希う、その愁いた瞳
苦しくて瞳を閉じた。
恋しくて瞳を閉じた。
瞼の裏には懐かしいあの頃の二人。
いとしい、いとしいあなたとの幸福という名の思い出を、思い出したくて、瞳を両手で覆った。
ああ―――
(いま、とても、つらいよ)
「フラウ」
――名を呼んでも、彼はいない。もう、いない。
「フラウ」
――隣にあったはずの、温もりが無い。
「フラウ」
――髪を撫でる、あの掌も無い。
「フラウ」
――名を呼ぶ、優しいあの声も無い。
「フラウ、―――……」
その先の言葉は、続かなかった。
唇が、無性に求めて彼の名前を零しても、それ以上を言葉にしても意味のないものだという事を判っているから。
「……フラウ、」
それでも彼の名前を口にするのは何故だろう。
孤独を知って、悲しみを知って、優しさを知って、切なさを知って、愛しさを知って、愛することを知った。
みんな、みんな彼に出会って、知った大切なもの。
大切なものを教えてくれた彼に、伝えたいことがあったはずなのに。
「なんにも出てこないや」
だって、だって、お前がいない。
渇いた笑みは自嘲と少しの欺瞞を混濁させて、枯れた涙の代わりに心が悲鳴を上げた。
(フラウ、フラウ、)
名を呼ぶことで希う者が戻ってくるのなら、何千何万回でも名を呼び続けるし、全てを捧げて祈ってもいい。
でもそれもまた無意味。無意味なこと。
判ってる、判ってるんだそんなこと。
もう自分が求めた彼が戻ってこないのも。
巡り会えるその時まで、なんてそんな陳腐で不確かなものを信じれなくなった自分に厭に吐き気がした。そんなものは詭弁だと、本気で思ってしまう自分に失望した。
いとしい、いとしいと、心の底から思った。
なくしてから、初めて気付いた。
あいしたいと、思った。
多分それは、以前からずっと。
そして知った。
いつの間にか、彼が俺の全てだった。
やさしく口付けるヒトはもういない。
きっと、この先もずっと。
ああ―――、
「フラウ」
(とても、とてもさみしいよ)
希う、その愁いた瞳
(ひとりぼっち)
(それは自分の世界を無くすということ)
サヨナラが言えないんだ。
2010.8.10
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