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満足するわけない



あれから1年が経った。

宍戸はこの世からいなくなった。


「明良、約束の1時間だ。」

『やだっ!まだここに「明良!」

『まだ、亮といたい。亮といっぱい笑っていたかった――』


俺は明良と浩亮がダメージを受けてるのを見て心痛を覚えた。

逃げ出したくなるほど辛かった。


『なんで?なんでなにも言ってくれなかったの?もっとなにかしてあげられたかもしれないじゃない!』

「明良、宍戸はそばにいるだけで十分だって言ってたじゃねぇか。」

『私は十分じゃない!』


墓の前で何時間も泣き続け、今なお少し腫れぼったい目から涙が止めどなく流れていた。

宍戸は。

宍戸は明良に自分の病を告げずにこの世を若くして去った。


「ふざけんな!」


俺がそう宍戸に言った言葉を思い返しては悔やんだ。

辛かったよな、宍戸。


「景吾様、浩亮ぼっちゃまを先に連れて帰らせていただきます。調子が優れない様子ですので。」

「あぁ。」


一度、明良の元を離れ、浩亮に歩み寄った。

屈んでその小さな手を握り、抱き寄せた。

本当の父親ではなかったものの育ての親として宍戸を慕っていた浩亮にしたら人の死に直面したのはこれが初めてだった。

小さな体と心の浩亮には大打撃となった。


「先に帰って休め。後でママを連れて帰る。」

「……」


宍戸が死んでから3日が経つが浩亮は未だになにも言葉を発しない。

さらに体調も崩してしまったため、顔色がよくない。


「では、浩亮ぼっちゃま。先に帰宅なさいましょう。」

「頼む、」


辛いよな。

でも、俺も同じだ。

なにも宍戸の辛さをわかってやれなかったこと、明良を宍戸の代わりに世話してやることが辛い。


「明良、いつまでここにいるつもりだ。約束したはずだ、あと1時間て。」

『……』


宍戸を火葬し、墓の中に遺骨を納めた時から明良はその場を離れようとしない。

その時間、ゆうに3時間を越えていた。


「明良、」

『なんでかな、浩太郎。』

「……」

『浩太郎も亮もなんでなの?』


宍戸が俺の参稼に入り、仕事を始めたまではよかった。

しかし、次第に仕事が出来ないくらい容態が悪化し、病院に入った頃に明良は宍戸に気づいた。


『景吾、亮…どうなってるの?』


宍戸が明良に言うつもりがない以上、俺は言うわけにはいかなかった。

知ってるのに言えないもどかしさが俺にストレスとなった。

ずっと、宍戸が死ぬまで俺もわからないとしか言えなかった。


『お医者さんも何も言わない。でも、亮のことだから誰かに自分の病気について伝えたはず。景吾!』


明良の感が鋭くて、知らないふりをしているのは胸が痛んだ。

罪悪感と後に責められることを思うと少し怖かった。


「げほっ、…!」

『亮しっかり!』

「りょー!!」


苦しくて涙を流す宍戸を見て、なにも言えなかった。

俺は宍戸を看取るため、その場に立っていることさえ出来ず、苦しくてあがるうめき声を聞いていることも出来ず、目を瞑り、耳を押さえて宍戸に背を向けていた。


「〜っ、……べ!」


名前を呼ばれた気がして宍戸を見たその時――


『りょ、亮?』

「―――」


あんなに苦しんでいた宍戸は息を一気に吸い込むと静止し、空気が抜けるみたいに脱力していった。


“まだ死ねないのに”


額には汗が滲み、目尻から涙が滴った。

宍戸は俺にすべてを託し、息を引き取った。

それと気づいたのか浩亮が明良に事実を確かめようとしていた。


「マ、ママ、りょうは?」

『……』

「ママ!ママってば!」

『……嘘、だ――嘘だ嘘だ嘘だ!』


宍戸にしてやれることは他になかったのか、と自分を責めた。

医師の話では宍戸は宣告されていた余命より長く生きたらしい。

本人がまだ死ねないと強く願ったことや幸せだったことも理由だろう、と医者は言うがとても満足できなかった。





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