[携帯モード] [URL送信]
愛が足りないとき



岩沼への視察の折、午後から天候が崩れてそこへ泊まる事になった

夜には帰る予定で雪のところで寝ようかと思っていたというのに、とんだ誤算だった

酒でも呑むか

そう思った時、障子の向こうから声が掛かる



「政宗様、今よろしいですか?」

「Ah?桜か?」



部屋へ入って来た桜の手には酒の乗った盆があった

気の利くことだと、政宗は躊躇なく桜を招き入れたのだった









その知らせは、雪には内密にと重臣達の間でだけ囁かれていた

中心は桜の父親、手には桜の文

予定よりも丸一日遅い政宗の帰りに話しの信憑性は増し、城内へと広がっていく



『政宗様が新たに側室を選ばれた』



雪は通り掛かった部屋からの声に足を止めた



「何でも最近召し上げた女中の一人だって言うじゃない」

「本当に?でもまぁ、狙ってたわよね、あれは」



他愛のない、女中達の噂話し

雪は手の甲に爪を立て、足を踏み出す


気持ちが沈むのは己の未熟故だ

伊達家ともなれば多くの室を迎え、御家を守っていかなければならない

分かっていて尚、沈む自分の心に吐き気がする

武家の娘として恥ずかしくないように、そう振る舞わねばならないのに



「貴蝶」

「雪様、あんな噂話しを信じてはなりませぬ」



部屋に戻った途端、貴蝶が言った

心配そうに歪む顔に節くれだった心が僅かに溶ける



「何故?」

「何故、とは?」


「政宗様が室を迎える事は、とても良い事です」



そう言って笑う雪に、貴蝶は言葉を無くす

何故ですか?

何故いつもそうやって我慢して、耐えて耐えて耐えて、笑うのですか?

貴女が欲しいと言うならば、全てが敵だとしても手に入れて見せるのに



「‥‥‥事実を、確かめて参ります」

「貴蝶、」



次の瞬間には貴蝶は部屋から消え、雪ひとりが残された




2012.3.9.

[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!