痛む、傷む
身分の差がどれほどのものかと、政宗は思う
だが同時に、身の程をわきまえないような輩は側に置きたくない
そう思ってもいた
雪に関して言えば、まあ、身分はほぼ無い
既に伊達に下った武将の娘で、俺の室だという事ぐらいしか保証するものはないだろう
その点、今度新しく女中として召し上げた女二人は、長く伊達に仕える家の娘だ
その父親達を政宗も知っているし、だから始末が悪い
当主という立場上、その父親達の顔も立ててやらねばならない
「政宗様、お茶をお持ちしました」
「Ah.」
最近では雪が茶を持って来ることは少なくなり、代わりに桜か菊が持って来る
大したことではない
だがあの夜から暫く、政宗は雪の元を訪れてはいなかった
執務が忙しく、視察も多い
それを察してか、雪から政宗を訪う事も無い
いや、怒っているのだろうか?
あんな抱き方をして、今更だが後悔する
次の視察が終わったら、遠乗りか、それか湯治にでも連れ出してやろう
そう考えて、政宗は口元を緩めたのだった
身分の差は何よりも重い
身の程をわきまえ、武家の娘として誇り高く生きるようにと教えられてきた
桜と菊は伊達家に長く仕えてきた家柄の娘で、雪とは違う
女中である二人だが、質として伊達家に迎えられた雪は身分的には彼女らに劣るのだ
「あの、政宗様にお茶をお持ちしたいのですが」
「あら雪様、もう私がお持ちしましたわ。残念ですわね」
「そうですか」
そう言って肩を落とす
あの夜以来、政宗には会えてはいない
執務が忙しいからと言えばそれまでだが、桜と菊が来てからというもの、お茶を持っていくことすら出来ていなかった
もしかして、まだ怒っていらっしゃるのだろうか?
不安にかられて部屋の前をウロウロとしてしまう
挙げ句に貴蝶に座るように促されて、雪は溜め息を吐いてしまった
「雪様は筆頭殿の唯一の室なのですから。落ち着けばまたすぐいらっしゃいますよ」
貴蝶にそう諭されて、雪は力無く笑った
不安なのだ
政宗に近付くことすら出来ないこの頃に、この上なく不安で
いつの間にこんなに愛しくなっていたのかと思う
嫌われたくないと願う
そんな雪を見かねて現れた愛姫はこう言った
「会いに行けばよい。雪様は遠慮深すぎるのじゃ」
「でも、執務でお忙しいようですから‥‥」
そう雪が返せば愛姫からも溜め息が漏れ、雪は苦く笑ったのだった
だが小十郎ですら顔を出さないこの頃は、本当にお忙しいらしいのだ
それを邪魔するのははばかられるし、したくもない
結局政宗を訪ねるのはやめにして、愛姫の部屋に招かれた
愛姫の部屋と雪の部屋の間の廊下近くに、政宗の執務室がある
一目見られるかも知れない
そう思い、雪が執務室に目をやった時だった
緩められた口元
慈しむように細められた隻眼
政宗の隣りに居るのは雪ではない
ましてや、小十郎でもない
すいと視線をそらす
嫌な音を立てる胸を押さえもせず、平然と廊下を渡った
2012.2.23.
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