逢瀬(★鮫山2618)
稀に来日した時、必ずそこを訪れた。
相手に予定があろうと関係無く、木造の古い日本家屋の2階の窓へ跳び上がり明かりの漏れるガラスを叩く。必ず、雨の降る真夜中だ。夕食を終えたばかりだろうと、明け方が近かろうと、その訪問者はかまわなかった。
 程なく窓が開き青年が満面の笑みで招き入れてくれる。さすがに日付の変わった時間帯は少々時間がかかるけれど、それでも中に人の気配があれば必ず窓は開く。
「よ、久しぶり」
 窓を開けた青年はいつもと同じ笑みで訪問者の為にタオルを差し出す。雨に濡れた訪問者は長い銀髪を無造作に拭い、慣れた手つきでブーツを脱ぐ。窓際にはこれまた彼のために用意されたビニールシートがあり、ブーツはそこに放り出された。真っ黒なコートも同じくタオルで拭われブーツの隣へ無造作に置かれる。
「シャワー、使う?」
「いや、いい」
 ベルトを外した訪問者に、部屋の主がどきりと肩を揺らす。
「時間が無ぇ」
「何時、まで」
 訪問者の体を拭ったタオルを受け取ろうと伸ばした手は、相手の右手に掴まれ強引に引かれた。皮手袋をしたままの左手が腰に周り、体は自然と重なり合う。同時に腕を掴んでいた剥き出しの右手が青年の顎を掴み、躊躇い無く口付けた。
「明け方前には出る」
 口付けの合間に囁かれて時計を横目で確認すれば、針は1時過ぎを指していた。今の季節なら、あと4時間程度で明るくなるだろう。
 唇を重ね舌を絡め零れ落ちそうな雫に吸い付きながら、互いの衣服に手を伸ばして肌を暴いていく。最初はパジャマ代わりのTシャツと真っ白なワイシャツ、次いで黒い皮のパンツ、青年の下着、訪問者の下着と畳の上に散らばって、ベッドに辿り着く頃には全裸で相手の肌を撫で回していた。そう、愛撫とは言い難いくらい無遠慮に撫で回す互いの手で2人は息を乱し高揚していった。
「…次は、いつ」
 息継ぎのように青年が尋ねると訪問者は口端を上げて耳たぶを噛んだ。
「あっちでデキそうなのは…2週間後だ」
 熱を帯びた下肢を絡めて身勝手に欲望を高めていく。
 相手を気持ち良くするだとかそんな感情は持ち合わせていない。2人とも己の欲望だけを追って体を動かしているが、それが自然と相手の呼吸と合わさって更なる高みを与えてくれる。
 呼吸を合わせることは、2人にとって何でも無い事だった。刃を合わせる瞬間と同じく、相手の呼吸を耳と肌で感じ取り、どのタイミングで仕掛ければ相手が応えるか、そんなことばかりしてきたのだから。ベッドの中でも同じようにすればよいのだ。
 無我夢中に熱の中心を擦り合わせていた2人だったが、訪問者は圧し掛かっていた体勢を起こし一度呼吸を整える。ベッドヘッドの引き出しを勝手に開け、中から必要なものを取り出して準備にかかる。
「はぁ……」
 部屋の主も乱れた息をゆっくり整えながら、自分の上で準備を始めた訪問者をぼんやりと眺める。左手は黒い皮手袋をしたまま小瓶の蓋を普通に外している。
「それ、ホンモノみてーだ」
「何年使ってると思ってんだ」
「…10年?」
「12年だ」
 正確な年数に青年は苦笑いを浮かべた。
「良く覚えてるな」
 少し憂いを含んだ声で呟くが、応えは求めていなかった。

 ただ、自分に言い聞かせたかった。今はこうしているけれども、目の前の綺麗な人はあの人のモノなんだ、それだけの年月を捧げてきてこれからもつくしてゆくのだ。
 だからといってあの人を押しのけてこの人を欲しているわけじゃない。自分だってこの人のモノではないのだから、お互い様だ。

