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浩亮が帰宅して再度、迎えに車が来たであろう頃を見計らって明良に声をかけた。


「明良、浩亮が不安になる。約束は守れ。」


その背中はぴくりとも動かず、俺に従う気が全くないことを知った。

浩亮も心配だから早くそばに行ってやりたい気持ちが焦り始めていた。


「明良、」

『亮を苦しめたもの…私は見た。』


明良が言っているのは遺体を火葬後、燃えきらなかった骨に転移していたガン細胞のこと。

あれは思い出すだけでも身の毛が弥立つ光景だ。

宍戸を苦しめた原因を見たのだから。


『あんなにたくさん…どれだけ辛かったか想像できない。ごめんね、亮。』

「……」


自分を責め始める前に連れて帰らなければ、と思い、強制連行に踏み切った。

当然、明良は暴れているが、浩亮のこともあるし、仕方ない。


「明良、確かに宍戸は明良に言わなかった。言ったら、明良が今度こそダメになるんじゃないかって心配してたんだ。時間がかかってもいいがいつかは宍戸の気持ちもわかってやれ。」


そう言うと彼女は俺の首を抱いて泣いた。

ヒドい痛みに耐え、最後まで明良を愛した宍戸の気持ちを理解してやれないことで宍戸は不幸になると理解したようだ。


『なんで…なんでなの景吾…』


泣きたいなら胸はいくらでも貸してやる。

だが、それ以外のことはなにもしてやれない。してやる自信がない。

“なんで?”

その言葉に応えられる人間なんてこの世には誰一人いないだろう。

俺はその場限りの気の利いた慰めの言葉さえ浮かばなかった。


「明良、浩亮の調子が悪い。アイツはなになら食べられる?」

『……桃なら食べる。』

「なら、帰りに桃を買ってってやろうぜ?宍戸に供える桃も一緒に。」

『うん、』


宍戸は明良のそばにいてやるだけでいいと言ったが、俺が宍戸の代わりになるなんて限りなく無理に近いんだ。

わかってて言ったのかよ?


「浩亮の声、宍戸が死んでから一度も聞けてない。」

『え?』

「きっと子供にはダメージがデカすぎたんだろうな。」

『……ダメージ。』


明良はその言葉を聞いてなにか考えているようだった。俺の家に着くまでなにも口を開かなかった。

帰宅してまず発したのは浩亮の容態についての質問だった。

使用人によれば部屋で安静にしているとか。


「明良、浩亮のそばにいてやれ。」

『……』


明良は無言で部屋へと向かった。

何となく不安でついていったが心配はいらなかった。


『…浩亮?』

「……」

『ごめんね。…帰ってきたよ。』

「……」

『亮がいなくて寂しいけど、ママは浩亮のそばにずっといるから。』


そう言った明良の肩が震えていたことに気づき、近づいてその肩を支えてやった。

しばらくしてから、浩亮に反応があった。


「ぜった…い?」


久しぶりに浩亮の声を聞いた俺は安堵した。

それは明良も同じだったらしく、涙声で浩亮に言った。


『独りにされる辛さ、ママはよく知ってるんだもん。浩亮を独りになんかさせない。』


浩亮がわっと泣きだし、明良も泣き始めた。

俺は二人を抱き寄せて気が済むまで腕の中で泣かせてやった。


――やがて、浩亮が泣き疲れて眠り、ベッドに寝かせることが出来た。

明良はその傍らで浩亮の髪を優しく撫でていた。

俺はその様子を少し離れたところから見ていた。


『私、ね?』


話始めた明良は俺を見ることなく語り始めた。

今までに積もった胸の痛みを――


『浩太郎が死んで亮がそばにいてくれても心が独りだった。一人ではなかったけど。』


愛する人の死を受け入れると自分が独りになることを理解していたようだ。

お腹に宿る命があっても、宍戸がいても心が満たされることはなかったらしい。


『独りになったことを苦しんでいたのに知らぬ間に幸せになっていった。それは亮のおかげだと思ってる。』

「その宍戸がいなくなった。また独りだとか思ってんだろ?」


そう言った俺の方を振り返って明良は切なげな表情でこう言った。


『私には浩亮がいるってこと、思い出したの。』


浩太郎さんの血が流れ、宍戸に育てられた浩亮は明良のかけがえのない存在――まさに宝。

そうと気づいたのならもう大丈夫だろう。


『景吾、』

「なんだ?」

『ありがとう。私…浩亮がいるから大丈夫。』


宍戸。

俺はどこまで明良と浩亮の世話をすればいい。


“明良を頼む”


約束の内容はどんなものだった?





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