最後の一投が放たれようとしていた。 辰也の右手にはダーツが握られ、持つ部分にはじんわりと汗が滲む。 状況は一対一。 既に俊太はポイントが足りずに罰は決定しており、レベルの高い歩美に辰也はなんとか食らいついていた。 【歩美】 「外れろっ外れろっ」 歩美の気持ちは高ぶり、言葉に出てしまっている。 【俊太】 「俺は別にどっちが勝っても関係ないなぁ……」 俊太は最早、そのゲームに興味はない。 夕食を済ませた後なので、皿はたんまりある。しかし、そこにあったのは三人分だけ。どうやら両親は帰ってきていないようだ。 【辰也】 「………」 辰也はあらゆる神経と言う神経をダーツに込める。 外して負けた場合、待つのは洗濯。急に追加された罰ゲームだ。 鼓動が高鳴り、指先が熱くなる。 (力んだら駄目だ……集中して、ど真ん中を射る!) 自分自身に言い聞かせ、一投入魂、全身全霊を乗せて、今放った。 ダーツは綺麗な孤を描き、宙を舞う。 緊張が周囲を包み込んで、視線がダーツを追う。 【辰也】 「……どうだ!」 矢先が突き刺さり、一同が黙視する。 矢先は……見事にギリギリのところで真ん中を避け、辰也に敗北を捧げた。 【歩美】 「やったぁ♪」 【俊太】 「辰也の負け」 【辰也】 「………ちっ……またかよ」 これで辰也は122戦2勝120敗の戦績となった。内、2勝はまぐれ勝ち。 【歩美】 「たっちゃん洗濯と俊くんは皿洗いお願いね♪」 無邪気な笑みに、ちょっとした悪魔を感じた二人は逆らえずに作業に取り掛かった。 辰也は制服と私服、自分の下着や靴下を洗濯機に放り投げると、少し戸惑いながら洗濯籠に手をやる。 【辰也】 「嫌がらせかこれは」 朝と同じように女性用、つまり歩美の下着が中に放置されていた。 小さくため息をつき、一緒に洗濯機に入れようとして止めた。 (後でもう一度洗濯回すか) 蓋を閉め、スイッチを入れると数個のダイオードが発光する。機能を選択し、洗濯を開始させる。 機械音が一帯に木霊する。 (ここ一年ずっとこんな調子だな) 洗濯機が回り始めると、徐々に脳裏に渦巻く何かが襲う。 (……おれ、楽しんでるのか?) 先ほどのダーツゲームを思い出し、一瞬笑っていた自分を見る。 頭痛が走る。 少しぐらつき、手で額を押さえる。 【歩美】 「たっちゃん?」 後ろから歩美の声がして、体勢を直すが、頭痛は止まない。 【歩美】 「たっちゃん?どうかしたの?」 扉を開ける歩美だが、そこには普通に立っている辰也がいた。 【辰也】 「あ、いや……なんでもない」 そう言い、その場から逃げるようにして出ていった。 歩美は出ようとする辰也を止めることもなく、ただ見送っている。 その視線はどこか悲しく、その背中はどこか寂しさを物語っていた。 リビングに戻ると、三人で、テレビを点けたまま、今日あった滑稽な出来事を俊太が話していた。 【俊太】 「校長室の前でいきなり校長に止められて、『いったい何事だ?』って感じでさぁ」 歩美はこういった他人の馬鹿のような面白話に興味を示す傾向にある。 一方で辰也はただ相槌を打つ。 俊太が話の種にしているのは、浜咲学園校長のらしからぬ言動。浜咲学園生徒から言えばアホアホ伝説と謳われている。例えば、ファクシミリは電話線を通じて紙ごと送ると信じていたことや飛行機の中で飛び跳ねると後ろの壁にぶつかって、つぶされると思っていたなど。提供元は校長と同行していた先生方だろう。 【俊太】 「それがあのアホ校長、今度はフロッピーディスクを持っててさ、『あ〜君、このフロッピーディスクのデータを見たいのだが、中身データを取り出すにはどうすればいいかね?』だってよ!」 