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 遠い存在


数分後、だんだん近づいてくる車のエンジン音が静かな外に響いていた。

そして、エンジンがマンション下で安定し、音が止む。

しばらくすると部屋のチャイムが鳴った。


『浩太郎、ありがとう。』

「兄貴、車ん中なんですよ。」

『りょ、亮くん!?』


ドアを開けるとそこにいたのは浩太郎ではなく、亮くんだった。


「代わりに跡部の様子見て来いって言われて……」

『ごめんね、亮くん』

「平気、」


亮くんがコンビニの袋を片手に2つずつ持っていて、あまりの多さに驚いた。


『なに買ってきてくれたの!?』

「食料もいるだろうって。野菜とか1週間もほったらかしてたんなら痛んでるハズだから、って兄貴が。」

『……はは、ホントに浩太郎は――』


涙が流れた。

なぜ私のためにこんなに良くしてくれるのだろう?

亮くんが荷物を床に置いて空いた手で頭をぽんぽんと叩いた。


「よほど兄貴、明良さんのこと好きなんだな(笑)」

『ごめ……とりあえずあがって?』

「じゃあ、お邪魔します……うわ!?」

『かなり散らかってるけど、』

「……まさか空き巣にでも荒らされたのか!?」

『犯人は景吾、』

「跡部?」

『たぶん、暴れたんだと思う。』


亮くんはそれ以上なにも言わなかった。

ただ、スポーツドリンクのボトルを無言で手渡した。


『先に景吾に飲ませてくる、』

「はい。」


景吾にストロー付きのボトルに入れ替えたドリンクを持っていく。


『景吾、飲んで?』

「……らない、」


素直に飲むわけがなかった。


「口移し、」

『しない。』

「頼むから、」


景吾がお願いしてくるなんて余程のことだ。

恐らく、信じたくなかったんだろう。

別れてしまった事実を。


『1回だけね?』


情に負けた私は景吾に口移しをすることにした。

少しだけ口に含み、ゆっくり口付ける。

初めは口が潤う程度に流し込み、徐々に量を増やす。


『……満足した?』

「もっと、」

『もうダメ。』


そう断わられた景吾は今にも泣きそうな顔をしていた。


「明良、嘘だよな!?別れるなんて嘘だよな!?」


困惑しながら急に声を上げる景吾。

こういうときこそ、冷静になるべきだと自分に言い聞かせる。


『……今日は寝なさい?』

「でも『ここにいてあげるから。』


景吾が目を閉じると涙が目尻に溜まる。

涙を拭い、髪を撫でてあげた。

片手はもちろん景吾の手を握った。





景吾、一体私になにを望むの?





「明良、愛…して……る、」

『……ませガキ。』


私の涙は止まらない。

気持ちは通じ合っているはずなのに、心は繋がっているはずなのに、“跡部景吾”がすごく遠くに感じる。


景吾、愛があるだけじゃダメなんだよ。

だから、


『おやすみ景吾、』


せめて夢の中では幸せでいて――





あきゅろす。
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