君に届け!
君に届け!/庭球 跡部
跡部夢
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手を、のばしてみた。
「何やってんだ」
不意に響く不機嫌な声に、無駄に座り心地のいいソファで寝ていた篠祇はゆっくりと振り返る。
「何サボってやがる」
「…跡部か」
今篠祇と跡部がいる部室まで、午後の授業が始まる鐘が聞こえてくる。
「人のことが言えるのか」
「俺様は仕事だ」
淡々とした自分の問いに、跡部は一言で済ませてソファに座り、書類を手にする。
こうしたやりとりは、実は珍しくはない。
元来感情表現に乏しく、レギュラーの中でも扱いに困る部類である自分を、他のレギュラーが持て余しているのを知っていた。
非があるのは自分。
それがわかっているだけに、よそよそしいながらも自分に話しかけるレギュラーを、自分は優しいお人好しだと思う。
だから篠祇は、無言のままで席を立つことにする。
しかし、跡部に腕を掴まれた。
「…なんだ」
「茶」
篠祇は珍しくも、目をパチパチと瞬いて、跡部を凝視する。
「茶」
無反応に痺れを切らしてか、更に不機嫌そうに跡部は繰り返す。
つまり給仕をしろ、ということらしい。
そういえば樺地がいないと、篠祇はぼんやりと思う。
この気位の高い男が、珍しい…
そう考えつつ、篠祇は口を開く。
「自分でやれ。俺はへ「不味い茶はいらねぇからな」
抑揚のない言葉を遮られる。
何が何でも、用意しなければならないらしい。
拒否しないのを了承と取ったのか、跡部は篠祇の腕を離して再び書類に視線を落とす。
篠祇は仕方なく、めったにしない茶の用意をして、跡部に渡してやった。
「…不味い」
「知るか」
今更ながら、失礼なやつだ。
そう思って眉をしかめると、跡部はしてやったり、と口だけで笑った。
「やっと変えやがったな」
「は?」
表情のことを言っているらしい。だからなんだという言葉を、篠祇は跡部の目を見て飲み込む。
「跡部」
「あーん?」
「意外と可愛いとこあるん「うるせぇ!」
頭を叩かれた。思ったことを言っただけなのに…
自分がいては気が散るだろう。
篠祇はもう一度立ち上がって、部室の扉に手をかける。
「篠祇」
「なんだ?」
振り返ると、跡部の視線は、未だ書類に向かっている。
「…また、茶を入れさせてやってもいいぜ」
その言葉に込められた意味を理解すると同時に、久方ぶりに、自分が笑っていたことに気づいた。
「…気が向いたらな」
言葉だけを残すと、満足そうに笑う跡部を残して、篠祇は扉を閉めた。
見上げた空は雲ひとつない、どこまでも澄みきった青空。
篠祇はその空に、もう一度手をのばす。
諦めていた何かを、掴めた気がした。
君に届け!
そんな何気ない日常
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