少なからず明良は兄貴を失い、俺と過ごすことで絶望から立ち上がった。
再び夫を得て、浩亮もママが幸せそうにしているのを見て嬉しそうだった。
俺を兄貴として見るのではなく、宍戸亮として明良が見てくれるようになった。
『亮、今日の晩ご飯なにがいい?』
「浩亮はなにがいいのよ?」
「おれは、サンドイッチ!チーズサンドがいい!」
「晩飯にならねぇだろうが。」
『じゃあ、明日のお昼はチーズサンドね。』
「やりぃ!」
幸せにしてやりたかった。
兄貴の代わりに俺が、この手で――
潤いの言葉
〜I miss you〜
あなたに会いたい
なぜ悲劇というのは一人に集中するのか。
周りの友達は幸せそうだったり、楽しそうに笑っているのに――なぜ、明良だけ?
俺はなにを恨めばいいのか、なにを憎めばいいのかわからなかった。
『亮?』
「……」
『どうしたの?眠れないの?』
知ってしまった事実が怖くて、眠れなかった俺はベッドの縁に座って時間がただ過ぎるのを待っていた。
それと気づいた明良がわざわざ身を起こし、俺の隣に座った。
「明良、早く寝ろよ。」
『だって気になるもん。』
「……」
明良の声を聞いているとまたさらに怖くなり、抱きしめずにはいられなかった。
『どうしたの?』
「…明良…明良ー…」
『……』
迫り来る恐怖に逃げるなんて選択肢はなくて、俺は身が張り裂ける思いをし続けなくてはいけない。
兄貴同様に。
『え?仕事休む?』
「悪い、連絡しておいてくれねぇ?」
『うん、わかった。』
翌朝、まともに眠れなかった俺は仕事にいく気にもなれず、その日はベッドの中で明良と浩亮の会話を聞いて過ごした。
怖かった。
自分たちをまた不幸にさせる瞬間が。
『体調悪いの?』
「仕事行きたくねぇだけ。」
『なら具合悪いわけじゃないんだ?』
「……」
『それならいいの。心配するからちゃんと言ってよね?』
「悪いな。」
明良、やっぱり言えねぇわ。
一日、言うか否か悩んだけど、明良と浩亮を思うとやっぱり言えなかった。
昨日知った事実を知る者は世界に二人しかいない。
俺と医者だ。
「なぁ、明良。」
『なに?』
「忘れんなよ?」
『……結婚記念日の話?』
意味深長なことを言っても仕方がないとはわかってるが不安になる。
明良が兄貴を忘れずにいることを知りながら、俺を忘れないか不安になるというのは妻を信用していないからではない。
ただ、“死”という漠然としたものに気を乱しているだけ。
「明良、こっち来い?」
『うん?』
「愛してるからな、」
『急になに?恥ずかしいじゃないー』
愛する人の死を目の前にした明良がどうなったか知っているため、余計に死ぬわけにはいかなかった。
しかし、どう足掻いても人は死んでしまうものなのだ。
俺はいつしか深い眠りに落ちる――
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