蝶は花の夢を見る
貴蝶は心配そうに雪の様子をうかがった
先刻、城に着いてから雪の様子がおかしいのだ
月を見つめていたかと思えば次には顔を伏せ溜め息ばかり
貴蝶がお茶を淹れても、雪はありがとうと言うだけで手をつけなかった
おかしい
「‥‥‥」
何かあったのかと言えば、昨日は久しぶりに戦に参戦した
嫁いだ伊達の当主を守ったのだ
右目の策略なのは明らかではあったが
「‥‥雪様」
「貴蝶?どうしたの?心配そうな顔」
「先程から溜め息ばかり吐いておられます」
貴蝶が言えば雪は少し驚いた顔をした
だがすぐ笑顔になって貴蝶を隣りに呼ぶ
「貴蝶が心配するようなことではありません。ただ少し、政宗殿のことを考えていたのです」
「‥‥‥‥」
二人、庭を見ながら冷めてしまったお茶に口をつける
雪は困ったように笑って
「忘れてはいけない。そう思うのに、父上を討った政宗殿が、その、好きなのだと思います」
「雪様」
その事を、お父上が咎めるとでも?
それは絶対にないと貴蝶は言い切れた
「私は今まで幸荻のためだけに生きてきました。伊達に嫁いだのは安積家を守る為」
「それの何処に雪様の非がありましょうか?」
愛する者を守ること
今の貴蝶にはその意味も分かる
「私はね、貴蝶。伊達の家臣として働こうと思っていたのですよ。幸荻の後見をして下さるという政宗殿の厚意に甘え、私を娶って下さるという情にも甘え、私はもうこの命でしかお返しはできないでしょう」
「ですが、筆頭殿はそれを望んでおりませぬ。雪様に望まれているのは和子を為すこと」
和子、子ども
政宗殿と、私の
どうして望むのだろう?
ただ子を産むだけでなく、私自身が、私こそが‥‥
それこそが裏切りではないのか?
幸荻の為、安積家の為と言いながら、本当は自分の為ではなかったのか?
「‥‥‥考えるだけ無駄ね。全ては成るようにしかならない、そう父上にも教えられたというのに。‥‥ごめんなさい貴蝶、貴女を巻き込んでしまって」
「私は、雪様がお幸せならそれで良いのです」
貴蝶はもう、雪様なしでは生きられませぬ
互いに笑みを交わせば、そこにいつもの足音
竜の来訪
「邪魔したか?」
「いいえ、どうぞお気になさらず。貴蝶、お茶を頼みます」
「はい」
言われて立った貴蝶をマジマジと見た政宗は、ふとこんな事を口にした
「貴蝶、あんまり忍んでねえと真田んとこの忍みてえになるぜ?」
「‥‥猿と一緒にはしないでいただきたい」
猿
余りに嫌そうに貴蝶が答えるので、政宗は笑った
「Ha!何だよ知り合いか?こりゃ真田と再戦の時には貴蝶も呼んでやらねえとな」
「結構に御座います」
この時の貴蝶の物言いが余程気に入ったのか、政宗はしばらく笑っていた
城下から城内にかけて酒宴が催されている
政宗は雪を迎えに来たのだった
2009.11.30.
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