1>>It's empty.
目の前の信号が赤から青に変わった瞬間、人はみな自分が目指す先へと歩き出す――それはスクランブル交差点。
ただ毎日だらだらとテニスをすることしか目的とできんかった俺はこの道を歩くんが嫌いじゃった。
毎日楽しみは特にないし、すべてに興味はないし、面白い人生ではない。
「(信号待ちしとうことさえバカバカしく思えて仕方なか。)」
例えば隣で信号待ちしとうお姉さんは右の薬指に指輪をして、ビニールを片手にぶら下げちょる。
ウェディングのカタログらしきものが透けて見えた。
婚約者の相手と頭並べ、あーでもない、こーでもないと言いながら幸せをかみしめるんじゃろうな。
「(顔緩んどう、)」
じゃけ、そんなことどうでもいい。
そう、俺には他人のことを見るんは嫌いじゃないが基本的に興味はないん。
「くだらん、」
また、前にいる主婦を見てみるとしようかねぇ。
買い物袋を手に下げとうからきっと夕飯の買い出しに来とったんじゃろう。
帰ってすぐ夕飯の支度をしなければならんなんて面倒じゃなか?
じゃけ、お腹を空かせた家族が自分の料理を待っていることを思うならば、料理が苦手でも苦にならんかもしれん。
「(家族の満足そうな顔を見たら作ったかいがあるっちゅうもんじゃし。)」
じゃけ、俺には関係なか。
幸せとは無縁じゃから。
「あーくだらん、」
また隣には片手にある手帳をパラパラとめくりながら時計を気にしちょるサラリーマンがおる。
落ち着きがないところからするとこれから取引先に向かうと見た。
「(ご苦労さん。)」
上(上司)からは結果を求められ、流した汗と努力は認めてくれん。
毎日毎日、そんなストレス社会で働くんバカバカしい。
「(帰宅後にグッと飲むビールを楽しみにしてるんかのう?)」
それが楽しみなんて単純じゃ。
それんしても、みんな幸せになるために頑張っとう。
みんなそれぞれ事情は異なっていてもこの場に立っていることに目的がある。
「はぁ、」
それに比べて俺ときたら、体調を崩さない限り毎日学校に通わなくてはいけないし、面倒だが勉強をし、なんとなくテニスをする。
俺ん目的はなん?
ただ毎日なんとなく生きてくことが目的とはちぃと辛い。
「(疲れた、)」
今、部活帰り。
テニスをした後、なにかぽっかり胸に穴が空いたみたいに空虚感が胸に渦巻くのはなんじゃろ?
「(はぁ、俺も悩める年頃よのう。)」
なにか足りない。
なにが足りない?
俺は誰かから必要とされとう?
いや、求められることはない。
なにか欲しいん。
なにが欲しいん?
「(俺ん生活にはドキドキがないん。)」
恐らく、幸せという言葉の意味を悟って、求めることが怖いんじゃ。
誰が幸せをくれるかわからん。
神様がくれるん?
それとも売ってるん?
「あーわからん、」
俺はこの交差点に立つんのが嫌い。
幸せに対する疑問に立ち向かうように促されるんじゃ。
「(哀れじゃ、俺も。)」
自分は周りにとけ込んで今を精一杯生きているように見せている。
しかし、実際はその現実から目を逸(そ)らし、その場をやり過ごしているだけだ、と言うことに交差点に立つ度思わされるん。
毎日誤魔化し生きる俺にしたら交差点は敵じゃ。
「(帰ったらなにしようかねぇ、)」
そしてなにより、自分がいかに小さな存在か理解してしまうから、俺は交差点が嫌いじゃ。
信号待ちをしている短い間にたくさん考えてしまうん。
これだから疲れるん。
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