


笑ってごまかして言った仁王は話題を切り替えた。


「近いうち、丸井家の家族になれるじゃろ。残念だったこと一つ叶ったぜよ?」

『このままじゃ一つしか叶わない。』

「時にすべてを叶えるのが無理なときもある。じゃけ、仁王の姓を名乗るなんてのは簡単なんじゃ。」

『簡単なの?』

「一人暮らしするなら表札を仁王にすればいいん。戸籍上、仁王になっとうから真衣の苗字。」

『え?だって、廉生のままにしておいたって…』

「あれは真衣が自分で名乗ることを考えてじゃ。ブンの家にいながら仁王を名乗っていたらいずれブンが傷付くし、丸井には出来んから廉生真衣から変えなかったん。」

『でも、本当は…仁王真衣ってこと?』

「そう。言わないで悪かった。」


嬉しさのあまり、真衣が仁王に飛びついたもんだから仁王がよろけていた。


『はるにーは魔法使いみたい!』

「魔法使いね、初めて言われたぜよ。」


彼女は幼い時に辛い思いをしすぎた。

一生分の辛さを味わったのなら、これからは幸せしかないだろう。


「じゃ、帰りますか。」

「待て。食事でもどうだ?」

「おぉ、跡部ん奢りならいくらでも。」

「大して食べないくせに。丸井と真衣も来るだろ?」

「おう、でも先に車行っててくんね?まだ真衣に言わなくちゃいけないことあってよ。」

「了解、」


仁王と跡部がいなくなると俺は真衣に言った。


「ブルーベリさ?なかったからソースで我慢してくれな。」

『うん、いいの。』

「で、俺…こっちに職場移ったから帰ってきたんだ。」

『え?』

「だから、家出るなんて言うなよ。俺が一人暮らしするし。」


帰ってきたのに離れて生活する理由を理解できなかったのか、不満そうに頬を膨らませた。


『あの家にみんなで住めばいいじゃない!』

「部屋数足らねーだろぃ。だからって真衣に一人暮らしさせたくねぇし。」

『また一緒にいられると思ったのに。』


真衣は残念そうに呟いたがそれなりに理由がある。

同じ屋根の下にいたらなにがあるかわからない。自分の理性と忍耐性に自信が無かった。


「いつまでも優しいお兄ちゃんだと思ってんなよ?俺だって男なんだからな。」

『知ってるよ?』


そう答えていたが果たして本当に知っているのか不安だった。


「はぁ、」


俺の目から見たらまたまだ幼い恋人にこれからも苦労しそうだ。


『私、これからもブン太お兄ちゃんて呼ぶの?恋人なのに?』

「好きなように呼べよ。」

『じゃあ、ブン太くん?』

「……やっぱダメ!なんかわかんねーけどそれはヤバイ!」

『じゃあなんて呼べばいいの?』


こんなに可愛い彼女が同じ家で暮らしてるなんて色々ヤバイ。


『あ。恋人になった記念にキスしよ!』

「なんつーこと言うんだよ!つか、記念にキスとかわけわかんねぇ!」

『恋人になったらキス出来るんでしょ?そう昔、言ってたじゃない。』

「俺はなにも言ってねぇよ!」

『私、ブン太お兄ちゃんとキスしたことない。』

「……他のヤツとはしたのかよ!?」

『ううん?』

「嘘つけ!さては跡部だな!」

『違うってばー!』


二つの小さな恋心がこんなにも立派に成長して実った。

それだけで十分だと思う。

ただ、兄として恋人として教えることはまだまだありそうだ。


『キスしてくれるまではるにーたちのところに行かないから!』

「…おい。」

『早くー!』


待たせてるということもあって早く動いてもらおうと考え、頬にキスをした。

真衣が不満そうに頬を膨らませたのは言うまでもない。


『……なんでホッペなの?』

「そんなにしたいなら真衣がすればいいだろぃ。」


そういえば似たような会話を昔にしたことがあった、と思い返した。


『10ねんご、まいがこいびとになるならいまからチューしてもいいよね!』

「ホッペならな。」

『なんでホッペなのー!?』

「口は10年後。」

『じゃあ、10ねんガマンする。』


キスを求めて急かしてくる真衣を黙らせるには手段は一つしかないと自分に言い聞かせた。

それで目をつぶらせたはいいが、


『まだ?』

「うるせー」


唇を寄せられずにいた。


「(練習しときゃよかった。)」


後悔したって本番しかないことに気づく俺。

結局、我慢しきれず、真衣に唇を奪われた。


『早く行こうー?』


満足したのか真衣は颯爽とロビーを後にした。

俺は妹だった人物にキスをすることに抵抗を感じていた自分の勇気のなさに凹んでいた。





 小さな恋人





10年も前から彼女が恋人になることは約束していた。

つまり、幼い時から真衣は俺の妹ではなく恋人だったのにキス一つまともに出来ないなんてな。

これから先が思いやられる。





** END **

20081014 完結



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