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桜の下で
今日から通う薄桜学園へと続く 桜並木。

はらり、はらりと薄紅色の花びらが舞い散る中、美しい桜を時折眺めつつも歩を進める。

時間が早い所為かまだ人の気配も殆どなくゆったりとした時間が流れている。

桜を目にするといつも思い出すのは今にも消えてしまいそうな儚げな笑顔。

起き上がることすら苦になっていたのにも拘わらず半身を起こしてやせ細った腕を持ち上げ、頬に触れた熱く細い指までも鮮明に思い出す。

「・・・総司・・・・・」

お前は今何処で何をしているのか・・・・。

再び逢えることができるのだろうか・・・・・。

そんなことを考えながらもたどり着いた学校。

クラス分けも確認し、人気のない校舎に足を踏み入れる気にもならず、ふらりと桜に導かれるかのように校舎の裏手へと回る。

裏庭には大きな桜の木。

「・・・見事なものだな・・・」

美しく咲き誇る桜に瞳を細め、ふと桜の木の下の人影に気がつく。

カバンを枕にし、ブランケットを被った薄桜学園の制服を着た少年。

ふわふわとした淡い栗色の猫毛。

触れてもいないのに、柔らかだと判る懐かしい髪は、自分の知っているものより随分短い。

「・・・・ッ・・・・・そう・・・じ・・・・?」

春とは言えこんな所で寝ているなんて、身体は大丈夫なのだろうか。

あの頃もよくこうして暖かな日向で昼寝をしている事は多かったと懐かしく思う。

「そ・・・・」

「ったく、相変わらずんなトコで寝やがって・・・おい、総司古典準備室で待ってろっつってただろ」

桜の木の下で眠っている少年―総司に声を掛けようとした所で、斎藤とは反対側からスーツの男性がやってきて総司に声を掛ける。

「・・・ん・・・・」

「おい総司・・・?ちっったく、んなトコで寝てるからだろ・・・」

総司の顔を覗き込み、頬に触れた所で、小さく舌打ちをし、すっかり寝入っている総司を抱き上げ、校舎へ向かおうとしたその人と目があった。

「ッ・・・ふく・・・ちょう・・・」

艶やかな黒髪もアメジストの瞳も、綺麗な顔立ちも何も変わっていない懐かしい上司。

「斎藤・・・・か・・・お前は覚えてるんだな・・・」

目を見張る斎藤に淡く微笑む土方。

「副長・・・・」

「わりぃ、斎藤話は後だ、先に総司を保健室に連れて行く」

土方の腕に抱かれた総司の顔色はあまり良くない。

「総司・・・・」

土方と連れ立って歩きながら、総司の顔を覗き込む。

閉じられた瞳の所為でよくは分からないが、あの頃よりも幼い寝顔。

身体も随分と小柄で華奢だ。

「山南さんわりぃ、総司の事頼む」

「おや、土方くん、そちらのベッドを使ってください」

保健室に着き、再び懐かしい顔を見て驚いている斎藤を尻目に土方が山南に指示を受けながら総司を奥のベッドへ寝かせる。

「で、沖田くんはどうしたのですか?まだ入学式も始まっていないのに・・・そちらは新入生ですか?」

総司のことは知っているようだが、斎藤の事はわからない山南にはあの頃の記憶はないのだろう。

「あぁ、コイツは新入生の斎藤だ。総司は朝から調子悪かったみたいなんだがな、ちょっと目を離した隙に外に出て寝ちまってたんだよ。っとに自分の身体に無頓着なのは相変わらずだ・・・」

