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メモリーズオフ小説部屋
メモリーズオフリフレイン 最終話



雨粒が無数に降り注いでいた。
次第にコンクリートを打つ強さも増し、雨音に世界が包まれている。
辰也はその世界の中を走り抜けた。
服が雨水を含んで、余計に重くなっても足は止めず、靴が雨水で埋まっても気にせず走る。
悪い予感が、心の隅から確実に広がっていた。
遠くから聞こえる救急車のサイレン、野次馬が駆け寄っていく姿……あの日の幻が目にちらつく。
目を凝らした。
今、自分が見てるはずの世界をもう一度見るために。
もう、野次馬の姿もサイレンもない。
あるのはコンクリートで埋まった一筋の道……もう少しで、あの日と同じ場所にたどり着く。

【辰也】
「………っ!?」
またしても、見たくないものが見えてしまう。
幼い妹を抱えたまま、泣き崩れているあの日の自分の姿。
辰也は、目を逸らさなかった。
ちゃんとその光景を受け入れ、足を動かす。
(わかってる……もう同じことは繰り返さないから……)
そう心で言い、あの日の自分と、亡くなった妹の横を通り抜けた。
雨は、まだまだ強くなる。
(言うんだ……同じ過ちを繰り返さないために……もう、失わないために!)
その決意を言葉として噛み締め、辰也は自分の家へと向かった。


時計は、夜八時を示していた。
八回鐘が鳴り、リビングには静けさが漂った。

【歩美】
「たっちゃん……遅いなぁ……」
冷めた料理を眺めながら、歩美は呟く。
今日は、失敗ばかりだった。
気持ちを伝えようと必死に考えたのだが、朝早くから辰也は出掛けており、弁当も渡しそびれた。
放課後、一緒に帰ろうとして辰也のクラスを尋ねたが、ホームルームが終わった直後、すぐさまどこかへ行ったと言われた。
挙げ句の果てに、料理まで焦がしてしまう。

【歩美】
「……何やってんだろ……私」
泣きたくなったが、堪える。
帰って来たら、笑顔で話して、そして気持ちを伝えよう。
そう、プラスに考えて、できるだけ自分に余裕を持たせた。
そのとき、電話が鳴った。
子機を取り、出る。

【歩美】
「もしもし、未来です」

【父親】
「あぁ、歩美か」

【歩美】
「あ、お父さん。どうしたの?」

【父親】
「すまんなぁ、傘を忘れてな……酷い雨なんだ。届けてもらえないか?」

【歩美】
「うん……わかった。すぐ行くよ」
子機の電源を切り、既に冷めてしまった料理を少し見つめ、ラップをかけた。
子機を元に戻すと、ハンガーにかけてたコートを羽織り、玄関へと向かう。
その前に、帰ってきた辰也に心配されまいと、書き置きする。
玄関の扉を開けると、目の前に無数の線となって、大粒の雨が出迎えた。
(たっちゃん……途中で会うかもしれないから、たっちゃんの分も)
そう思い、自分専用の白い傘を一つと、他の二つの傘を取る。
雨は、そんな気遣いも流すように強かった。


家に着くなり、辰也は歩美を呼んだ。

【辰也】
「歩美!いるか!?」
リビングの扉を開けると、そこにいたのは俊太とラップをかけられた皿たち。

【俊太】
「歩美ちゃんなら、親父さんに傘届けに行ったぜ」

【辰也】
「なんだって?!くそっ、すれ違いかよ……」
俊太は焦る辰也に動揺した。今までになく、何かに必死な辰也を見たことがなかったからだ。
辰也は考え、冷めた料理の前で胸を抑えた。
(大丈夫……そんな簡単に悪いことは……)
そう自分を宥めるが、一向に悪い予感は膨らむばかり。
俊太は、見ぬに見かねた。
目の前で苦しんでる幼なじみ─これからもずっと支え合っていく、と決めた幼なじみが、今苦しんでる。

【俊太】
「行けよ……辰也」

【辰也】
「……俊太?」

【俊太】
「行けよ辰也。お前の気が済むように……お前はもう見つけたんだろ?」
本当の答えを─そう続かなくとも、辰也は俊太の言葉がわかった。

【辰也】
「俊太、おれは……」

【俊太】
「早く帰って来いよ。腹減ってんだから」
ははっ、と俊太は笑ってみせた。
辰也は、今までの態度を許してくれる俊太に、感謝した。
これからは、その幼なじみ─親友である俊太に応えるために、辰也はまた玄関へと向かった。
俊太は、目を閉じ、最後の言葉を送った。
(頑張れよ。また会おうな)


