兄、失格 キィー。と、耳が痛むブレーキ音の後に顔を上げると懐かしい建物があった。 長年住んだ我が家だ。 「真衣に会うん緊張せんの?」 「しない。だから!なんで家族に緊張すんだよ!?」 仁王がシートベルトを外しながら笑って言ってきた言葉に内心ドキドキしていた。 緊張しないと言えば嘘になる。 声は電話で聞いたけど、写真でその姿を確認したけど、実際に会うのは7年ぶりなわけで緊張しないわけがない。 けど、なんか悔しいから仁王に余裕があるように見せようとした。 でも仁王の横顔からすると失敗したようだ。 「それより、真衣の方が緊張しとうじゃろうねえ。」 「え?」 「真衣にしたらブンは兄貴かもしれんけど、血は繋がっとらんし?そんなドキドキがあるかもしれんし。」 「てめぇ!楽しんでんじゃねーよ!」 さっき、ふられたっつって湿気た面してた奴とは思えねぇ! やっぱり、仁王ってわかんねー! 「じゃけ、真衣は仕事じゃ。残念やのう。」 「……跡部財閥のテニスクラブだろ?」 「ふっ、言うてくれんとわからんよ?」 仁王はニヤニヤと笑いながら俺を見ている。 なんっか、気に入らねぇ! 「あー!はいはい!そこまでお願いしますー!」 でも結局、無力な俺は仁王に頼るしかないのだ。 情けなさに軽く凹む。 「ほんじゃ、再出発じゃ。」 仁王の車に再び乗り込み、発進するとまた窓の外を見た。 仁王が真衣にふられたって聞いて少し安心していた自分がいたのはなんでだろう? 俺には安心する理由がない。 「そういや、真衣が言うとったのう。ブンが約束覚えてるか心配だって、」 「約束?なんの?」 「そこまで知らん。」 俺がいない間、真衣は仁王と頻繁に会っていたのかもしれない。 俺には止める権利もなければ義務もない。 『ブン太お兄ちゃん、カッコ良いパティシエになってね!いってらっしゃい!』 家を出た時点で真衣の兄という立場から退いたことになる。 兄は変わらなくても、生活を共にする家族としての兄ではなくなる。 「失格、かな…」 「なにがじゃ?」 「兄として、」 「……」 口うるさく言うだけ言って、最近じゃ真衣のためになることしてやれてない。 年齢が年齢っていうのもあるけど“兄らしい”こと出来てない。 「着いたぜよ。」 次に仁王が言葉を発した時に顔を上げるとテニスクラブに着いていた。 俺はシートベルトを外して、車から降りようとしたのに仁王は俯いたままなにも言わない。 不思議に思いながら仁王の顔をのぞき込んだ。 すると仁王はこう言った。 「兄じゃなくていいんじゃなかの?」 その言葉を告げた後に仁王は俺を見た。 その眼差しがあまりに鋭いからまるで蛇に睨まれた蛙のごとく、固まってしまった。 「もう真衣には兄貴なんかいらんじゃろ、」 仁王の一言で心が張り裂けるような思いをした。 兄としての存在を否定されたわけじゃないことはわかった。 仁王がなにを言いたいか、それをなんとなく理解したからだ。 「特攻タイプなくせ、恋愛には後込みするんか。なんにしても見とうと焦れったいん。」 これは俺を茶化してるわけではなく、俺に発破をかけているんだ。 「(兄貴じゃなくて、なにになれって言うんだよ。)」 あえてその疑問は口にしなかった。 答えを聞いたら、俺のなにかが切れる気がしたんだ。 → |