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100000打企画小説




廊下に出て、いつもと違う風景に驚いた。背丈が違うとこうまで見えるものが違うらしい。
女の足は細くて柔らかいのか、踏みしめた木の硬さに少し驚く。男だった時は思いもしなかったのに、なんだか変な感じだった。

「……ふむ」

なれない身体の感覚に、馴染む必要はあるかもしれない。後で一くんあたりと手合せでもしてみるかな、そう考えながら、僕は廊下を進んだ。
まっすぐ千鶴ちゃんの部屋に向かうつもりだったんだけど、…思うところあって、斎藤くんの姿を探す。

何故かって?
だって斎藤くん、一番面白い反応返してくれそうなんだもん。
女の人苦手な斎藤くんに、この胸を押し付けたら、きっと真っ赤な顔してくれるんじゃないかな?

それにまあ、とある事情のせいで、僕は彼の“そういう顔”を見たくて仕方なかったんだ。
まあ、薬の効果に頼りたくなんてないけどさ。
だって、…まあ、なんていうか。ね?
理由は察してよ。

「(…ふふ、)」

さて、どう悪戯してやろう?
斎藤くんは真面目だから、きっと顔を真っ赤にして、「女子がそのようなはしたない格好を」とか「前をとじろ」とか「頼むから触らないでくれ」とか、わめきながら逃げるんだろうな、
…なーんて楽しい想像を膨らませながら、僕は斎藤くんの部屋の前で立ち止まった。

「斎藤くん、いる?」

しん、と、空気はちいとも震えない。
どうやら留守だと知って、僕はいささか困った。

どうしようか。このまま部屋の中で待つ?いや、でも、すぐに帰ってくる保障なんてないし。
彼は非番でも仕事をする生真面目な性質なのだ。きっとどこかで家事でも手伝ってるんだろう。
そう考えると――探しに出た方がよさそうだった。

……この格好で出歩くと噂になっちゃうかもしれないけど。
でもせっかくこんな面白い状態になってるのに。このまますぐ元の姿に戻っちゃったらつまんないし。

「(僕はこの姿、誰よりも斎藤くんに見てほしいんだけど。なんでこんな時にいないかなあ)」

自分勝手に怒りながら、踵を返す。考え直して、そのままおとなしく千鶴ちゃんの部屋に――行く、わけがなかった。

とりあえず厠から回る。けれどそこで、はたと自分の格好に気づいた。上から黒い羽織かぶって、身体だって女のそれ。この姿のままでは中に入れそうもない。外から声をかけようにも、いつもの僕の声とは少し違うから、大事になっちゃうかもしれない。
色々考えたけど、面倒だったので最終的には木に登って中を覗き込むことにした。

…平隊士が用をたしている最中だった。彼はいないようだ。

「(うーん、残念)」

いきなり不審者が現れたことに動揺した平隊士くんは可哀想に変な悲鳴をあげているけれど、僕は無視してその場を離れた。


次は厨だ。
外からそろそろと近づいて、ひょいと出窓から覗き込む。源さんがご飯を作っているようだ。他に人はいない。――斎藤くんの姿はないみたいだ。
残念。

となると、洗濯かな?

僕はあたりをつけて、そろそろとその場を離れた――


その時、運悪く平隊士につかまってしまった。

「そこの者!怪しい格好をしている。何者だ」

気配は気にしているつもりだったけど、やっぱり女の身体っていうのもあって、ちょっと感覚が狂っているのかもしれない。不覚だ、と思いつつ、僕は白々しく声を出す。

「この格好については、土方さんに文句言ってくれる?あの人がこうしないと五月蠅いから仕方なくだよ、仕方なく」
「…副長に対してそのような無礼な言葉づかいを」

んん?
誰だっけこの人…ああそうか、最近入隊したばっかりのヒトだ。一応それなりの剣の腕だったかな。
生真面目そうな人で、斎藤くんと気が合いそうだから、たぶん三番組配属になるだろうって話が出てる。
――剣の腕はそれなり、とはいえ“新入隊士の中では”というくくりでの話であって僕にとってはまだまだだけど。