溜息を零す土方に苦笑を零した山南が総司の様子を見て、微かに眉間に力が入る。

「熱もありますね・・・入学式は欠席した方が良さそうですね」

ここまで抱いて運んでも昏昏と眠っているのだ。

「・・・総司・・・」

眠っている総司の髪にそろり・・・と手を伸ばす。

想像通り柔らかく、触り心地のいい淡い栗色の髪。

「山南さん、仕事が終わったら迎えに来る、総司の事頼む」

「えぇ、任せて下さい」

「斎藤、話もある、行くぞ」

総司を山南に任せ土方は斎藤の腕を引く。

「あ・・・はい・・・」

総司についていてやりたいとも思うが『話がある』と言われた以上、付いていくしかないだろう。



土方に連れられてやってきたのは古典準備室。

何故か応接セットのあるその部屋のソファーに勧められるままに腰を下ろす。

「斎藤、コーヒーでいいか?」

「あ・・・ありがとうございます」

インスタントでわりぃな、と出されたコーヒーを一口口に含む。

「・・・・総司のことだが・・・」

向かいに座り、同じようにコーヒーに口を付けた土方が重い口を開く。

「はい」

「あいつには、あの頃の『記憶』はない」

「・・・・そう・・・ですか・・・」

土方が覚えていた事もあり、総司も記憶がある事を全く疑っていなかったが、山南の態度を見ていると山南には記憶がなさそうだとは思っていた。

「気が付いたかと思うが、山南さんにも記憶はねぇ。総司のことを知っているのは総司と俺が幼馴染でガキの頃から山南さんとも交流があったからだ」

「はい」

「俺はな、斎藤。総司に記憶がねぇのはあの頃の記憶は辛いものでしかなかったから だと思ってる」

「・・・・・」

「孤独を何よりも恐れていたあいつを独り残して行くことを決めたのは俺だ。お前にも悪いことしちまったと思っている。・・・すまなかった」

頭を下げる土方に斎藤は慌てて口を開く。

「副長・・・・顔を上げてください。結局あの道を選んだのは俺です貴方のせいではない」

「すまねぇ、ありがとう」

小さく笑う土方に斎藤も笑みを零す。

「俺はな、斎藤、お前には悪ぃが、思い出さねぇほうがあいつの為だと思っている・・・。あいつはあの頃も、今も辛い思いをし過ぎてる・・・」

「・・・今も・・・ですか・・・?」

「あぁ・・・俺からは詳しくは言えねぇが・・・今のあいつを守ってやるのは俺の役目だと思ってたんだがな・・・」

お前がいるならそれはお前の役目かもな・・・と苦笑を零す土方はやはりあの頃よりも優しい表情をしている。

「中々心を開かねぇかもしれねぇが・・・お前が今もあいつの事を大切に思ってるってんなら・・・」

「俺は・・・今の総司とは今日始めて逢いました・・・いえ、逢ったうちに入らないかもしれません。でもずっと逢いたかったんです。ずっと・・・再び逢えたら今度こそ添い遂げたいと・・・ずっと思っていました」