辰也は、雨に包まれる世界を再び走った。
雨はやはり止む気配はなく、地面を打つ。
辰也が足を動かすたびに起きる波は、音と共に広がった。
(親父の仕事場は、こっちだったな)
父親の仕事にはあまり興味はなく、仕事場に行ったこともなかったが、有紀はいつも仕事場に迎えに行っていたことを思い出した。
そして、再び有紀が亡くなった場所へとたどり着く。
(今日は……本当に因果だな)
と、思った矢先に、歩美の姿を見つけた。体に似合わない大きな傘を差し、歩いている歩美の姿を。

【辰也】
「歩美!!」
その声は、雨音にも消されず、届いた。歩美が振り向く。

【歩美】
「……たっちゃん?」
少し驚いた表情で、ずぶ濡れになっている辰也を確認した。
辰也は安堵感に浸った。
その時、嫌な音が響いた。
クラック音。
歩美はその方向を見る。
急に光が視界を遮った。

【辰也】
「歩美ぃぃぃぃぃ!!」
辰也の声と共に、歩美の体に激しい衝撃が迸った。


目を開けると、視界には雨で波打つ地面が入り込んだ。
近くにある傘はぐしゃぐしゃに折れ曲がって、使えなくなっていた。
持っていた傘も、いつの間にか手放していた。
そして、視界がやっとはっきりしてきた時だった。

【歩美】
「……た、たっちゃん?」
歩美は、ようやく自分が辰也の上にいたことがわかった。
辰也は、擦り傷だからけで、目を閉じている。

【歩美】
「たっちゃん?たっちゃん大丈夫?」
何度声をかけても、何度揺さぶっても、辰也の目が開かない。

【歩美】
「たっちゃん……?ねぇ……起きてよ……起きてよたっちゃん……」
雨で濡れた頬を、そっと拭う。とても冷たく、歩美は思わず手を引いてしまう。
そして、自然と歩美の目から涙がこぼれ落ちた。雨に負けない勢いで、ボロボロとこぼれ落ちた。

【歩美】
「たっちゃん……嘘だよね……?たっちゃん……たっちゃん!!」

【辰也】
「…………」


【歩美】
「たっちゃん……私……私たっちゃんの事……」

【辰也】
「……おれの事が?」
「好きなの!!大好きだから、起きてよたっちゃん!!」
と、そこまで叫んだ後に歩美ははっとなった。
見れば、下で笑いをこらえている辰也。

【歩美】
「た、たっちゃん!?」

【辰也】
「なに?死んだとでも思った?」
辰也の笑顔に、歩美は涙で顔がぐしゃぐしゃになる。
そして、辰也の胸にうずくまり、涙を隠した。

【歩美】
「バカ!たっちゃんのバカバカバカ!本当に……本当に……」
うずくまった歩美の頭を、辰也は優しく撫でる。雨で濡れた髪を、丁寧に滴を弾き飛ばしながら。

【辰也】
「歩美……さっきの言葉……本当?」
歩美は、無言で頷く。顔が真っ赤になっていることが、わかった。

【辰也】
「歩美……好きだよ」

【歩美】
「たっちゃん……」

【辰也】
「やっと……やっとわかったんだ。おれは、お前のことが好きなんだ」
歩美はうずくまった顔を上げ、辰也の目を見た。辰也も同じように、目を合わせた。
歩美は優しく微笑む。
辰也は久しく微笑む。
お互いが顔を近づけ、唇を交わした。
短くて、とても長い時が流れる。
雨は、次第に弱まり、止んだ。
辰也はもう一つ、ようやくわかったことがある。
雨は、必ず止むのだと。


清々しいほどの晴天。季節は春を迎え、眠っていた鳥たちが一斉に歌を唄っている。
辰也と歩美は、神社にある墓場へと足を運んでいた。『未来家の墓』に眠る有紀のために。
二人で合掌して、挨拶を済ませる。

【歩美】
「有紀ちゃん、これで喜んでくれるかな?」

【辰也】
「喜んでるさ。歩美にも会えてさ」
辰也から自然と笑みがこぼれた。
歩美は、それに微笑んで答える。

【歩美】
「有紀ちゃん、たっちゃんねぇ…未だにピーマンが嫌いなんだよ」
そこに有紀がいるかのように、歩美は話しかける。辰也はあまりのことにあたふたしている。
あの日以来、二人は付き合っている。
ちゃんとした恋人と言う形で。

【歩美】
「ピーマン食べられないなんて信じられないよねぇ」

【辰也】
「あのなぁ……ピーマンは緑の怪物なんだぞ?こう、苦味という毒を」

【歩美】
「苦味は毒じゃないからちゃんと食べなさい」
二人はくだらない会話に笑い合った。
あれから数日後、辰也は両親に自分の気持ちを伝えた。
どうあっても歩美を好きでいたい、と。
その気持ちの強さに両親は負け、ある方法を使うことにした。