俊太はその時の事を思い出し、大笑いする。 【歩美】 「あははははっ♪流石アホ校長〜♪」 歩美も笑い過ぎて、腹を抱えている。 その中で、辰也だけは笑っていなかった。 どこか、心ここに在らずといった表情で、空を見ている。 【俊太】 「どうした辰也?」 それに気づいた俊太は、辰也を心配して気遣う。 【歩美】 「たっちゃんさっきからどうしたの?何か悩み?」 歩美も心配になって問いただすが、辰也は出来るだけ表情を明るくして言う。 【辰也】 「なんでもないって。……ちょっと外に散歩してくる」 ゆっくりと腰を上げて席を立ち、歩美達に何も聞かれないように急いでリビングから立ち去る。 俊太は『なんだ?あいつ』と思ってその姿を見送るが、歩美の表情は、重くなっている。 【歩美】 「……ねぇ、俊ちゃん」 【俊太】 「うん?」 和やかだった空気が、今では重々しく感じられる雰囲気に、俊太は苛立った。だが、歩美の心境を察知したのか、出来るだけ和やかに返事をする。 【歩美】 「私……嫌われてるのかな─」 【俊太】 「はぁ……歩美ちゃん、あいつは元からああなんだから、気にすることないって」 そう言われるが、歩美の顔は浮かない。 俊太は一瞬迷った。だが、迷いを払い、話すことを決意した。 【俊太】 「歩美ちゃん、あいつが何でああなったか……話すよ」 【歩美】 「ああなったか……?」 俊太の表情が真面目になったのを見て、歩美は喉に詰まる思いで耳を傾ける。 【俊太】 「あいつ……中学生の時に──」 夜風がやたらと寒くなっていた。 長居すると風邪を簡単にひきそうな、そんな寒さだ。 既に照らす日はなく、街灯が淡く光を放つだけであとは闇。 人気のないアスファルトの上で、風が落ち葉を浚う。 近くの公園─ブランコが僅かに揺れていることがわかる。 辰也は、揺らしながら浮かない顔をして、夜風に当たっていた。 後ろから照らす街灯の光が、寂しさを語るかのように。 風が唸りをあげる。 寒さで体が縮まる。しかし、今の辰也は、暖かい場所に帰ることを拒んでいた。 背負っている物が、暖かい場所にいると忘れてしまいそうになることが恐かった。 (もう……四年か……) わだかまりが、キリキリと心を締め上げる感覚。 すべては四年前─辰也はそれをずっと抱えたまま、今を生きている。 手のひらを見ると、肌色だ。 肌色が徐々に、真っ赤に染まる─辰也にはそう見えている。 見るのを止めた。 手のひらを下ろした時、後ろに人気がした。 勢い良く振り向く。 【???】 「おっす。タッキー」 そこには、スタイルのいい女の子が立っていた。 飛世巴─自称『あだ名大魔神』で、あだ名は『とと』。『飛世巴』の名字の最初の『と』と、名前の最初の『と』で『とと』とのこと。 【辰也】 「飛世……か」 辰也はあだ名で呼ばない。 あだ名で呼べるほど、あまり仲がいいとは思ってはいないからだ。 【巴】 「なんであだ名で呼んでくれないかなぁ」 文字通り不満の表情をして、隣の空いているブランコに座る。 【辰也】 「久しぶりだね。同じ澄空学園なのに会わないから」 今度は微笑んだ。 巴は喜怒哀楽が淡々と顔に現れる性格をしている。 それ故に、本気で人とぶつかったり、本気で笑い、泣くこともある。だが、敵は全然居なく、むしろ仲間がたくさんいる方だ。 辰也とはまったくの真逆。 辰也の場合、知り合いなら普通に接するが、見ず知らずには敵対してるような目つきになってしまい、近づかない人もいる。 【辰也】 「今日はなんでこんな時間に出回ってるんだ?」 【巴】 「演劇の練習」 即答する巴。 巴は小さな劇団『バスケット』に所属していて、将来役者を目指している。 