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メサイア
※引き続きパロ。↑の続き




 きっと、私の犯した最大の罪は、彼を愛してしまったことなのでしょう。



 メサイア



(神様、それでも愛を渇望してしまうのは、愚かなことなのでしょうか)





 異人の血を継ぐ証のこの瞳に、男相手に脚を開くこの躯に、名も知らぬ男が珍奇なものを見るように触れてくる。その厭らしい手つきと、見下すような下卑た笑い声に、嫌悪感で吐き気がした。
 快楽に乏しくなった躯。肢体は思うように動かなくて、ただ相手に身を委ねているだけ。
 それなのに、日々の行いをここまで拒みたくなったのは初めてかもしれない。
 それもこれも、脳内にチリチリと焼け付く一人の男のせい。
 見ず知らずの名も知らぬ客を相手にしている最中、常に脳内にいるのは彼で。仕事として行われるその日々の行為に罪悪感まで抱き始めた。

 ――どれだけ心を乱せばいいのか。

 彼の顔を思い浮かべると、心臓の奥がズキズキと痛んだ。


 ここに売られてから、これが自分の生きる世界で、一生を終える世界だと思っていた。
 この塀の外の世界はもう知らない。世界がどうなっていて、どれほど素晴らしいのかなんて、お客との会話で知る程度でしかない。

 きっと知らなくていい。知ってどうなる。

 心の内のどこかで抱えた殺伐とした思いは、世界を灰色に染めていったのだろう。
 いつしか俺の世界は、色を無くしていた。

 ――彼に出会うまでは。



「フラウさま…」

 窓から覗く上弦の月が、情事後の虚無感を一層引き立たせて、ついこの間の出来事を思い出して耽ってしまう。

 灰色の世界に、色を咲かせた唯一無二の存在。
 足繁く通っては、俺の心を荒らして幸福を与えてくれた彼と、初めて躯を重ねたあの日。
 確信した想いは、今思えばあの時にでも棄ててしまいたかった。こんな恋情、日々を重ねるごとに身を苦しめて、酷く辛い。

(次は、いつ来てくれるんだろう)

 我ながら女々しくなったものだと、溜め息をついた。

 あの日から二日。
 たかが二日、されど二日。この時間はあまりに長く、そして苦しい。
 この暗闇のような世界で、たった一人、逢いたい人。
 会いに行きたい、でも会いに行けない。自分は陰間なのだ。ましてや恋情など、下郎のような身分の輩がなんと滑稽な。
 自嘲気味に小さく笑いを零して、窓の外の月を眺めていれば、襖が静かに開かれた。
 そこには、陰間茶屋で働く仲間が一人。

「テイト、親方さまがお呼びだよ」
「……親方さまが?」

 こくりと肯く陰間仲間に、すぐ行くと伝え、乱れた着物を綺麗に整え、足早に部屋を出た。親方の居る部屋まで続く廊下を足早に歩きながら、庭から覗く月の光に、微かな胸騒ぎがした。




「親方さま、テイトです」

 返事を待ち、静かに襖を開けると、そこには神妙な顔をした親方がいた。綺麗に漆を塗られた机には、黒塗りの小箱が一つ。

「そこに座りなさい」

 視線で促されて、親方の目の前に、机を挟んで座る。
 醸し出す空気が語る物々しい雰囲気。思わず着物の裾を握り締めて身構え、ごくりと喉を鳴らす。
 暫くの沈黙の後、親方が小さく息を吸って、俺を見据えて言い放った。

「お前に、身請けの話が来た」
「……身、請け?」

 親方の言葉を理解するのに少し時間がかかった。
 まさか、どうして。陰間を身請ける話など、訊いたことがない。

「一体、誰が…?」

 そう訊くと、親方は渋い顔をして、目の前の小箱を静かに開けた。
 そこには見たこともない量の大判小判が顔を覗かせていた。

「こんな大金…! 一体、誰なんです?」
「フラウ殿だよ」
「え、…」

 思わず瞬いた。これは何かの聞き間違いかと疑いもした。そんな自分を見かねてか、もう一度その名を口にする親方に、事実なのだと知らされて、もう言葉も出なかった。

「先日フラウ殿がやって来てな、お前を身請けしたいとこの金を置いてったんだよ」
「フラウさま、が、私を…」

(どうして、どうして俺を…)

「確かに、お前はここに売られてきただけだからなぁ…手離すのは惜しいが、お前の意見も訊こうと思ってな」
「そ…んなの…」

 だめだ。
 その言葉が出ない。
 それは自らが迷っている証拠。この身請けの話に、幸せを垣間見てしまって生じた迷い。

(もしも、もしも、)

