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物語【永久編】
struggle[前編]


蔵馬は今、魔界の片隅で数十匹の妖怪に囲まれていた。
得意の華を舞わせる事もそれを武器化する事もせず。
妖狐の姿に成る事もせずに。


―それが、蔵馬が己に課した修行だった。



〜struggle〜



蔵馬は毎日、仕事終わりに魔界に足を運んでいた。
極力人間界寄りの魔界。
人間としての生活も守れる様、時間を無駄にしない為に。

僅かな妖気で数十匹の妖怪を誘き寄せて、対峙する。
妖狐の力も華の力も使わない。
体術だけで、全て捩じ伏せる―


常に高みを目指し、何が起こるか分からない魔界と言う環境に身を置いている飛影。
余りにも己の環境と違い過ぎる事が、蔵馬にとっては苦しいモノだった。
考えるのは止めようと、どんなに言い聞かせてみても…

それを飛影の言葉で救われた時。
平和惚けする程の人間界に住んでいる自分でも、やれる事が有る筈だ、と。
そんな簡単な事に気付かされて、ここ数ヶ月自分なりの修行を積んでいた。

―体術。
いつぞや流れる様な体術だと賞された事も有ったが、それは違う。
明らかに、力が足りない。
飛影の様に誇るスピードが有る訳でも、見事な剣術を身に付けている訳でも無いのだ。
力だけ比べれば、生粋の人間である桑原にも劣ってしまうかも知れない。
妖力が尽きた時、それが最大の弱点となる―

それが、今の蔵馬が己を分析して出した結論だった。


今日も僅かな妖力を餌に、妖怪達を誘き寄せる。
その直後に、蔵馬はポケットから錠剤を取り出して呑み込んだ。
闘っている最中に、体力が落ちて来るとどうしても自然と妖力を頼ってしまう。
ならば―と、完全に妖力を封じる薬品を作り出した。
そうすれば、嫌でも身体一つで終わらせるしかない。
休みの前の日は、このやり方を続けていた。


―――――――――――
――――――――――――――
―――――――



「…ったたっ……」


数時間後、顔を顰めて蔵馬は座り込んだ。
周囲には、事切れたかどうかは知らないが、とにかく意識の無い妖怪達が様々な格好で横たわっていた。

数時間、だ。
普段の闘い方はスマートな方だと思う。
飛影に口煩く言われる程、血みどろになる事は多くても…だ。
それが。
技の華麗さに合わせた様に流れる紅い髪はボサボサ。
戦闘衣も泥だらけでボロボロ。

何とかやり過ごせた爽快感は有るものの、蔵馬は苦笑いしていた。

体術だけでは、今の蔵馬には時間が掛かる。
一発で仕留める事は稀だ。
それに、今日の相手の中に、もの凄くタフな奴が居た。
飛影が武術会で対峙した黒桃太郎の変身した姿に似て、鳥の様な…そしてもの凄い固い皮膚を持ち合わせていた。
蹴りを繰り出すと、蔵馬の足に激痛が走った。
骨が悲鳴を上げる感覚が、蔵馬を襲う。
弱点は首元しか無いと瞬時に判断したから、蔵馬は今無事に苦笑いを零せている。


だが、このまま地べたに座って自分の格好に笑っている訳にはいかない。
薬が切れるまで、後一時間は有る。
それまで治癒は施せないし、少しばかり…移動も難しい。

蔵馬は悲鳴を上げ続けている右足を庇いながらゆっくり立つと、大木の上を目指し左足だけで地を蹴った。
幸か不幸か、妖気は皆無。
気を失っている連中が目を覚ましても、此処まで高い処に身を潜めていれば、気付かれる事は無い―

その安堵と数ヶ月に渡る仕事と修行の両立の疲れが、枝に腰掛けた蔵馬に眠気を生み出した。


「…飛影じゃあるまいし―」


そんな事を思いつつも、蔵馬は身体の力が抜けていくのを感じていた。

―ダメだ、今寝てしまっては…


そう己に言い聞かせながら、下に広がる寝転んだ連中にぼやけた視線を送った。
仕留めたつもりでも、いつ起きるか分からない…


一人だけ立ち上がっている姿を認めた。
蔵馬の相手をした割りには、姿勢の良い立ち姿が不思議だった。
睡魔に半分意識を持っていかれつつも、あんな黒尽くめの奴居たかな?等と蔵馬は考える。
警戒する前にそんな事を考えているのは、余程意識が半分なのと視界がぼんやりとしている証拠だ。

そして一度瞬きをして、もう一度その男を確認した時。
蔵馬は己の心臓が高く鳴ったのを聞いた。

―飛影―…


蔵馬の部屋に向っている途中に、飛影はこの現場に出くわしていた。
数十匹の妖怪が寝転んでいるのだ。
誰かが暴れた証拠だ、普段何事にも無頓着な飛影でも気にはなるだろう。
横たわる連中から誰の妖気もしない、とすれば尚更。


蔵馬は声を掛けようとした。
今の自分は妖気を纏わずにこんなに高い場所に居るのだ、声を掛けないと気付いては貰えない。

けれど、蔵馬の身体は重かった。
余程疲れが身体を支配していて、それに対抗する為に身体が休む事を切望している様だった。


―飛…影―…


蔵馬の目は殆ど閉じていた。
此処に居ますよ〜、なんて心の中でふざけた言い方をしてから。


「…おい。」


そんな蔵馬の目覚ましになったのは、飛影の低い声と蔵馬の額を弾く指だった。


「………痛い。」


たっぷりの間を置いて、蔵馬が答えた。
言い換えればたっぷり時間を掛けないと、覚醒出来なかったのだが。


「何してる、俺じゃあるまいし。」

「…はは、全くですね。」

「何だ、その格好。」

「それも、全くです。」


蔵馬は笑って答えた。
未だ眠気に襲われながらも、飛影が気付いてくれた事が嬉しかった。

飛影が側に居る事で、危険極まりない状況から一変する。
此処で寝てしまってももう大丈夫だと、蔵馬が思ってしまう程に。

それを飛影に気付かれたのか、蔵馬は飛影に一層睨まれた。


「妖気はどうした。」

「封じてます。後一時間位で戻るかな。」

「…相変わらず馬鹿な真似ばかり…」


蔵馬を見下ろす体勢を変えながら、飛影は溜め息を吐いた。
飛影が腰を下ろした事で、少しだけ枝が揺れた。



(中編へ続く…)



★あとがき★
蔵馬が作った薬品の名は「妖力封じMAX」
何だか小林○薬みたいなネーミング(笑)
ウソウソ、すみません、悪ふざけが過ぎました(('⊥';)))

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あきゅろす。
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