辰也はそのことを知っていたが、敢えて聞いた。 【巴】 「そっちは?」 今度はそっちの番、と言いたげな表情で聞き返す。 辰也は本音を伏せて答える。 【辰也】 「夜風を浴びたかっただけだ」 【巴】 「こんなに寒いのに?」 嘘だと、巴は見抜いていた。 中学生の時、辰也と巴は同じクラスだった。 二人にはあまり接点がなかったが、ある時それは訪れる。 文化祭の時、舞台で演劇をすることが決まったのだが、主役をさせられそうになった巴は、断固拒否した。 その時の巴は、演劇をすることや見ることですら嫌いだったからだ。 理由は『弟の死』─幼い頃、サッカーの試合を見に行った弟は、事故にあって病院に運ばれた。 巴はすぐさま病院に駆けつけ、弟が助かることを祈った。だが、祈りは届くことなく、弟の命はそこで終わりを告げた。 そして、その時に両親は役者をしていて、その時『舞台』があったのだ。 事故にあったことを知りながら、両親は仕事を取っていた。 巴は親を非難した……何故仕事を取ったのかと。 自分より幼い弟が目の前で亡くなり、幼い巴はショックをずっと抱えたままだった。それで、『サッカー』と『演劇』の両方を嫌いになってしまったのだ。 だが、そんなことも知らず、辰也は断固拒否を続ける巴に文句を叩きつける。 『主役を譲られているのに、何故やらないのか』と。 言いたくもない巴は、拒否しかなかった。 口論の連続。しかし、辰也はそれを知るきっかけを、当時から巴の親友である『白河ほたる』が、巴を説得していたところで得たのだ。 辰也は立ち聞きをしていたあげく、その場を後にしたが、後日からは口論は無くなっていた。 そんなことがあってか、何時しか二人は仲違いながらも、友人関係であった。 そのせいか、嘘であることがすぐわかったのだろう。 【辰也】 「いいだろ別に……」 言った途端、巴は文句ある表情になる。 と、思った途端に、ため息をついて諦めた。 【巴】 「変わってないね、そういうところ」 呆れた表情で、転がってた石を掴み、向こう側に投げる。 丁度、落下地点に缶があり、見事に命中した。 【巴】 「よしっ!」 小さくガッツポーズをして、辰也に微笑むが無反応。 肩をがくっと下げ、また呆れ顔をする。 【巴】 「はぁ……あんた見てるとこっちまでブルーになっちゃいそ」 皮肉に言うが、辰也はまだ無視し続ける。 【巴】 「……またなんかあった?」 急に真面目な態度になる巴。 【辰也】 「別に」 【巴】 「嘘。顔に書いてるよ?……なにかありますって」 辰也の眼を見る巴に、辰也は思わず逸らした。何かを悟られることを怖れた。 だが、結果的にそれを知らせることになる。 【巴】 「また……あの時の事故を……」 巴はそこから先を繋げられない。 自分と同じ境遇に立たされた目の前の辰也を気遣った。 【辰也】 「つくづく……お前のこと、羨ましいと思うよ」 辰也の口から、そう吐き出た。 巴の表情に、思わず怒りが現れる。 【巴】 「どういう意味よ」 口調が荒くなる。 だが、辰也は気にせず言い続ける。 【辰也】 「楽天家でいいなって意味だよ」 反論しようとしたが、先に辰也が打って出る。 【辰也】 「あの時のお前、弟が事故して、親が演劇の仕事を選んだから『演劇』が嫌いになったんだよな?」 怒りを抑え、なるべく平然とした態度で答える。 【巴】 「えぇ、そうよ」 答えた巴に対し小さく笑い、続ける。 【辰也】 「なのに今では演劇好きと来たもんだ。お前、弟の死を今思い出せないだろ」 絶句……急に何を言い出すかと思いきや、死の瞬間を思い出せと言う─そう言っているように巴は感じた。 【巴】 「なにを言って─」 何故か怒りが込み上がると同時に、悲しみまで上がる。 