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泡になりたい


事実を知るまでは愛されてると思ってたし、嘘だと知るまでは真剣に愛してた。


「梓となら幸せな家庭が築けそうや。」


私らの始まった当初、ホンマに私もそう思ってたわ。

でも、ごめん侑士。


「しゃあないから侑士に梓譲ったるわ。」


私の幸せを願ってくれた弟の金太郎に申し訳ないわ。

金太郎は私がホンマに好きやったから結婚にあたり、最大の難関になると思ってた。

なんせ、ずっと付き合いを認めようとしなかったから。

でも、結婚をすんなりと認めてくれた。


「梓、幸せにしてもらいや?こんな腐った男やから俺としては心配でならんわ、」

「ひどい言い様やな謙也。」


彼の従兄弟をはじめ、多くの人に祝福された結婚だった。

幸せになれると思うてた。


やけど――


その幸せは脆くも崩れさった。





破滅の道へ至ったその日も夫の侑士は忙しく働いていた。

今思えば、侑士がその日に会議に出るため、出張に行って留守にしていた――なんて話がうますぎる。

それと気づかんかった私はアホ、いやバカやわ。


「お?梓〜電話ちゃう〜?」


侑士がいないことを良いことに大阪から遊びに来ていた弟の金太郎が電話に出るよう焦らせた。

家事に勤(いそ)しむ私を見てるなら代わりに出るくらいしてくれてもよかったのに。


『気ぃ利かへんやっちゃなー』


オレンジジュースをすする金太郎にそう文句を漏らしてから電話に出た。

その電話が私の生きる道を変えた。


『はい、もしもし?』

「忍足さんのお宅ですか?」

『そうですが、』

「じゃあ、あなたが侑士の奥さんの梓さん?」

『……あなたは?』


なにに対して不機嫌に返答すれば良いのだろうか?

侑士と呼んだこと?

私の名前を知っていること?


「侑士の不倫相手、と言えばいいかしら?」


自分で自分の立場を暴露する彼女はよほど自分たちの関係に自信があったのか。

それとも罠に陥れるため、高を括ったのか。


『いきなり電話してきて何(なん)なんですか?』

「率直に言うわ。侑士と別れて。」


長い付き合いを経て、結婚したばかりの人間に言う言葉ではない。

それも侑士が不倫をするわけがない、とその時は思うてた。

まだ侑士を信じてた。


『侑士が不倫なんか「したから言ってるのよ。あなたを侑士が娶(めと)るなんておかしい話だわ。」

『なにを根拠に…』

「侑士、あなたと付き合ってたときから言ってたわ。俺は梓を娶らなアカンやろうなーってね。」

『ッ、』


侑士が裏切るはずがない。

私と彼は幼なじみで、私は彼のすべてを知っている。


“すべて?”


大阪から東京へ出ていってからの彼は知らない。

追いかけていったけど、空白の時間が出来ている。

まさか、不倫相手と言うのは東京で知り合った人?