 いつだって、彼のためなら目の前の愛しい人と―――それは相手も同じだろう。

 冷たい液体の感触が臀部の谷間を伝い、上がった体温であっという間に滑りを帯びる。いつも大雑把で容姿とはかけ離れた扱いをする人だけれど、この時だけは指先に優しさを感じる。右手の人差し指が入り口を撫で、滑りの力を借りて難なく進入してくる。
「…っ」
 最初の一瞬は大して痛みは感じない。ただ、奥へと進むにつれて慣れない違和感とせり上がってくる不快感に耐えなければならない。
「息、ちゃんと吐け」
「う、ん…」
 ゆるりと円を描いて動く指先が狙った場所を見つけて止まれば、青年はびくりと全身を跳ねさせた。
「ぁあっ」
 快楽を得られる場所を執拗に攻め立てる指はいつの間にか本数を増やし、受け入れる準備を着々と進める。自分の下で快楽に溺れる青年を見下ろしながら訪問者の男は鋭い瞳を更に細めた。
 青年の肌は手足や顔など服に隠されない場所だけ褐色に染まり、普段は見えていない場所だけ色が薄い。そこが青年の本当の肌の色だ。そのコントラストが青年の気質を思わせ、男を興奮させる。
 この白い部分は己だけが暴けるところだという傲慢な慕情で、青年に再び口付ける。
 十分に慣らした場所から指を抜き膝裏を掴めばそれが合図になる。青年は呼吸を整え、訪問者の男はその呼吸を感じ自然とタイミングを読み取った。慣らした場所へ進入してくる圧迫感に青年は息を詰めるが、必死に喘いで力を抜いた。
「あ…っは、ぁ」
 仰け反り晒された喉に訪問者が誘われるように噛みつき、衝撃で波打つ身体を押さえ込んで繋がりを一気に深める。痛みで痛みをそらそうなどと考える辺りがこの男らしいと青年は苦笑いを浮かべた。
「余裕だなぁ?」
「そんなんじゃ、ねぇよ」
 奥まで繋がった身体を揺らし、2人は無言のまま相手の背中に腕を回す。しっかりと相手の背を掴み、あとは求めるままに動くだけだった。



「あー…痛ぇ」
「ん?ケツか?」
 事を終えて2人はベッドの上で並んで横になっている。体液で汚れたシーツは部屋の隅に丸められていた。代わりのシーツを被せた上でうつぶせの青年は背中に手を回しながら表情を歪める。
「背中。爪、伸びてんだろ」
「…そういや」
 とぼけた風に応える訪問者に青年はため息を漏らす。わざと爪を伸ばしたまま背中に引っかき傷を残すのが好きらしい、と気づいたのは最近だ。そしてそうされることがどうやら自分も嫌ではない、らしい。
「お互い様だぁ」
 そう返す訪問者の背中にも青年が付けた爪あとがある。新しいものから消えかけたもの、消えたものなら無数にある。
 背中の傷は互いに相手にしか付けさせないものと解っているから、文句を言いながらも許してしまう。
「2週間後な、次」
「あぁ。腕、錆付かせてんなぁ」
「ん〜…ちょっとナマってっかもしんね」
「何だ、斬られてぇのか?」
「テスト期間中、さすがに剣振ってるわけにいかねぇって」
「知ったことか」
「はいはい」
 そうだろうとも、と心の中で続けながらも青年は微笑んでしまう。
 確かに2週間後の自分の腕は鈍っているだろう。それでも、全力でこの人と剣を交える事はたまらなく魅力的で楽しみだった。そのために少し時間を工面して少しでも鈍りを減らす努力は出来るだろう。
「…なぁ」
 天井を見たまま瞳を閉じた訪問者の肩に頬を寄せて囁くように声をかける。気配でまだ眠っていないことはわかった。
「……今度は、俺がしたい」
「勝ったら、な」
「…ずりぃ……」
 あっという間に青年の意識は眠りへ沈み、代わりの訪問者の瞳が薄く開く。
 寝顔の青年を横目に剥き身の右手で首筋をなぞる。
「警戒心…無さすぎだぁ」
 嘲笑いながらも男の瞳は楽しげだった。

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