んー、困ったな。私闘は厳禁だから刀は抜けないけれども、…ああ、もう、面倒くさい。
無視しちゃえ。

「おい貴様!名を名乗れ!」
「しつっこいなぁ。僕は沖田総司ですけど何か?」
「はあ?ふざけるな!だいだいそんなものを頭にかぶっているのが怪しいのだ、取れ!」
「取れば見逃してくれるわけ?あー面倒だなあまったく!」

僕は、深くかぶっていた布地を少しだけずらして、平隊士くんに見せてあげた。さすがに全部取っちゃうと猫耳がバレていけないだろうと思ったのだ。
胸元は隠しているから女だってバレないだろう。幸いにも彼は新入隊士だし、沖田総司のことは噂程度にしか知らないはず。
それでも茶色い髪に緑色の目、なんて、僕以外にいるはずがないのだから、これで十分なはずだ。

「んな…!」
「――ほら、君たちのよく知る沖田総司でしょ」

ふふん、と、唇を曲げて――普段と違って見上げないといけないのがとっても癪なんだけど――僕は彼に言い放つ。



「…可憐だ…」

が。
次の瞬間耳に届いたのは、僕の心に冷たい風を吹かせるものだった。

はい?

「お前は…沖田組長の女なのか」
「いや、僕が沖田組長ですけども」

沖田組長の女、じゃなくて、沖田組長が女、が正解なんだけど…

ていうか、胸も見せてないのによく女だってわかったなあ。…そんなにわかりやすく変わってるんだろうか?
これは誤算だ。
身長云々はともかくとして、顔とか声はそんなに変わってないはずだと思ってたけど――思ってたよりも激しい変化があったようで、誤魔化すのは難しそうだ。

僕らは最近山南さんが生み出す超現象に慣れてきちゃっているけれども…なるほど、彼の理解の方が至極理に適っている。
ああ、もう、面倒だ。適当に合わせておこう。

「――まあそれに近いかな。僕は沖田総司に縁のある者。そういうことにしといて」

こう言って、後で「従姉妹だ」とでも言っておけば問題ないだろう。それじゃ、と言い捨てたあたりで手首を掴まれた。

痛い。

「…何、君。しつこいんだけど、まだ何かあるわけ?」
「――これほど美しい女を初めて見た」
「………」

素で「はい?」という声が出た。

「…何言ってるの、君」
「一目ぼれだ。俺の女になってくれないか」
「お断りします。一目ぼれって君、僕の外見だけ好きになったわけでしょ?そーゆーの嫌いだから」
「気の強そうなところも気に入った!知り合うところからでいいから!」
「しつこいなあ…」

ああそうか、惚れ薬の効果があるって言ってたっけ…。
見上げたら、彼の顔は真っ赤になってしまっていた。なんというか、必死というか、なんていうか。

ま、屯所に女がいたら、普通大騒ぎになるよね?
だから彼の当初の反応は正しい。そして今、それを忘れてしまえるくらいに――彼は僕に夢中なのだろう。

「………」

そういえば土方さんたちも様子が変だったもんね。ちょっと熱っぽい目で見てたし。平助だって、左之さんだって、土方さんですら、僕を見る目はすごく変わってた。
惚れ薬の効果は、確かにあるみたいだ。


………。
……じゃあ、斎藤くんも?

斎藤くんも、こんな風になるの?



「……!」


そ、それはちょっと見てみたい。ものすごく、見てみたい。
だって“僕のこと好きな斎藤くん”が見れるんだよ?

…薬の効果だってわかってるけど、ちょっと見るくらいならいいじゃないか。


「僕ものすごく大事な用を思い出したから!」
「ちょっと待ってくれ。俺は本気で、」
「僕、弱い男と付き合うつもりとかまったくないから、ごめんね。もっと腕上げて、僕を楽しませるくらいになってから口説いてよ。じゃあ!」


言い捨てて、走り去る。平隊士くんは追いかけてこなかった。そこはちゃんとわきまえている人みたいだ。

「(…さてと…!斎藤くんは、どこかなあ)」


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