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             5.8









普段なら閑散としている神社付近へ溢れかえる程の人が集う。
たこ焼き、箸巻き、たい焼きに、
わたあめ、お面屋、金魚すくい、
端から端までずらりと並んで、直政と豊久を悩ませた。

流れる祭りの音の景気の良さに心浮かれて、
弾む会話に笑顔ばかりをこぼす。
時折どっとくる人の波に、
はぐれないよう手を繋いだ。


「豊久、境内の方行かないか?」
あそこなら人がいないしゆっくり食えるぞ、
片手ずつ屋台の食べ物を抱えたままでは動いて周るのも難しく、
かと言って歩きながら食べると人にぶつかって大惨事になるのが見え見えで、
「…そうだな」
その方が良い、
手を繋いだまま抱えたものを落とさないよう人ごみを抜けて。


喧騒を遠くに適当に腰をかければ、空気が抜けたように直政がへらっと笑う。
「久しぶりに豊久と話せた」
綿菓子をほおばって楽しげに。
「一通り片は付いたから」
明日から部活にも出れる、
豊久もかき氷を口に入れた。

シャリシャリとかき混ぜすくって口元へ運ぶ。
そんな何でもない所作にも直政の心がざわめく。
少し下を向いたときの睫毛に、夏の暑さで汗ばんだ肌、
ストローを食む唇にまで目が行って、
「…何だ」
じろじろ見るな、
怪訝そうに豊久が眉根を寄せる。
「ごめん、つい…」
謝った後の息苦しい沈黙に目を伏せた。

「豊久、」
豊久、
踏み込むように二度呼んで、
「本当に引っ越してしまうのか?」
肩を掴んで震える声を堪え。

直政と目を合わせず俯いたまま何かを言いたそうに小さく口を開けて、
「豊久…」
泣いてしまいそうな声に漸く顔を上げて直政を見る。
ぎゅうと抱きしめられ小さく名前を呼ばれれば豊久まで目を潤ませ苦しげに。


「好きだ」
豊久が好きなんだ、
抱きしめる腕に力を込める。

手も声も震えてたどたどしく、
行かないでくれ、
豊久が居ないと寂しい、
直政が何を言っても豊久は一言も物言わず、
言われる言葉の全部を黙って聞いて、されるがまま直政の唇を受け止めた。


重ねて、離して、もう一度重ねて、
直政の探るような舌先に豊久が肩をはねさせ押し返す。
拒絶を受けた顔はひどく苦しげだった。
豊久の胸もツキンと痛む。


「今度の試合の日に行く」
応援も行けない、
口を拭ってとどめを刺すように。




祭囃子の音が一層賑やかに聞こえてくる。
風に吹かれた提灯の火が赤々と揺れた。







鈴渡セツ/2009.11.15.
プロット:kanata




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あきゅろす。
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