 どうして彼が自分を身請けするのか、その理由を知りたかった。
 俺が望んでいる答えを想像して、障子の隙間から覗く月を眺めながら彼を想った。

(俺を、少しでもあいしてくれているのなら)

 ――それは、なんて幸せなことだろう。

(だめだ)

 恍惚とした未来から現実に戻すのは、自らの身分。
 階級高い彼の事だ、自分が居ては足枷にしかならない。

 それでも出ない言葉の代わりに首を振ろうとした瞬間、背後の襖が勢いよく開いた。

「お前に拒否権は無いぜクソガキ」

 聞き覚えのある、否、振り向かなくても判るくらい自分が求めて止まない彼の、声。

「フ、ラウさま…」

 弾かれるように振り向けば、そこには台詞とは裏腹に笑みを浮かべた彼がいた。
 いつもと違うのは、この国では見慣れない、異国の軍服を身に纏っているということ。

 彼は土足のまま侵入し、俺を横切って親方の目の前に身を進める。
 そして、脇に抱えていた布地の袋を机の上に落とした。落ちると同時に発した袋の中の音に、それがお金だということが判った。
 彼は軍帽を直す仕草をしながら不敵な笑みで親方を見下ろす。

「悪いが、このガキは頂いていくぜ親父」

 次いで視線を俺に向けられ、その綺麗に煌めく蒼い瞳に、胸の奥が締め付けられた。
 何か言わなくてはと口を開こうとしたときには、俺は彼に担がれていた。
 親方を背に歩く彼と、俺の視界の先にいる親方。
 ふ、と。親方の顔が笑みを浮かべた。それは、いつもの強欲な笑みではなくて、もっと優しい笑み。
 早くに両親を亡くし、ここに売られた俺を、厳しくもここまで育ててくれた親方の、きっと最初で最後の“優しさ”なのだろう。
 それを噛み締めるように、俺は頭を垂れた。


 
 何年振りかに出た外の世界は、やけに静かだった。
 相変わらず担がれたまま、彼は河原を歩きながら煙草を吹かしていた。風に乗って香る匂いは、彼の匂い。

「これから、この国で戦争が始まる」
「え…?」
「俺はこの国のお偉いさんから要望された武器の輸入の為に来たんだ」

 言葉を砕いて分かり易く話してくれているが、その内容は、あまりにも信じがたいものだった。

「フラウさま、貴方は一体…」
「俺は、この国と友好を結んでいる国のしがない軍人だ」
「嘘…、だって」
「お前に嘘吐いてどうすんだ」

 担いでいた俺を優しく地面へ降ろすと、煙草を投げ捨て、両手の手袋を脱いでその武骨な手で俺の量頬を包んだ。その温もりに知らず知らず涙が溢れてくる。

「だめです、だめです、だめ、…だめだ」
「何故?」
「おれじゃ、だめだ」
「理由は?」
「俺は陰間で、貴方は――」
「関係ねえな」

 言葉尻を奪われるように、そのまま強引に唇を奪われた。息継ぎさえままならぬ口付け。
 俺の精一杯の虚勢すら弾かれて、この男は俺の全てをかっ浚う気なのか。
 強引でいてどこか優しい口付けに、涙が零れた。

「言っただろう? お前に拒否権は無いんだってな」

 傲慢でいて、それはなんて、優しい言葉。

「どうして、俺なんだよ…」

 最早陰間の言葉使いも忘れて泣きじゃくる俺の額に、彼は小さく口付けてくると、少し困ったように笑った。

「ここまでされても、判んねえか?」

 ちゅ、ともう一度唇に、今度は軽く口付けを贈られ、そのまま抱き締められた。

 それは、どういうことなのか。

(もしも、もしも、)

「テイト」

 上を向かされ、その蒼眼に思考すら奪われる。

「お前は、なにが欲しい?」

 まるで暗示のように、脳内を侵すその言葉に、俺は自然と口を開いていた。


「――あなたの、愛をください」


 もしも、もしも、それが“愛”というのなら。
 それはなんて、幸せなことなのでしょう。


(今なら言えるだろうか、この愛しい想いを)












引き続きパロでした。
前の話のなんか身分の高いフラウは実は他国の軍人だった!…という設定にしたくて続けさせてもらいました。
ほかにもフラウには設定があったのですが、細かすぎて使えませんでした。そこまでの技術私にはありません\(^o^)/
あとハッピーエンドにもしたくて。
時代背景とかもうあんまり考えてません。着物+陰間なテイトくんが書きたくて突っ走っちゃった感じです。
なくてもよかったかなあとか思っちゃいましたが無理やりにでもくっつけさせました。

この話はもう続きません。
パロは難しい…。


2010.10.10


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