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竜の求婚





戦場には雨が降っていた

昨日の夜からずっと、やむことなく降り続いた雨



「雪さま」

「降伏は?」



問えば父の代から仕えてくれている重臣、渡辺沖嗣(ワタナベオキツグ)が首を横に振った



「では、私が行きましょう」

「私も共に参ります」



最後の抵抗

それに相応しく微力な戦力を駆逐すれば、この反乱の主が残った



「尾上雁治郎春実(オノウエガンジロウハルサネ)、覚悟は出来ておろうな?」

「っ、渡辺殿は満足しておられるのか?あのように病弱で幼い主君を安積家の跡継ぎとし、奥州を生き残るなど土台無理な話し!」


「尾上殿‥‥」

「我が弟に仕えるのが嫌だと申されるか」



膝をついた状態の春実が見上げる形となり、雪を見る

雪の瞳は冷たく春実を見下ろす



「貴方もお気付きの筈だ。反乱を考えるは私だけではないと」

「‥‥だから、お前の前に袴田を滅ぼしました」



密約を交わした袴田孫市(ハカマダマゴイチ)

その死の事実に春実の目が見開かれる



「自害されよ。されば家は取り潰さぬ」



口惜しそうに、本当に口惜しそうに、春実は最後の瞬間こう呟いた



「雪様が、男であれば」





斯くて、この辺り一帯を治める安積(アサカ)家の長女にして武将の名も持つ安積雪は、また一つ、家臣であった筈の家を滅ぼした









安積家が治める三沼の地

その名の通りこの地には三つの沼があった

伊豆沼、長沼、そしてもう一つは小さく名もない


その三沼の地に鹿ヶ城(シシガジョウ)が鎮座する



「お帰りなさいませ、姉上」

「幸荻(ユキオギ)さま、安積雪、ただいま戻りまして御座います」



雪は当主である弟の前に膝をつくと、深く頭を下げた

幸荻が戸惑うように息を飲むのがわかる



「袴田孫市、尾上雁治郎春実、両名共に自害しております」

「はい、一族に責は負わせません。ご苦労様でした」



その返事に、顔を上げてにこりと微笑む

幸荻は今年やっと十になったばかりだった

十になると同時に父親を失い、当主となり、姉である雪家臣となった

それから僅か数ヶ月、病弱な幸荻を当主として認めようとはしない輩は後を絶たない



「ただいま、幸荻」

「お帰りなさい姉上!」



鎧を脱ぎ、着物を変えた雪はやっと幸荻の姉に戻る

腰に抱きついてきた弟の頭を撫でながらほっと息をついた



「姉上、怪我はありませんか?疲れておりませぬか?お腹は」

「大丈夫。でもお腹はすきました」



それを聞いた幸荻はすぐに女中に食事を用意するように命じる

食事は宴の座敷で行われた


謀反を考える者は居るが、ここに居る者達のように幸荻を誠の当主と認める者達もいる

重臣である沖嗣を筆頭に、今回雪と共に謀反の鎮圧に向かった者達がそうだった

その時の沖嗣の活躍を幸荻に話していれば、渦中の人物が小走りでやってきた



「沖嗣、どうした?そんなに慌てて」

「雪さま、いえ、幸荻さま、姉上様に婚礼の申し出が御座います」


「え?」



幸荻が驚いたように固まって、雪も目を見開く



「何処から?」

「独眼竜よりの申し出に御座います」



独眼竜、伊達政宗

この奥州の覇を積年争ってきた武将であり、父、安積幸禎(ユキサダ)を打ち取った武将



「伊達、政宗が」



凍りついた空気に誰もが身動き出来なかった




2009.6.6.

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