【智也】 「オレも大学生なんだよなぁ」 オレ三上智也は現在、千羽谷大学に通う一年生。実は昨年まで予備校に通っていたんだが、今年は見事合格し、充実した毎日(?)を送っている。気付けばもう季節は夏真っ盛り。外ではすっかり蝉が鳴き始めている。毎日暑いったらありゃしない。でも、もう入学してから三ヶ月か。…で暑いからこうして起きた訳だが…。 【智也】 「あまり、実感がないけどな、ははっ…」 なんてことをぼやいていたら、時刻8時30分。 【智也】 「いけね、早く出ないと遅刻しちまう!」 素早く身仕度を整えてっと。朝飯がまだだけど、この際我慢だ。 ダッダッダッ…(階段をかけ登る音)… ん? この音はもしかして… 【???】 「智ちゃ〜〜ん、おっはよー!」 やっぱりこいつか。もういい加減起こしに来るのはやめてほしい。 【智也】 「朝からテンション高いな、お前は」 このショートヘアーでカチューシャが印象的な娘は今坂唯笑と言って、オレの幼馴染みの女の子だ。いつもこうやってオレのことを起こしにやってくる。今は藤川にある看護学校に通っていて、将来は看護師になるのが夢らしい。 【唯笑】 「えへへ〜、だって智ちゃんと一緒に行くのが嬉しいんだもん♪」 【智也】 「あのなぁ、これまでだって一緒に途中まで行ってたじゃないか」 主に大学に通うようになってからだが…。 【唯笑】 「えぇ〜〜っ!? それは大学に通うようになってからであって、予備校に通っていた頃は『今日は休みだっ!』って言って、唯笑のことほとんど相手にしなかったじゃない」 う、うぅ〜む…こいつは確信をつくところがあるからなぁ。気を付けないとボロが出る。 【智也】 「そ、それはだなぁ」 【唯笑】 「うんうん、それは?」 顔を覗き込むように迫ってくる唯笑。 【智也】 「……やっぱりやめた。今はそれどころじゃないから」 【唯笑】 「えぇ〜〜っ! 何でよぅ!」 【智也】 「今日起きたのが、いつもより遅かったから、いそがにゃならんのだ! 唯笑も急げっ!」 そう言って、唯笑の手を引きながら家を出る。 【唯笑】 「もう〜、待ってってば〜智ちゃーん!」 ―駅に向かう途中の路地にて― 【智也】 「そう言えば、今日は澄空学園のとき一緒にいたやつらとルサックで集まりがあるらしいぞ」 ふと、唯笑に話を振ってみる。 【唯笑】 「え? そうなの?? 唯笑初めて聞いたよ」 まあ、実際に唯笑だけには教えてないからな。まあ、この事に関しては、後で遅かれ早かれ明らかになることなんだけど。 【智也】 「で、お前今日は用事ないよな?」 【唯笑】 「うん、今日は看護学校に行く以外は用事が入ってないから、大丈夫」 【智也】 「よし、じゃあ、18時に藍ケ丘駅集合でどうだ?」 信が言うには19時がベストらしいから、この時間なら唯笑も大丈夫だろう。 【唯笑】 「分かった、18時だね」 鞄からメモ帳を出して書き込む唯笑。そこまでメモる必要はないと思うけど、まあいっか。 【???】 「あれ〜、あなた達」 と、藍ヶ丘駅付近まで歩いていくと、馴染みのある声がかかる。 【唯笑】 「あっ、音羽さんだ! おはよう♪」 【智也】 「オッス、音羽さん」 オレと唯笑はその音羽さんに軽く挨拶をする。この娘は、音羽かおるといって澄空学園に通っていた頃、クラスメイトだった女の子だ。活発で明るい性格をしているから、転校してきた初日は音羽さんの机の周りに人の輪が出来ていたのを今でもよく覚えている。今は確か、千羽谷にある映画会社に勤めているって話してたな。 【かおる】 「うん、二人ともおはよう。あなた達、相変わらず仲がいいわね」 またすぐからかうからな、音羽さんは…。 【唯笑】 「え? そんなことないよぅ」 微かに頬を赤らめる唯笑。すぐ本気にするな、全く。 【智也】 「茶化すなって」 【かおる】 「あっはは♪ ごめんごめん。でもまあ、今更そんなことを言うまでもなかったわね」 悪気もなく、さらっといってのける音羽さん。彼女らしいな。 【唯笑】 「音羽さんはこれからお仕事なの?」 【かおる】 「うん、今日は本当は休みだったんだけどね。勤務だった人が、病気で休んじゃったみたいだから、代わりにわたしが駆り出されたってわけ」 【唯笑】 「そうなんだ。大変だね」 【かおる】 「でも、好きでやってる仕事だから全然苦にはならないよ」 そう言っている音羽さんはとても活き活きしていて、楽しそうな顔をしてる。 【智也】 「そうか。音羽さんらしいな」 【かおる】 「そういう三上クンは今は大学生なんでしょう? 高校の時みたく居眠りしていない? さぼったりしないで頑張りなさいよ!」 【智也】 「あはは、ああ、頑張るよ(苦笑)」 相変わらずはっきりと物事を言うよな、音羽さんは。これにはさすがに参る。 駅で切符を買い、改札を抜けると、すぐに藤川方面のシカ電‥通称『芦鹿島電鉄』が来た。 【唯笑】 「それじゃあ、唯笑は藤川の方だから、ここで。また後でね、智ちゃん! 後、音羽さんもお仕事頑張ってね!」 そう言うと、唯笑はぶんぶん大きく手を振りながら電車に乗り込む。 【智也】 「ああ」 【かおる】 「気を付けてね」 オレと音羽さんは軽く手を振りながら、唯笑を見送った。 【かおる】 「さてと。そう言えば、三上クンは千羽谷大学だったわよね? 私の会社もちょうどそこにあるし、一緒に途中まで行きましょ!」 【智也】 「ああ、そうだな」 そうか、音羽さんは映画関係の仕事に就いているから、方角は一緒だったな。 【かおる】 「ところで、今坂さんには『あの話』はしてないでしょうね?」 【智也】 「ああ、大丈夫だ」 あの話というのは、唯笑の誕生日会を開くという話だ。今日はその唯笑の誕生日でもある7月12日。澄空の皆と事前に話し合った結果、ルサックで誕生日会をすることになった。当然この話を知らないのは、当の本人のみ。きっと驚くこと間違いなしだな。 【かおる】 「それは良かった。三上クンって口が軽いところがありそうだから、心配だったのよ」 おいおい、オレをそんな風に見てたのかよ。軽くショックを受けた。 【智也】 「あのなぁ、いくらオレでもそんなにペラペラ喋らないって」 【かおる】 「ごめんごめん、三上クンがどんな風に返すか試してみたの。でも今の反応をみて安心したわ。彼女とも仲良くやっているようだし」 …あれだけで分かるものなんだろうか? しかし、音羽さんが言っていることも事実だ。唯笑とはこれまでに色々とあったけど、苦難を乗り越えてきたからな。唯笑がいなかったら、今のオレはいないって言っても過言じゃないし。こんなこと口には絶対出せないけど。 【かおる】 「今日は仕事とは言ったけど、午前中までだから、三上クンが良ければ、午後にでも今坂さんのプレゼントを一緒に買いに行かない?」 【智也】 「ああ、別にいいけど」 それから、5分ほど雑談をしている内に千羽谷方面のシカ電が来たので、俺たちは乗り込んだ。 今日一日の始まりだ。 |