[携帯モード] [URL送信]
怖いの◇



今日も今日とて、ユキは竹刀を手に道場に居た

政宗は居ない

普段ならば共に勤しむ鍛錬も、何故か時間ずらしている自分が居た

いや、理由ならば明らかか

単に気まずいのだ

数日前のやり取りが思い出されて、ユキは集中力を欠いていた



「隙ありっ」

「っ!」



すんでのところでそれをかわすが足がもつれて尻餅をついてしまった

相手をしていた神埼(政宗の小姓の一人だ)も、面食らったようにこちらを見下ろしている



「悪い。集中できてないみたいだ」

「大丈夫か?」



手を差し出されるがそれは取らずに立ち上がる

それに神埼は苦笑する

(本当に、政宗様以外にはナツかない猫だ)

そんな神埼の内心も解さずに、ユキは道場を出て井戸へ向かった



─バシャッ


水を頭からかぶり、頭を振る

政宗は今ごろ輝宗様の政務の見学だろうか

いや、この頃は政務を手伝う事の方が多い

次期当主として、輝宗様も政宗に教える事は多いのだろう

だからこそ政宗の刃として、今、もっと強くならねばならないというのに



「ユキ」

「!、‥‥片倉様」



声に振り返ったユキの目の前には小十郎が居て、バサリとユキに布をかぶせた



「わっ」

「またお前は、風邪をひくぞ?」



頭から着物までびしょ濡れなのを見かねたのだろう

布で髪の水分を拭ってやりながら、小十郎は囁きかけた



「なんで避けてる」

「え?」


「政宗様を避けてるだろう」



ユキは言葉に詰まった



「避けてねえとは言わせねえぞ」

「!、私は、私はただ‥‥‥政宗があんまり、必死だから」



必死?

何がと問うが、ユキは言葉を探してか必死に考え込んでいる

やがて諦めたように小十郎を見上げた



「政宗は、私に生きて欲しいらしいのです」



思いがけぬユキの言葉に、小十郎には珍しく言葉に詰まった

当たり前のことだ

政宗がユキの生を望むのは


恐らく政宗様にとってユキは戒めであり想い人

言い方は違うかも知れないが、俺が右目で右腕ならば、ユキは半身なのだ

近づかせ過ぎた

後悔してももう遅い



「何が、問題だってんだ」

「私は、‥‥‥怖いのです。政宗に私の傷に触れられるのが、私が政宗の傷に触れるのが」


「ならなんでそれを、政宗様に言ってやらねえんだ‥‥てめーは」



思いがけずユキの本音を聞いた小十郎は嘆息した

避けてるって事はまだ政宗様は納得してねえってことだ



「言ってねえんだろう?」

「‥‥はい」



もう遅い

お互いにもう傷を知っている

傷を持つ者同士だからこそ、既に傷の深さすらも知り得ているだろう



「言いたくねえなら言わなくてもいい。ただ、お前は政宗様のそばに居ろ」

「片倉様」

「お前は政宗様のものだ。政宗様がもう要らねえと仰るその時まで、お前は政宗様のそばを離れるな」



言わなくともやがては気づく


もしも、どちらかがどちらかを失ったとして

後悔してももう遅いのだ




2011.2.16.

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!