【歩美】
「けど、本当に良かったの?」

【辰也】
「なにが?」

【歩美】
「戸籍上から名前を消すなんて……」
歩美は少し不安を表情に出したが、辰也は空を見て話す。

【辰也】
「別に戸籍上から消えても、オレの存在が消えるわけじゃないから。それに」

【歩美】
「それに?」
辰也は歩美の目を見る。

【辰也】
「歩美といる。それだけでオレは良かったと考えてるさ」

【歩美】
「たっちゃん……」

しばらく散歩することに決めた二人は、澄空にある公園に立ち寄った。
辰也はブランコに座ると、ふと遠くを眺める。

【辰也】
「俊太のやつ……今頃どうしてるかな」
俊太は、後日二人の前から姿を消した。
海外で働いている両親先の学校が、ちょうど留学生を募集しており、俊太は留学生として海外へと旅立ったのだ。


【辰也】
「まったく……何も言わないなんて」
歩美が、隣のブランコに座り漕ぎ出す。

【歩美】
「俊くんなら大丈夫だよ。きっとサッカーで友達作ってるよ」
歩美が微笑むと、辰也はきっとそうだと思えた。

【???】
「あ、タッキー?」
後ろから、聞き覚えのある声が辰也を呼んだ。
振り向くと、やはり巴が立っていた。

【巴】
「はお、タッキー」
辰也はゆっくりと腰を上げ、巴に正面を向ける。

【辰也】
「はお、とと」
笑顔を作り、辰也がそう言うと巴は思い切り退いてしまった。

【辰也】
「……んだよ、人がせっかくあだ名で呼んだってのに」

【巴】
「いやぁ……それ以前に呼んでないから余計気持ち悪く感じた」
辰也はいつものようにムスッとした表情をする。

【辰也】
「あぁそうですかい。どうせオレと笑いながら話すなんて想像出来ないよな」
卑屈になった辰也を余所に、巴は隣でブランコを止めた歩美を見る。


【巴】
「あれ?フユちゃんじゃない」

【歩美】
「あ、ととちゃん」
ばったり合って、なぜか驚く二人。

【辰也】
「なんだ、知り合いなのか」

【歩美】
「うん、同じクラスだもん」
歩美が言うと、辰也は頭を抱える。
(なんの因果だこりゃ)
巴は二人を見ると、にやりと笑みを浮かべる。

【巴】
「なるほどぉ、タッキーとフユちゃんはそう言う関係になったと」
歩美が真っ赤になる。

【歩美】
「ちょっと、ととちゃん!そんなにはっきりと言わないでよぉ!」

【巴】
「にゃはははは♪フユちゃんってばわかりやすいんだからぁ」
からかう巴に、あたふたする歩美。
その隣で辰也は頭を回転させている。

【巴】
「タッキー?なにしてんの?」

【歩美】
「たっちゃん?」

【辰也】
「……『フユ』ちゃんって……未来を『みらい』にしてフューチャーの『フ』。歩美の真ん中の『ユ』で『フユ』か?」
辰也がそう急に言い出すと、二人は笑い出した。


【辰也】
「なっ!こっちは真剣に考えたんだぞ!?」

【歩美】
「だってたっちゃんがそんなに真剣に言うなんてねぇ、あはははっ♪」

【巴】
「しかも見事的中!そんなタッキーには豪華商品をプレゼント!」
と、言いながら巴はポケットからチケット二人分を取り出した。
歩美がきょとんとして尋ねる。

【歩美】
「これは?」

【巴】
「私が所属する演劇団『バスケット』の次回公演のチケットだよ。本当なら販売分なんだけど、今日は気分がいいから二人にあげちゃう」
チケットを歩美に手渡し、巴は二人に微笑む。

【巴】
「タッキー、ちゃんとフユちゃんを幸せにしなさいよ」
辰也は言われ、握り拳を巴に見せた。

【辰也】
「おう。もう、同じことは繰り返さないさ」
巴も同じように握り拳を突き出す。

【巴】
「よし、約束だよ」
二人の友情は、ようやく正方向へと向かい始めたようだった。


帰宅途中、オレは有紀が亡くなった場所へと一人で足を運んだ。
最後の気持ちの整理をつけるために立ち寄らなきゃいけないと思ったからだ。

【辰也】
「歩美と付き合い始めた場所も、ここがきっかけか……」
呟き、二人で過ごした日々、いろんな思い出が蘇った。
持っていた花束を隅に置いた。

【辰也】
「有紀……オレはお前を守れなかった分を、歩美に捧げようと思う」
空を見上げると、飛行機雲が道を作っていた。

【辰也】
「みんなあの空を飛んでいける。なら、オレも飛ばないとな」
汚れてしまった翼しかないけど、一緒なら飛べる。
たとえ翼が折れても、これからはダーツのように真っ直ぐ行ける。
有紀も、この空で待っているんだろう。
今から向って行くよ。
二人で、支え合って生きた最後に。


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