心の深い傷がまたうめき声を出しているように感じ、胸に右拳を当て、左手で覆った。 そんな状況を知ってか知らずか、辰也はまだ続ける。 【辰也】 「思い出せないだろうな!自分の夢で精一杯生きるお前には!おれは……」 一息入れる。 【辰也】 「おれはまだ!この手に残ってる!」 両方の手のひらを自分に見せ、何かを思い出してるかのようだった。 【辰也】 「お前にはわからないだろ……わかるもんか……眼を閉じたまま死んでいた弟しか見てないお前なんかに!」 悲痛な叫び……それは巴ではなく、辰也自身に叫んでいるかのようだった。 【歩美】 「……俊ちゃん…もう一回……言って?」 一瞬、俊太が作った冗談話に思えた。しかし、俊太の眼光を見ているとどうもそうではないことはわかる。だが、どうしても歩美は確認したかった。 【俊太】 「あいつは妹を亡くしてるんだ」 きっぱりと言い切る俊太に、歩美は確信した。嘘ではないと。 俊太は少し懐かしむように語り出す。 三年前の─あれは雨の日だったかな。 丁度その頃、今の辰也たちの親父さんの誕生日で、妹の有紀ちゃんが得意の料理で祝おうとしてたんだ。 【有紀】 『お兄ちゃん早く早く!』 【辰也】 『待てよ有紀!』 まだ小学生だったからな、随分と楽しみだったんだろうな……早く帰って、親父さんを喜ばせようと思ってたんだろう。 だから雨で視界が悪くても、気にしてられないくらいだったのか……辰也は、そんな有紀ちゃんを止めることもなく、ただ一緒についていった。 そして、悲劇は訪れたんだ。 有紀ちゃんが少し躓いて、その拍子に大切だったキーホルダーが道路の真ん中に転がり落ちて、それを急いで取りに行った。 ……どうなったの? ……雨で視界が悪かったのが原因だったのか、小さかった有紀ちゃんに気づかなかったトラックのドライバーが、そのまま……有紀ちゃんを跳ね飛ばした。 ………!! 有紀ちゃんはほとんど即死に近かった……それを目の前で見ていた辰也は、そうでなかったと言っている。 ……えっ? あいつは即座に駆け寄って……有紀ちゃんの声を聞いたそうだ。 【有紀】 『助けて……お兄ちゃん』 って……。 【歩美】 「そんな……そんなことが……」 驚愕……そして今まで知らなかった辰也の過去を知り、歩美は悲しくもなる。 俊太は三年前のことを纏めるが、幾分かまだ話さないといけないと思い、続ける。 【俊太】 「あいつは有紀ちゃんが……目の前で死んでいくのを助けられなかったことを、今でも悔やんでるんだ」 椅子から立ち上がり、刺さっているダーツを的から外し、距離をとる。 【俊太】 「自分に何も出来なかったと嘆いて、まるで自分が有紀ちゃんを殺したように……背負ってやがる」 ダーツを軽く飛ばし、それは的に届かず、そのまま床に転げ落ちる。 それを拾う。 【俊太】 「今のあいつ……このままだと、このダーツみたいに飛べないままだ」 歩美は、辰也の今まで過ごした日々を思い返した。 いつも微笑みかけると、少し照れる表情をしていたことから、いつも楽しかった後は笑っていたいのに、笑えないような表情をしていたことまで。 悲しそうな眼は、いつも気にしていた。 【歩美】 「たっちゃんの……バカ……」 そう呟いて、自分と辰也の距離が、まだまだあったことを思い知らされた。 悲痛の叫びは静かな暗闇に浸透して、静かに広げていく。 巴を見る眼は、依然にも増して悲しみと怒りに満ちていった。 【巴】 「なんで……」 巴の声が怒りで震えた。 よりによって、触れたくない過去をいいことに吐き捨てる辰也を許せなかった。 【巴】 「なんでそんな事言うの!?」 