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雪が庭に落ちる



それからユキが次に目を覚ましたのは、五日後のことだった

誰かが右腕に触れるのを感じて意識が浮上した

障子を締め切った室内はまだ薄暗く、容易に目蓋を開くことができた



「‥‥‥ぁ、伊達、様?」

「sorry.起こしたか」



寝起きの頭では理解できない

そーりー?

なんだろう、わからない

ああそう言えば、伊達様は南蛮語が堪能だと聞いたことがあった気がする

だからこれも南蛮語なのかも知れない



「‥‥丸五日眠ってたぜ」

「五日‥‥‥」



そんなに寝ていたのか

どうりで体がだるい筈だ

そう考えて、そこでやっと頭が回り始めて、ユキは起き上がろうとする



「まだ無理だ。葵を呼んでやるから寝ていろ」

「‥‥っ、ありがとう御座います」



確かに起きようとしても体に力が入らず、加えて右腕が無いことで均衡が取れなかった

部屋を出て行く政宗をそのまま見送ってユキは思わず左手で顔を覆った



「‥‥‥しっかりしなくちゃ」



程なくして葵が現れると、着替えをし、髪を整え、久しぶりに部屋の障子を開けてもらった

庭にはうっすらと霜が降りていた



「もう冬か」

「はい。つい昨日、初雪が降りましたよ」



初雪

これから本格的な冬になる

そうなればこの奥州での戦は減るだろうが、来年の春までには動けるようにならなければ

そう考えて、上腕の中程から無くした右腕をさする

今は葵の薬のおかげで痛みは耐えられる程度だが、問題はそれだけではない

重心は変わっただろうし、普段生活する中でも一人で着物を着るのも難しいだろう

そんな調子ではせっかく私を引き取って下さった政宗様のお役に立つことは出来ない


ふと近づく足音に気が付いて、ユキは顔を上げた

現れたのは派手な恰好をした大きな男だった

男はユキを見つけた途端に大声で話し出す



「アンタが独眼竜に腕を斬られたって男かい?」

「‥‥‥、いや、伊達殿には私がお頼みして」

「いやぁ、小さいねえ!腕を斬らせたって位だから、どんなに豪胆な男かと思ったんだが‥‥‥、これじゃあ小間使いにも使えないんじゃないか?」



言われてぐっと言葉を詰まらせた

正論だ

片腕を失ったことで弓すら引けなくなった

普段の生活にも困るだろう

出来ることは限られてしまった

だが、



「‥‥それは伊達殿がお決めになること。ところで貴方は?」

「お、悪い!俺は前田慶次ってんだ」



何故か得意気に答えた慶次にユキは面食らった

前田と言えば、加賀の前田利家様の親類なのだろうか?

そう思い聞いてみれば案の定外れていなかった



「へえ、利とまつ姉ちゃんの事知ってんのかい?」

「おまつ様と私の姉が親しくしていたのです。こちらにお訪ね戴いた時は、よくおまつ様の手料理をいただきました」

「ああ、まつ姉ちゃんの料理は最高だからなぁ!」



最初こそ前田慶次の歯に布着せぬ物言いに畏縮したユキだったが、慶次は何に関しても正直な男らしい

嵐のように慶次が去って行くと、ユキはほっと息をついた


ふと視線を向けた庭に雪が落ちる



「春までには」



春までには

この身ひとつで生きていかなくては



2010.12.11.

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あきゅろす。
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