君よ潤え 浩亮の期待に沿うには俺と明良の気持ちの一致が求められる。簡単なことではない。 「ママー!おれ、けーごがパパでもイヤじゃねーからな!」 『浩亮…でも、』 「3にんもパパがいてうれしいなー!」 『っ、』 もちろん、浩亮の養育費は援助するつもりだ。だが、明良は一人で浩亮を育てる気だろう。 『浩亮…ママは…』 「ママはパパほしくないの!?」 『……』 「ごめんなさい。」 「明良ちゃん、浩亮。」 「ししどじいちゃん、おばあちゃん!」 浩亮を追って明良がいた場所に戻ると明良と宍戸のご両親が来ていた。 少し離れた場所にいた俺に宍戸の両親が気づき、その場から失礼ながら会釈した。 『お忙しいでしょうに…お義母さん来てくださったんですね。』 「当たり前でしょ!」 「ママー?おれ、ししどじーちゃんやおじいちゃんたちとトモダチにあってくるー!」 「浩亮は任せてね。」 『すいません。』 宍戸のご両親が浩亮を連れていってしまった。俺は一人になった明良の隣に並んだ。 隣を見なくてもわかる。明良は連れていかれた浩亮を見て、切ない顔をしているだろうから。 「浩亮はおまえを置いて行ったりしねぇよ。」 『……わからないよ、そんなこと。』 「俺も明良を一人にさせるつもりはねぇし、おまえは独りにはならねぇ。絶対。」 明良は不安に思っているはずだから、安心させたい一心でそう言った。 『絶対なんて言い切れないよ。人間生きてる限り、予期しないことが起きるんだもん。』 「おい明良。」 『浩太郎も亮もそうだった!…お義父さんたちは私を責めたりしない。浩太郎が死んだのだって仕方ないことだって言う。』 「当たり前だろうが。あれは事故だ。」 『私の代わりに買い物に行ってくれたから浩太郎は死んだの。』 「明良、」 『それに亮は私に関わったから辛くて苦しい思いをしたんだわ!』 「明良っ!」 消極的な明良を怒るなんて普通ならしないだろうが俺は自分が辛いゆえに怒っていた。 俺の声に明良が大きく反応し、ビクッと肩を震わせた。 「今の言葉、浩太郎さんや宍戸が聞いてたらどう感じると思うんだ!」 『!』 「少なくとも明良…俺はおまえを置いてはいかねぇから。」 『亮もそう言ってた!でも、死んだじゃない!景吾も…景吾もきっと同じだわ!』 ああ。悲嘆に暮れた女性はなんて綺麗なんだろう。 こんなにも泣いているのに俺はその姿を脳裏に焼き付けていた。 『あんな思いするくらいなら独りでいい!またいつか失うくらいなら…!』 そう言った言葉は誰に向けてかはわからないが、きっと浩亮といつか再婚する相手にだろう。 「明良、頼むから…そんなに泣くなよ。」 明良に手を延ばしていた。しかし、その手はあっさりと振り払われた。 『もう十分だから…景吾。私…独りで大丈夫だから、』 「んなわけねーだろうが。いくら言われても心配で気が気じゃねぇ。」 『放っといて!私、これ以上、大切な人作りたくないの!愛してる人を失いたくないの!』 俺はまた走り出した明良の背を見つめていた。 “大切な人を失いたくない?” 俺は言葉の意味を理解し、自分の気持ちに気づき、すぐに明良を追った。そのとき、宍戸の手紙の言葉を思い出した。 「明良!」 手を掴み、引き寄せて抱きしめた。案の定、暴れられた。しかし、俺相手になんの攻撃ともならない。 『離してよバカ!』 「明良…俺はおまえが大切だ。」 『!』 「幼なじみという以上に思ってる。おまえは迷惑がるだろうし、嫌がるだろうが俺は心配するし、そばにいる。」 『……怖いの。』 明良は静かにそう言うと大人しくなり、俺の胸を押して距離をとった。そして俯いたままこう言った。 『これ以上、大切な人を失いたくはない。だから私に関わらないで。』 