だが、巴の性格では、恨むに恨みきれない部分があった。 眉間に皺を寄せて、本気で怒るが、辰也は鼻で笑う。 【辰也】 「そんな事か……お前にとってはそんな事だろうな」 ブランコから立ち上がり、ゆっくりと前に歩く。 【辰也】 「おれはあの日、妹を助けられなかった」 瞬時に理解出来たことは、妹が目の前から消えたことだけだった。 大きな音がして、トラックが急に現れて、誰かが叫んだ。 『おい!子供が跳ねられたぞ!』 『誰か救急車を!』 跳ねられた? 誰が? 有紀は? 理解出来たのは、やっと救急車のサイレンが聞こえた時だ。 【辰也】 『有紀!!』 おれは、トラックの前で横たわっていた有紀を、両手で抱えた。 その時、何かでぬるっとした。 見てみると……有紀の血で染まっていたんだ。 【辰也】 『有紀!!』 呼びかけても、返事はなかった。全身がおかしな方向を向いてて、顔も血でよくわからなかった。 だけど……僅かに口が動いていたんだ。 生きてる! 心の中で、そう思った瞬間だった。 【有紀】 『助けて……お兄ちゃん……』 そう聞こえて……有紀は二度と口を開かなかった。 言い終え、辰也は再び両手を見る。 【辰也】 「今でも、まだ感触が残ってる……あの時救えなかった!おれは……」 【巴】 「私だって同じよ」 巴がそう言い、辰也を見据える。 力強い眼差しが、何かを語る。 【巴】 「私だって、弟が死んだのを親のせいにして……結局、自分に何も出来なかったことを思い知らされたくなかったから」 一息入れ、続ける。 【巴】 「助かることだけ願ったって、何も出来なかった……だったら何か出来るようにならなくちゃいけないじゃない!」 その声は逞しく、辰也には大きく響いた。しかし、辰也は笑った。 【辰也】 「何か出来るようにならなくちゃ……か。だから飛世は、『演劇』の夢を叶えることで、それを糧にするわけか」 【巴】 「そうよ。ずっと悲しんでちゃ、それこそ浮かばれないもの」 巴はようやく、辰也に改正の予兆が見えたと思った。 【辰也】 「だけど、おれにそれは許されない……」 しかし、一気に崩壊する希望。 【辰也】 「飛世は、別にその場にいたわけじゃない……おれはすぐ側にいた……なのに、手を掴むことが精一杯で……」 星がちらちらと輝く夜空を見上げ、辰也の眼から涙が流れた。 巴はただ、その光景を見ていることしか出来なかった。 言葉では、わかっていることなのかもしれない。辰也もふっきらなければいけないと。 【辰也】 「目の前で、何も出来なかった自分を……おれは許すことが出来ない」 それはプライドなのか……自分に厳しいだけなのか。 まるで、罪を背負っているように巴は見えた。 【辰也】 「すまない飛世……。また……変に当たってしまった」 【巴】 「いいよ。今更、タッキーと笑いながら話すことなんて想像出来ないし」 似たもの同士が、似ている境遇だからこそ、二人は友人のままなのかもしれない。 ただ、そこに大きな違いがあるだけなのだ。 前を向いて飛んでいける巴。 未だに過去に縛られたままの辰也。 【巴】 「ほんと、私たちってつくづく似たような境遇だね」 巴は笑い、そして僅かに涙目になった眼差しで、空を見上げる。 【辰也】 「あぁ……だけど、飛世とおれは違う……」 ─おれには、汚れてしまった翼しかない─ そう続けようとしたが口を紡ぎ、辰也は公園の出口に向かった。 【巴】 「じゃあね、タッキー」 【辰也】 「あぁ、さようなら」 一人残された公園で、巴は空を見つめたまま、呟いた。 【巴】 「私は一人で飛んだんじゃない……だから、タッキーもいつか一緒に飛べるはずなんだよ」 その言葉は、ただ空を走り、散るしかなかった。 |