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雲の向こう側に



傷が熱く、痛みに眩暈すら起こした

久しぶりの医者の検診の後ユキは暫くは動かないようにと念を押されていた



「ユキ様、やはりまだお薬を‥‥」

「いや、あれからひと月経ったのだから、もう」

「ひと月で動ける傷では御座いません!」



傷口はまだ完全には塞がらないが、大分動けるようになった(つもりだ)

もうそろそろ葵の薬なしでも過ごせるように慣れていかなければならない



「でも、身の回りのことも少しずつやるようにしないと」

「それもお待ち下さいませ!私の仕事を取り上げるおつもりですか?」


「ふふふ、葵、姉上のようだ。過保護だと笑われてしまうぞ」



ユキのその言葉に、葵は優雅に微笑んだ

葵とは六年程の付き合いだが、こうして笑う時、どこか底知れぬものを感じてしまうとユキは思った

しかし兎に角、春までには刀を振るえるようになりたいのだ

動かなければ



「お医者様もあともう暫くは動かぬようにと仰っておられたでしょう?せめて年が明けるまでは大人しくしていらして下さい」

「ん、うーん、善処するよ」



曖昧に笑ったユキに葵は嘆息した


ユキ様は苦労がお好きなのだ

やっと佐々家から解放され、自分の為に生きられるというのに


葵の心配を察してか、困ったように首を傾げたユキに葵は



「兎に角、もう暫くは無理はしないで下さいませ。筆頭殿からも傷が癒えるまでは休むようにと仰せつかっております」

「伊達殿、いや、政宗様が‥‥」



お優しいお方だ

いや、元よりこの奥州を治めるほどのご器量を持つお方

私ひとり拾ったとて何も揺るぎはしないのだろう



「葵、片倉様に目通りを願いたい」

「ユキ様、」

「いつまでも寝てはいられない。掃除でも見回りでも、何か仕事が欲しいんだよ」



優しい笑みを湛えたその顔に、葵はぐっと言葉を詰まらせる

いつも、いつも、いつもだ

この笑顔をするたび、ユキ様は何かを捨てる

ユキ様は御自分の幸せを捨てる

そしてそれを、私達はただ見守るだけしか出来ないのだ



「葵?泣いているの?」

「いえ、すぐに片倉様にお取次致します」



頭を下げて出ていった葵を見送る

心配を、かけただろうか


雪のちらつき始めた空はどんよりとして暗い

だがその雲の向こう側にある光を、ユキは信じていたかった




2011.2.7.

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あきゅろす。
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