■それは、言葉よりも早く−1
―ドサッ、
音を立てて、鞄が落ちた。
部活帰り、
陽が傾き辺りがオレンジ色に染まる頃。
人がようやく擦れ違える程の道に入った所に、彼はいた。
「直政?」
「お疲れ」
先に帰った筈の彼が、何故ここにいるのか。どうした、と聞く前に「待ってた」と言われて口をつぐむ。
「何で、」
待っていた?
何時になく真剣な幼馴染みの様子に、豊久は戸惑う。どちらかといえば、幼馴染みでも仲は余り良くない。
直政が吹っ掛けてくる、何時も喧嘩や競走ばかりしていた。
一歩ずつ近付き、目の前まで来た瞬間、身体を横の壁に押さえ付けられた。
「喧嘩なら御免だ」
睨むように見上げた、しかし目前の直政の顔に、豊久の動きは固まってしまった。
苦しそうで困ったような、顔
「直ま―っ!」
唇が、重なった。
それは、キスというには余りにも稚拙すぎて―
見開かれたままの瞳、
強く、押さえ付けるような唇。
「ん…っ!」
豊久は、何が何だか分からない。ただ、必死になって押し返す。
直政はその手を取って、逃さぬように強く握った。
この気持ちを、
上手く言葉に出来なくて。
どうしようもなくて―、
気持ちばかりが先走り、
ぎり、と手を押える力が強まった。
「…は、何なんだっ!」
唇が離れ、真っ赤になって抗議する豊久の声は、しかし直政には届かない。
再び、
唇が重なった―…
(どうして、)
目の前の幼馴染みが、まるで全く知らない人のようだ。
「直政、」
「豊久…」
キスの意味を知らない訳じゃない、
だけど
(何で―…)
握られて、引かれる手を
豊久は降り払う事が出来なかった―…
それは、言葉より早く―
kanata/2009.08.26.
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