俺はその顎をすくい、視線を合わせた。涙で溢れかえる瞳が俺を見た。 「つまり、明良にすれば俺は大切な人なんだな?」 『……当たり前でしょ。』 「いつか失うと思うならなんで今、手に入れておかねぇ?そばに置いておかねぇ?」 『目の前で失うのが怖い。それに私…これ以上、人を愛せない。』 そう言って目を伏せてしまった明良に一言、呟くように言った。 「可哀相なヤツ。」 涙を拭ってやり、額に唇を落とした。そして再び抱きしめてこう続けた。 「俺は明良も浩亮も好きだから死なねぇよ。しかし、何度言ってもおまえは信じないんだろうな。」 『信じられ…ない、』 「さらに明良が嫌だというから言い方を変える。」 『?』 「明良。おまえは俺のそばにいろ。俺は明良がいなくなることが死ぬほど辛い。」 『!』 明良からの反応はなかった。しばらくして、明良が震えていることに気づいた。それは涙を堪えているからだろう。 『……いご……景吾っ!』 「また泣いてんのか、明良。」 俺が笑いながらそう言うと意地を張ってか涙を拭い、鼻をすすった。そして少し怒ったような声で俺の胸板を叩いた。 『バカ!バカバカバカ!』 「ククッ、」 『突き放してるのにどうしてあなたは私を引き寄せるの!』 「それは明良が俺の大切な人だから。明良が俺のそばにいたら俺は幸せになれる。」 『景吾まで失ったら私…』 「だから、おまえが俺を守れよ。」 明良は泣き出した。自信がない、と。 「怖いんだろ?」 『怖い…怖くて…なにが正しいのか、どうすればいいのかわからない。』 「おまえは今まで愛されてきた。だから次は愛する番なんだ。」 『愛する番…』 明良は浩亮を愛している。それは浩亮に愛される前に愛した。 浩太郎さんは愛されたから明良が愛するようになった。 宍戸も明良を愛したから明良も宍戸を愛するようになった。 「違いがわかるか?」 『…つまり、私は景吾を愛する。するとあなたは――』 「明良を愛する。」 『でも……』 「ゆっくりでいい。だから…戻ってこいよ、うちに。」 すでに俺は明良を愛してるのかもしれない。だが、まだ気付きたくはない。明良が自分から人を愛するようになってほしいから。 「俺はずっと“幸せになる素質を持つ明良”に会いたかった。」 もうだれも愛さない、と言っていた明良が人を好きになり、愛するようになり、幸せになってくれれば… 俺は宍戸との約束を果たせる。 「明良、息子の入学式行かねぇのか?」 『こんな顔で行けない…』 「クククッ。」 『景吾のバカ!景吾に泣かせられた!』 明良の幸福を願った宍戸の願いが叶う。 “明良を幸せにしたい” 宍戸、おまえ以上に明良を幸せにしてやるつもりだ。 結婚するばかりが幸せな形じゃねーしよ。 『景吾、浩亮の式見てきてやって?』 「明良は?」 『私、外で待ってる。』 「ふざけんなよ。浩亮は明良を待ってる。」 『ちょ!恥ずかしいから下ろしてー!』 足に重りがついたように動かない明良を抱き上げ、会場へ向かうと言うまでもなく彼女は暴れた。 「間に合ったか?」 『いーから下ろしてよ!』 「はいはい、」 明良の声に周りが一瞬振り返った。すぐにすいません、と無言で頭を下げ二人でみなさんに謝罪してから、顔を見合わせて笑った。 「ママだ!」 「浩亮くんのママ?じゃあ、あのおとこのひとは?」 「たぶん…いつかパパになるひと!」 「いつか?」 潤いの言葉 「ママー!けーご!」 「おう、浩亮。」 『景吾の家に帰ろうか。』 「…うん!」 太陽に照らされて出来た影は仲良く三人で手を繋いで歩いていた。 いつか… 〜I miss you〜 幸せだと心から喜べますように ** END ** 2008.09.03完結 |