[携帯モード] [URL送信]
失った絆


真衣の言葉でハッとした。

目の前にいる妹は見たことがないような女の顔をしていたからだ。


『ブン太お兄ちゃんは何日までいるの?』

「今のところ休みは2日。」

『2日?短い休みだなー。』

「休みなんつーのは気分転換になればいんだよ。」


真衣が折角話題を提供してくれたのに会話が発展することはなくすぐに途切れた。

気まずいまま、俺は話題を必死に探していた。

それで思い出したことを口に出したはいいが後で失敗した、と思った。


「家出るって?」

『誰から聞いたの?はるにー?』

「あぁ。」

『そっか。一人でやっていけるだけ収入があるから、そう考えたの。』

「そりゃあ、跡部財閥関連なら給料いいだろぃ。」

『…うん、まぁ。』


嬉しそうな返事ではなかったから、この仕事が好きじゃないのかと思った。

残念ながら理由はそれではなかった。


「んだよ。しけた返事なんかして。」

『いや、なんでもないよ。』


真衣がごまかして笑っているとカツンカツンと靴らしい音をたててロビーに人が入ってきた。

カウンターにいた真衣がそれにいち早く気付いた。


『…景吾くん。』

「誰だよ景吾くん。真衣の知り合いなのか――って、跡部!?」


振り向いてその顔、跡部を見て驚いた。

それで跡部の下の名前が景吾だと思い出した。


「知り合いだぁ?丸井、おまえの知り合いでもあるんだがな。」

「…久しぶり。」

「残念ながら今日は丸井に用はない。真衣、答えは出たか?」

「答え?」

『それを聞きに来たの?』

「いや、おまえの顔を見に来ただけだ。今夜空いてるか?」

『あ、うん。』


真衣と跡部が想像以上に仲良くて、訳もわからず内心焦る自分がいた。

跡部みたいにいい女に苦労しなさそうなヤツがなんで真衣に目をつけたのかわからなかった。

真衣は高等教育を受けたわけでもなく、金持ちなわけでもなく、テレビに出れるくらい美人なわけではない。

いや、可愛いのは誰よりも可愛いと思うけどよ。


「あのー話が見えないんだけど、真衣とはどこで知り合ったわけ?」

「テニスクラブだ。俺が声をかけた。」

「ナンパしたのか?」

「ナンパ、ねぇ。俺に熱い視線を向けていたのは真衣の方だぜ?」

『………』

「否定しねぇのかよぃ?」


黙ってる真衣にただそう言った。

跡部は黙っていればいい男に見えるだろうけど、跡部みたいなヤツがタイプだったとはかなりの打撃を受けた。

せめて、もっとマシなヤツにしてくれ。と、内心で嘆いた。


『確かにテニスをしに来てた景吾くんを見てたから否定はしない。』

「話を聞けばテニスが好きだっていうから、ここに来る度に一緒にテニスをしてた。高校卒業からはうちに就職すればいいって話になって、今では結婚の話が出てる。」

「け、けけ結婚!?」


予想外の展開に頭がついていかない。いや、理解したくもないけどな。

もし二人が結婚したら跡部は俺の義弟になるのか?

でも、真衣が義妹だから、この場合はどうなんだろう?

考えれば考えるほど苦しくなる。めまいがするみたいに視界が歪んでいった。


「聞けば丸井家はパピーウォーカーだって話じゃねぇか。」

「なんだよ、パピオカって。」

『パピーウォーカー。盲導犬の幼少期1年だけ飼い主になる番組見たことない?人間を大好きになること教えるだけが仕事の家族なの。』

「それが真衣となんの関係があんだよ?」


言いたいことはなんとなくわかった。

絆はあっても権利がない。家族であっても血の繋がりはない。そう言いたかったんだろう。

いい気はしなかった。


「親権は仁王家にあるみたいだ。だから仁王の親御さんに挨拶してきた。」

「真衣は結婚する気あんのか?」

『……』

「今、返事待ちだ。よく考える時間がほしいって言うから、いくらでも待つつもりだ。」

「プロポーズしたのか?」

「いや、結婚を前提に付き合いたいって言っただけだ。」


真衣には真衣の道がある。

俺がいない間に彼女は自分で物事を判断出来るまで成長していた。


「最終的に結婚するんじゃねぇか。よく考えないと……あ。まさかそれで家を出るって言ってたのか?」

『それとはまた違うんだけど…景吾くんが付き合うならいずれは結婚することになるから身の回りの世話してくれるって言うの。』

「金持ちの言うことやることはなんか違うな。」

『それではるにーが一人暮らししてるから家を出ることを相談してみたの。どれだけお金がいるのか、とか…』

「真衣は例え俺と付き合っても世話はいらないって言うから、一人暮らしするのに不自由しない程度まで給料あげてやるって話してたんだ。」


それでさっき、真衣はあまりいい顔をしなかったんだな。

今回、家を出ることを考えたのはきっと自分が本当の家族じゃないと知ったからだろう。

自立を目指すとして、跡部からのアタックで混乱してるのかもしれない。


『景吾くん、仕事中じゃないの?』

「あぁ。じゃあ、夕方迎えに来る。」

『うん。』


俺が二人に口出しする権利はない。

俺と真衣にはなんの関わりもなくなったからだ。





あきゅろす。
無料HPエムペ!