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それが最後だった


戸籍上、仁王が真衣の兄貴。

だとすれば俺はなんの関係もない、ただの部外者。

それでも育ての家族として真衣の中で記憶されている。


「なぁ、真衣は俺が兄貴だって信じてたのか?」

『私の苗字が廉生だったから、本当の兄だとは思ってなかった。でも、本当のお兄ちゃんみたいだった。』

「事実を知って、偽りの兄妹だと仁王に言われて…俺が兄貴じゃなくなるような弱い関係だったわけ?」

『……』


真衣は黙っていた。

ただ、仁王から事実を知らされただけでこんなに関係が薄れるとは思えない。


「真衣の本当の兄貴が仁王でも、一緒に過ごした思い出が変わるわけじゃねぇだろぃ!」


なにをこんなに必死になってるのかわからなかった。

自分のことは自分が一番理解していると思っていただけあって、今回のことはわからないことだらけで怖かった。


『ブン太お兄ちゃん。…あのときの約束、覚えてる…?』

「約束?」


頭の中で真衣と交わした約束を思い出すのに記憶の中を巡った。

思い出す前に真衣が口を開いた。


『…やだなー!パティシエになって帰ってきたら一番にお菓子作ってくれるって約束したじゃない。忘れたの?』


俺が旅立つ日の朝、真衣と指切りまでしたのにすぐに思い出せなかったことが悔しかった。


「そうだったな!あ、じゃあ…夕方に跡部が迎えに来る前になんか作ってやるよ。なにがいい?」

『レアチーズケーキ。ちゃんとブルーベリのせてよ?』

「了解。」

『仕事、5時までだからそれまでに作ってよ?』

「なら、余裕だ。」

『楽しみにしてる。』


真衣と約束をした俺はクラブハウスを出て仁王が待つ車に戻った。

仁王は車に寄り掛かり、空を眺めていた。

俺に気づくと遅い、の一言でも言われるかと思ったのにむしろ、もういいのか?と言われた。


「買い物したいからスーパーまでシクヨロ!」

「スーパー?」

「真衣にケーキ焼いてやんの。」

「約束ってそれだったん?」

「おう。」

「ふーん?」


気のない返事をした仁王は車に乗り込み、車を発進させた。


『(覚えてるわけないよね…あんな昔の約束。)』


真衣がいう約束の内容はケーキを作ることだと疑いもしなかった俺は材料を揃えて仁王の家に転がりこんだ。


「うちで作れるんか?」

「たぶん。簡単な作り方でやるし。」

「しかし、ふに落ちんのう。なんかわからんけど…」


そう呟く仁王を横目に俺はケーキ作りを開始した。

数時間をかけて作り上げたはいいけど、肝心のブルーベリがないことに気付き、急遽店にとりに行くことにした。


「ちょっと行ってくるわ。」

「送るか?」

「いや、歩ける距離だから平気。」


店へ向かう途中、ふと思い出した。

昔、ブルーベリを庭で育てていた時のことを――。


「懐かしいな。」


実が熟すのを毎日心待ちにしていた真衣は毎朝、庭に出てブルーベリを眺めていた。

しかし、もうすぐ食べられるという時、鵯(ヒヨドリ)の親子が来てブルーベリを食べていたのだった。

真衣はがっかりしただろう。

でも、こう言った。


『あのトリさんがよろこんだならそれでいいの。おいしかったかな?』


母さんと真衣はブルーベリが熟したらレアチーズケーキを作る約束をしていた。

結局、上に載せるはずだった実を鵯が食べたことで見た目寂しいケーキとなったのだが真衣は満足していた。

さっき真衣が“ブルーベリがのってるケーキ”って言ってたことを思い出した。


「(やっぱりブルーベリのこと根に持ってたんじゃねーの?)」


そう笑いながら店まで道のり、真衣との出来事を思い出していたから歩くことは苦にならなかった。

しかし、店まで来て残念なことにブルーベリを切らせていたことを知った。


「ブルーベリソースで我慢してもらうか。」


仁王にメールで連絡だけ入れて俺はブルーベリソースを店で作り、持ち帰ることにした。

その時、仁王の元に真衣から連絡が来ているとも知らず、暢気にソース作りに励んでいた。


「真衣がいいならいいが…」

『…あんな昔の約束を信じてた私もバカだよね。そのせいで景吾くんからの申し出を保留にしちゃったわけだし。』

「なにを約束したかは知らんけど、恋愛っちゅーんは深く考えるより、直感で行動するんが恋愛ってもんじゃ。」

『私、一度逃げたくらいだから…これでいいと思うの。』

「でも、もし覚えてたら、ってブンを試したって言うてたのにいいんか?」

『それで答えが出たから。』


絆ごと失うことになるなんて思いもしなかった。

鈍感だった自分を憎んだ。


「そうそう、ケーキなんじゃがうちにあるん。じゃから寄って行きんしゃい。」

『ううん。景吾くんとの約束に間に合わないから伝えておいて?』

「なんて?」

『最後の我が儘、聞いてくれてありがとうって…』

「…わかった。」

『私には残念だったことが2つあるの。』

「なんじゃい。」

『一つは仁王の姓を名乗れなかったこと、もう一つは丸井家の子になれなかったこと。』

「今からでも遅くなかよ?」

『…いつ…跡部になるのかな私。』

「真衣…」

『じゃあ、はるにーまたね。』


ソースを持ち帰った俺が仁王の家に着いた頃には真衣との電話は終わっていたらしい。


「おかえりんしゃい。もう少し早かったらな。」

「なに?」

「真衣、跡部んところ行くって言うてたから。」

「約束の時間あるから仕方ないだろ。」

「そうじゃなかよ。跡部と結婚する前提で付き合うから家を出ていくって。最後の我が儘聞いてくれてありがと、って言うてた。」

「は?」


最後の我が儘がなんのことを言っていたのかはわからない。

仁王から告げられたことを聞いてもどうにも出来ない。

行動する理由と権利がないからだ。





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