なぜか自分の思考が自分の不安をかき立てていた。


『…失礼します、』


急に怖くなり、電話を一方的に切った。

背後から事情を知らない金太郎が声をかけてきた。


「梓、どないしたんー?なんかあったんー?」

『う、ううん。なんでもないで?』


そう言った直後、再び電話が鳴った瞬間に恐怖が襲い、肩が一瞬大きく震え、動けなくなった。

先のこと(金太郎に電話の件で文句を言うたこと)もあり、金太郎が私の代わりに電話に出た。


「もしもし〜?」

「なんや金太郎、来とるんかいな。梓おらんの?」

「居てるけど今は電話に出られそうにないで?忙しいみたいや。」

「ホンマか…ほんなら伝えといてくれるか?出張が短なったから明日帰れるってな。」

「え〜?帰って来んくてええのにー!」

「金太郎!」

「ははは、冗談やて〜!ほんなら伝えとくな!」


話を聞いていて電話の相手が侑士だとすぐに理解した。

私を見た金太郎がなにか察して巧くかわしてくれて助かった。

侑士からの電話を切るとまるで私を急かすように再び電話が鳴った。

私にとって電話の音は恐怖と化した日となった。


「なんやー忙しい電話機やなー!」


ひっきりなしに鳴る電話に金太郎が文句を言いつつ、電話に再び出た。

それがファックスだとわかるとすぐに電話を放り出し、先のジュースをすすり始めた。


『………!』


データを受信したらしく、ガーと機械音と共にファックス用紙に印字されていった。

それをぼーっと眺めていた私の頭を目覚めさせるには十分だった。

次々に送られてくる写真を慌てて取り上げ、ぐしゃっと握りしめた。

送り先は非通知なため、不明。

受信して印刷される写真は裸でベッドに横たわる侑士の姿が映っている。

モノクロでもそれだけはわかった。


『いや…や、……だ!』

「なんや?どないしたん?」

『見んといてぇぇぇぇ!!』


ヒステリックに叫んだ私に驚いた金太郎はその場に立ち尽くしていた。

ピーと受信完了の合図が鳴ると金太郎はファックスに歩み寄り、最後に送られてきたファックスに目を落とした。


「……なんやこれ?」


金太郎が手に取り、見ていた紙を慌てて奪い、私は走り出した。

すべてが怖くなったん。


「ちょ!梓っ!!」


両腕に送られてきたものを抱え、家を飛び出した。

これから自分はどうすればいいかわからんかった。


『侑士…なんでなん?』


涙が頬を伝い、その場に屈み込んだ。

裸足で飛び出してきたもんやから落ちていたガラスで足を切り、それ以上歩けそうになかった。

財布も携帯もなければ行く宛もない。

見れば目の前はゴミステーション。


『生ゴミの日、昨日やしー…』


ゴミ収集日にさえ見放された、なんてこんな状況でもボケることは忘れなかった。

関西人の性。


「人間なんか生ゴミで持ってってくれるわけねぇだろうが、バカ関西人。」

『バカ言うな!せめてアホって…!』

「テメェはバカの固まりだ、忍足梓。」


顔をあげて見れば、結婚式の時に来てくれた侑士の友達(ライバル)の跡部景吾だった。

学生時代、東京へ行った侑士を追いかけて行って出会った彼に1年の間ずっと猛アタックされて以来、彼とは結婚式まで再会することはなかった。


「結婚式で会ったのにもう俺の声を忘れたのか?あーん?」

『あ、とべ…くん。』

「こんなところで何してんだよ?裸足だし、ケガはしてるしよ?」

『………』


抱えていたものをキツく抱きしめたまま無言でいると彼は携帯電話を取り出した。


「忍足に連絡してやるよ、」

『ア、アカン!!』

「……」


呆れたようにため息を吐くと彼はどこかに電話をかけ始めた。

私の気持ちを察してくれたみたいや。

内容を聞いてそれが彼の使用人だとすぐに理解した。


「迎えの車を呼んだからそれで帰れ、」

『や、でも…』

「安心しろ。帰る気になるまでうちに置いてやる、」


彼は車が来るまでの間、足のケガの手当をしてそばにいてくれた。

あぁ、なんで私の隣にいるのが侑士やないん?

なんで優しくしてくれるのが侑士やないん?


ふと頭に浮かんだ人魚姫が羨ましかった。


“日没までに愛する人とキスをしなければ、おまえは泡になる”


こんな苦しい思いをしてるくらいなら泡になりたい、と思ったんや。


『ゆ…しぃ…』

「……」


早く来て。

今すぐ来て、抱きしめて、キスして、笑って、真剣に言うて。

“愛してるのは梓だけやから信じてくれや”って。

そうやないと――




泡になりたい
そう願ってしまうんやもん





** END **
2008.4.22



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