学園テイルズ 4 「しつれーしましたーぁ」 ぐにゃりとお辞儀をして職員室を辞す。扉を閉める直前リカルドから厳しい視線が寄越されたことに気づいたロイドとスパーダはたったかその場を後にした。 入学式が終わり、長かったーと教室に帰ろうとした二人の襟首を掴んで職員室という名の説教部屋に引っ張り込んだのはリカルドだ。元気な盛りのなりたて高校生が二人で喚いても暴れてもそれを制す力は少し恐ろしいものがある。 入学式後のこの時間は毎年教室に帰ってから親睦会という名の弁当会があるのだが、初等部から同じ顔ぶれの中そんなことをしても意味がないと思う。 そろそろその時間だというのに二人は特に急ぐでもなく校舎を歩いた。 「リカルドこえー」 「めっちゃこえー」 「俺寝てただけじゃん?」 「俺とばっちりじゃねえか?」 ロイドは目をすっと細めたリカルドを思い出してぞっとした。髭面の強面にあんな表情をされたらその道が本職の方だって後退るだろうと本気で思っている。 ふと、窓の外を何かが横切った。一年校舎三階の廊下から見える外だ。それが人であるはずもなく、鳥か何かだろうかとそちらに視線をやると正体はそれより更に小さなものだった。 「桜?」 「ん?」 「や、外。桜すげぇ」 風で舞い上がった桜が三階にいるロイドの目線より更に上を目指す。窓に張り付いた一枚もふわりと風に踊らされまた飛び上がっていった。 見下ろすと中庭に植えられた沢山の木。その内の数本が淡い桃色の花びらをつけていて、風が吹く度に住み慣れた枝に別れを告げて束の間狭い世界を旅している。 その桃色の中に、決して混ざろうとしない強烈な紅が一つ、立っていた。 桜に背を預けて俯き加減になっているその表情は、少し険しい。 「あ」 体調でも悪いのだろうか、片手で頭を押さえている。 「なに?」 立ち止まり、思わず声を上げたロイドに数歩先でスパーダも止まった。 てってってと後ろ向きのままロイドの隣に並んだ彼も下を覗き込み紅を目にしたが、再び「なんだ?」と首を傾げた。 「おまえ、あの人さっき入学式で挨拶してたじゃん。せーとかいちょー」 「知らね。俺初めのおっさんの『えー』三十六回数えて寝ちまったし」 「…まあ俺も寝るつもりだったからなにも言えないけどさ」 すげえ挨拶だったんだぜ、と。 言い掛けたロイドは紅い彼の周りに女子が集まって来たのを見て口を開いたまま止まった。 彼が、にこり、と笑ったのだ。 三階分の距離があるから当然会話など聞こえないが、笑顔で彼が何事か口にすると周りの少女達が嬉しそうに頬を染めてはしゃいだ。 そこには先程まで俯いて何かを耐えていた“少年”の面影はない。 「おーい、ロイド?」 (なんか、無理してるだろあいつ) ロイドがぼうっとその様子を見ていると、辺りにべしっと音が響いた。 次いで来る、じんわりとした痛み。 「ってー!」 「ボケっとしてんじゃねェよ」 「だからって背中!いてぇよ!」 「教室行くぞ。ついでにおまえの弁当ちょっと寄越せ」 先に歩いて行ってしまったスパーダの腹がぐぅと鳴いた。ロイドも慌てて彼を追い少し小走りで隣に並ぶ。 中庭では未だ紅い少年が笑顔を浮かべているのだろうと思って、少し気分が悪くなった。笑っている彼に対してではない。だからといって周りにいた彼女らにでもない。なんだ、これは。 ロイドはもやもやとした気分を断ち切るように「よし!」と声を上げた。 「うおお、なんだよ」 「絶対俺があいつを笑わせてやる!」 「は?」 意味分かんね、と呟いたスパーダはまあ取り敢えず弁当、と言ってロイドを苦笑させた。 紅い髪に絡まる花が幻想的で、いつか見た天使の絵にあったつばさのようで。 あのまま微笑みを浮かべていたら空にかえってしまうのではないか。 ロイドはらしくもない考えに恥ずかしくなって新しい制服の裾を掴み、くしゃりと皺を寄せてしまった。 [*前へ] |