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二つの願い


暖かい日差しに恵まれ、桜も満開。そんな4月のある日、浩亮の入学式に俺は呼ばれた。


「けーご!みろよ!じぃちゃんがかってくれたランドセルー!」

「カッコイイじゃねぇかよ。」

「せおわしてやんねーからな?」


これは初めて背負って入学式の看板の前で写真を撮った後の会話。浩亮は自慢げに俺にランドセルを見せてくれた。

俺はスーツの内ポケットに入れていた封筒を取り出し、明良に手渡した。


「明良、これはほんの気持ちだ。」

『ありがとう。…なんか分厚いよ?』

「50万入ってる。」

『ご、ごじゅうまん!?』


入学祝いに渡した封筒はいらない、という言葉とともにそのまま突き返されてしまった。


『そんなに貰えない。』

「これから必要になるだろ?浩亮のために使ってやれ。」


一向に受け取ろうとしない明良と俺の間に流れる重い空気を壊すかのように浩亮が封筒を奪った。


「こんなにもらっていいのか!?」

『ちょ、浩亮!』

「それはお前のだ。」

「やりぃー!」


喜んでいる浩亮を前に怒れない明良は俺に目で訴えるしか出来なかった。


「それよりママー!おれ、3にんでしゃしんとりたい!」

『三人?』

「おれとママとけーごで!」


明良が複雑そうな表情をしていることに気づいたからなにも言えなかった。

浩亮が俺と明良の手を引いて立ったから仕方なくと言う感じで式を前に写真を撮った。

この入学式。浩亮から来てほしいと言われなければ行くことはなかっただろう。


「ママー?おれ、けーごとふたりではなしたいことあるんだ!」

『え?』

「俺は構わないぜ?」


そう俺が答えるとすぐに手をとり、浩亮は二人になれる場所にきた。それは一本の桜の木の下だった。


「りょーからてがみ!」

「宍戸が?…アイツは――」

「ばーちゃんがいってた。いきているときにかいたって。」

「いまみて?」


浩亮を前に俺はその手紙を読むことにした。生前、宍戸が手紙を書いていたなんて知らなかった。

聞けば、これを俺に渡すよう両親に預けていたらしい。その証拠に――


“桜が満開の4月、浩亮の入学式の日の跡部へ”


そう書かれていた。


“俺がいなくなって明良や浩亮、おまえはどうしてる?”


宍戸の質問に内心で自然と答えていた。明良は立ち直れたこと、浩亮は元気でいること、俺は相変わらず仕事が忙しいことを。


“あの日、明良を跡部に頼むのは酷だと思った。だけど、だからこそ跡部に頼んだ”


その言葉を見て、ひやっとした。俺の気持ちを知っていたんだとわかったから。


“幼なじみって理由だとしても、恋愛において好きなわけでなくても、おまえは明良を大切にしてただろ?俺はそう思ってる”


確かに明良は他の女とは違う。明良じゃなければ俺の中のなにかが務まらない。


“跡部は望まないかもしれないけど、俺は跡部が明良を愛していてくれればと思う”


明良に求めるのは好きとか、恋人の理想とか、そんなんじゃないと思ってる。だから宍戸の手紙にある、宍戸の期待を裏切らなかった。


「俺は明良を愛してる。でもそれは人間としてであって、女ではない。」


“それか、明良がおまえを愛していればと思う”


宍戸。おまえはどんな気持ちでこの言葉をつづったんだ?

明良が自分以外の男を愛する姿なんか想像さえしたくないだろ。


「けーご。おれはさ?パパはひとりでいい。りょーはパパみたいだけどパパじゃない。それはりょーもいってた。」

「ああ。アイツは浩太郎さんのことを考えて浩亮に“りょう”と呼ばれることを望んでた。」

「けーごもパパっぽいけどともだちみたい。」

「そう思って俺を好いてくれてるなら嬉しいぜ。」

「だからおれ、さみしくない。あいたいときにはあいにいけばいいもんな?」


浩亮の笑顔に嘘偽りひとつなかった。その笑顔があまりに可愛いから、その頭を犬にするように撫でた。


「でも、ママはちがうの。」

「……」


なにを言わんとしていたのかわからず、再び手紙に目を落とすとそこに答えがあった。


“俺は明良が一人で生きて行けるとはとても思えない。浩亮が成長して誰かと恋をして、結婚した際、明良は一人にならないだろうか?”


宍戸は長い目で見た明良のことを言っていたのかもしれない。

例え明良が大丈夫だ、と言ってもそばにいろ。そう言いたいんだろ?


「ママ、りょーやパパのしゃしんみて、いつもそとをみてる。」

「立ち上がったかもしれないが…立ち直れてはいないんだな。」

「ママはいつもさみしいかおしてる。」


浩亮は母親思いだ。それだけ明良が大切なのだろう。

しかし、宍戸がそこまで明良を心配しているのは本当に愛していたからだろう。


「俺にどうしろって言うんだ、あのバカ。」


俺がポツリと呟いた言葉に俯いてた浩亮は急に顔を上げ、こう言った。


「おれ、…さんにんパパがいてもイヤじゃねーから!」


そう言うと走っていってしまった。俺はその小さな背中を見送り、再び“宍戸と会話を始めた”。


「宍戸。俺に明良を托すのか?明良が望まなくてもか?」

“明良が幸せになれるならって思う。もちろん、俺や兄貴を忘れてほしいわけではない”

「愛情が三等分されるんだ。宍戸。おまえへの愛は三分の一だぜ?」

“明良がこの先、一人で浩亮を育てながら生きて行くのは難しい。浩亮には父親が必要だ。浩亮も幸せなら俺はそれを望む”


浩亮が言っていた三人パパがいてもいい、と言うのは俺のことか?それを望んでるのか?

手紙の締め括りに宍戸の願いがこう書かれていた。


“どうか、明良が本当に独りになる前に誰かが愛してくれますように”





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