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傷口、指先、理性崩壊












 胸が圧迫されているように苦しくなり、不快に思って瞼を少し上げると、視界に入った部屋の暗さにまだ夜中だということが分かった。
 ズシッと胸を圧迫するものに触れてみると、サラリと指を通る髪の毛の感触にそれが人だと気付き驚愕した。誰だ、と慌てて上体を起こそうとして、その光景にまた驚いた。

「テイ…」

 開きかけた口を思わず閉じる。
 あろうことか目の前で、しかも自分の胸にすがりつくように静かに寝息を立てているのは己の司教見習いのテイトで、寝間着(といってもフラウのTシャツだが)の姿で自分に全身を預けている姿はやはりまだ幼げでまるで小動物のようだった。
 目の前で起こっていることが信じられなくて、フラウは思わず瞬いた。

(なんで、ここにいるんだ?)

 一番の問題はそう、そこだ。部屋は別に取ったはず。しかもこの区域の狩りもあって帰ってきたのは時間的につい数時間前の夜中のはず。
 疑問符を浮かべていると、不意にテイトが身じろいだ。

「んぅー…」

 一瞬、起きたか?と思ってしまったが、どうやら寝返りを打とうとしただけのようだ。うつ伏せにぺしゃりと垂れるように眠るテイトの、そのまだ小さな手のひらが時折脇を掠めて少しこそばゆい。
 フラウは小さく笑みを零した。慈しむように愛おしくやわらかく細められた蒼い瞳。

 この子供が、何よりも愛おしい。

 テイトの頬を滑らす指先が、背中を撫でる手のひらが、その優しい瞳が語っていた。

「………」

 不意に、その指先がテイトの吐息を掠めて、唇に触れた。
 そっとなぞると、小さな違和感が伝う。
 起こさないように、そっと上体を起こして、月明かりの下で違和感を覚えた場所を凝視する。
 すると、唇の端に切り傷が出来ていた。

(いつの間に…?)

 テイトにしてみればどうとしたことではない傷だが、その傷口は痛々しく熱を孕んでいる。フラウは眉を少し寄せ、怪我してんじゃねえよ、と小さく頬を抓った。

「んむぅ…」

 暢気に寝言を零すテイトに表情を戻し、その傷口に指先で触れる。やはり、熱い。
 フラウは考える暇なく、その傷口に唇を寄せ、ぺろりとその熱や吐息ごと舐めとった。
 微かに血の独特な味がした。

「―――ん、フラウ?」

 ピクリと小さく身じろいで、テイトは目を覚ました。寝起きの掠れたような声で、フラウの名を呼ぶ。
 なんだ、と返してやれば、まだとろんとしたテイトの寝ぼけ眼と視線が合って、確認するようにフラウの瞳を覗き込んでだら、ぽすりと胸板に額を押し付け、まるで甘えるように服にしがみついてきた。
 まるで猫だな。フラウは小さく苦笑を漏らした。

「おかえり」

 くぐもった声で、小さく、しかしフラウにはちゃんと届くように。
 お前を待ってたんだよ、と付け足して、手の力を少し強めて離れようとはしなかった。
 甘えているのか、照れ隠しなのか。
 テイトにしてみたら両者なのだが、言わずともフラウには伝わっていて、一向に顔を上げないテイトの髪を梳いて、そりゃあ悪かったな、と優しく返した。

「テイト」
「ん?」
「部屋に戻って寝ろよ」
「いやだ」

 答えを知ってて聞くのは、ただ純粋に嬉しいからだ。フラウは予想してた通りの言葉に表情が緩んだ。

「そんないじわる、言うな」

 むくりと顔を上げて、案の定その質問に不服そうに顰められた眉に、思わず吹き出た。この子供は期待を裏切らないからいい。
 そんなフラウにテイトは更にムッと不機嫌な顔を表した。
 そんないじらしい言葉を聞かされれば怖くもない。フラウは思わずその額に唇を落とした。

「悪かったよ」
「……な…、………っ」

 そんなこと、思ってもないくせに。テイトはそう口にしたかったが、フラウがあまりにも優しく微笑みかけるものだから、恥ずかしくなって思わず視線を泳がせた。
 テイトの頬は月明かりでも判るくらい真っ赤になっていて、フラウはころころと変わる彼の表情が愉しくて仕方なかった。

「………フラウ」
「なんだ」
「おかえり」
「おう」
「俺、待ってたんだぞ」
「知ってる」

 それはさっきも訊いただろ、と思うがこれは彼なりの照れ隠しだと言うことも判っているので、フラウは、ただいま、と抱き締めてやった。
 いつもはここで殴ったりと恥ずかしがるのだが、不思議なことにされるがまま大人しく腕の中に収まっている。不思議に思って、テイトの瞳を覗き込むも逸らされる。

「テイト」
「……」
「テイト」
「…………」
「クソガキ」
「うるせーっ!俺はガキじゃねえ!」
「…なんなんだよお前は」
「それはお前がガキガキ言うから……って、あー…違う、そうじゃない…」
「何がだよ」

 眉間に皺を寄せ、あーとかうーとか唸り始めたテイトに、訳が分からないといったフラウはその柔らかな頬を抓った。
 はっきり言え、と視線に含ませて。

「何がだ」
「いひゃいな、はなせよ」
「何が違うんだ?」
「…………いや、だ、だからさ…その」

 べりっと抓るその手を離して、抓られた頬をさすり、しどろもどろにになりながら、言葉を探して口にする。

「俺、待ってたんだよ、お前のこと」
「知ってる」
「帰ってくるの待ってて、でもお前帰ってきたら思わず寝ちゃって…」
「だからそれがどうしたっていうんだよ」
「だ、だから…っ」

 そこまで言うと、テイトはフラウの手を取って、その指先にかぷりと甘く噛み付き――、ペロリと中指の付け根から指先へ掛けて舐めとった。

「――こういう、こと?」

 上目に、なぜか疑問符を付けて、そう口にするテイトに、フラウは本日幾度目かの驚愕をした。

「………」
「………」
「…………」
「……フラウ、」

 束の間の沈黙。それを破ったのはテイトで、フラウの指先を自分の絡めて、手の甲に小さく唇を落とした。
 ペロリと口端を舐める仕草があまりに妖艶で、月夜で煌めく瞳に吸い込まれるように、フラウはその瞳を凝視した。

「俺だって、」

 言葉が出ない。ただ、目の前の子供が漏らす言葉ひとつひとつを信じられないものを見るように、瞳を瞬かせるだけで。

「俺だって、そういう時ぐらいあるんだよ」

 蚊の鳴くような小さな声で呟いたその言葉に、フラウの中の理性という枷が外れたのを確認する前に、テイトを組み敷いていた。
 じっと見つめる熱を孕んだ瞳に唇を落とし、絡め取った自分より幾分小さい手を絡めて、熱を孕んだ傷口ごと、唇を貪った。

(コイツ、自分が何言ってるのか判ってんのか…?)

 そう口にする前に握り返されたその指先の熱に、微かに繋がっていた理性が完全に切れる音がどこか遠くに聞こえた。






傷口、指先、理性崩壊



(誘う、誘う、その指先、その視線)

(やられた、やられた、喰ってやる)











誘い受けテイトくんが書きたかったのです。そして指舐めテイトくんも書きたかったのです。なぜならそこにロマンがあるから…!\(^o^)/
なるべく甘々に、と頑張ってみましたがどうでしょう。
理性崩壊ならぬキャラ崩壊。とりあえず愛されてるテイトくんが書けたので満足。ということで。


2010.8.5



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