「そうか・・・・今のあいつは・・・あの頃よりも身体も弱ぇし大変だと思うがよろしく頼む」

「はい」

斎藤の真剣な瞳に土方は安心したように肩の力を抜く。

「もうこんな時間か・・・、俺はもう一度総司の様子を見に行くが・・・」

「俺も一緒に行きます」

「あぁ・・・まだ時間もあるしな」

苦笑をこぼした土方は斎藤の上腕をぽんぽん、と叩き二人総司のいる保健室へ向かった。



結局未だ眠っていた総司と話す事もなく入学式を終え、再度保健室へ立ち寄る。

担任が土方なので、本当なら斎藤が持ってくる必要もない今日配布されたプリント類を届けるという名目でだ。

「失礼します」

「斎藤くん、沖田くんですか?」

保健室に足を踏み入れれば柔らかな笑顔に迎えられる。

「はい・・プリントを届けに来ました」

「沖田くんなら目を覚ましていますよ。」

「ありがとうございます」

山南の言葉に礼を返し、総司がいるであろうベッドのカーテンに手を掛ける。

カーテンを開く前に一つ深呼吸。

「失礼する」

「・・・だれ・・・・?」

まだ熱もあるのだろう、気だるげな総司の若草色の瞳が斎藤を捉ええる。

「同じクラスの斎藤一だ」

「・・・さいとー・・・くん?」

「あぁ、土方先生に頼まれてプリントを届けに来た」

「そう・・・ありがとう、そこにおいておいて」

そっけなく逸らされる瞳に心が痛んだが、初対面の相手に総司がこの様な対応をするだろう事は予想はついていた。

「具合はどうだ?」

総司の『そこ』と指したカバンの置いてあるテーブルの上にプリントを起き、ベッドサイドに置いてある椅子に腰掛ける。

「え・・・・?」

プリントを置いたら斎藤は直ぐに帰るだろうと思っていた総司が驚いた様に見上げてくる。

「大丈夫なようなら送っていくが・・・・・」

「・・・・・どうして・・・?ぼくたち、いまがしょたいめんだよね・・・?」

再びかち合った視線に斎藤は小さく笑みを浮かべる。

「あぁ、あんたにとってはそうだな」

不思議そうにゆっくりと瞬きをする総司の柔らかな髪に手を伸ばす。

ぴくり、と身を竦ませる総司に苦笑を漏らし、斎藤は言葉を続ける。

「桜の木の下で眠っているあんたを見付けて、声を掛けようとした所で土方先生がやってきて一緒に保健室に来たから眠っているあんたとは逢っている」

「・・・そう・・・」

どこかバツが悪そうに目を逸らす総司に『あの頃』初めて会った時の事を思い出す。

あの頃も初めは素っ気無かったものだ。

「・・・具合は・・・もう大丈夫だよ・・・でも土方さ・・・先生が、送ってくれるって言ってたから・・・」

相変わらず総司の『大丈夫』は大丈夫でないのだろう。

髪を撫でる際に触れた額はまだ熱を持っている。

「、そうか・・・あまり無理をするな、入学早々に休みたくはないだろう?」

「・・・そう・・・だね、ありがとう斎藤くん・・・」

小さく苦笑を零した総司の髪をもう一度撫でて斎藤は立ち上がる。

「そ・・・沖田・・・・総司、と呼んでも構わないだろうか・・・?」

『総司』と呼びかけ、総司にとっては今が初対面だと堪え、名前で呼んでも構わないかと尋ねる。

「え・・・・?うん・・・構わないけど・・・・」

昔は大嫌いだった名前だが『総てを司る。総司はいい名前を付けて貰ったな』と近藤に言われてからは自慢となった名前を呼ばれるのは総司にとって嬉しいことだから、余程嫌いな相手でない限りは構わない。

それに、初対面のはずの斎藤に『総司』と呼ばれると何だか懐かしく感じ、心の中が暖かくなる。

「では総司、明日登校出来るようにゆっくりと休め、また明日な」

斎藤の優しい眼差しに総司も小さく笑みを零す。

「うん・・・また明日ね、斎藤くん」

斎藤に別れを告げ、珍しく『明日も学校に来たい』と強く思った総司は、いまだ本調子でない身体を休めるために瞳を閉じる。

忙しい土方が迎えに来るまでにはまだ時間はかかるだろう。

明日は、こんなベッドの上でなく、ちゃんと斎藤と対面したいと思い、ゆっくりと意識を沈めていった。


「思っていたよりもキツいものだな・・・・」

保健室を出た斎藤は帰路につきながら、総司との会話を思い出す。

仕方がないことだが、まるっきり初対面扱いの総司に心が痛まないはずはなかった。

あの頃は想い合っていたのだから。

それでも、と斎藤は真っ直ぐに前を見据える。

斎藤にとって総司が大切な存在だという事は間違いない。

覚えてなくとも、総司であることには変わりがないのだ。

今の総司が斎藤の事を好いてくれるかなどわからないが、努力は惜しまぬつもりだ。

「総司、一から始めよう。今度こそ絶対に離しはしない・・・」

薄紅の花びらと澄んだ蒼穹に彼の人の面影を重ね心に誓った。





















「碧空の約束」の悠さんに頂きました(*ノェノ)ささささいおき…!斎沖ですよ皆さん…!

斎藤さんに記憶があって沖田さんに記憶がないからこそのこの切なさ。そして斎藤さんの男前さにキュンときました!(〃ω〃)

悠さんありがとうございましたv


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