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物語【永久編】
雷鳴よりも、響く声


「…どうした。」


飛影は小さく笑いながら問い掛けた。
突然鳴り響いた雷鳴に怯える様に、蔵馬が急に抱き着いたからだった。


「雷が苦手だったか?」


飛影の聞き方は、蔵馬が別段雷が苦手では無い事を知っている言い方だった。
それはそうだ、かつて蔵馬が別の姿で暮らしていた魔界では、常に雷が轟いている。

蔵馬は何も答えない。
只、飛影の肩に縋り付く格好を続けていた。


―初夏。
本格的な夏に向けて、ぐんぐんと気温を上げる太陽。
その太陽を急に隠し、気紛れに降る雨。
雷が多く見られるのも、この時季の特徴だ。

今日もそんな季節らしい一日。

飛影が逢瀬の時間に択んだのは、珍しく昼前の時間だった。
休日の為部屋に居た蔵馬は、二人分の昼食を用意した。
離れていた時間を埋める様に、他愛も無い話を蔵馬がし、その話に飛影は時折短い返事をした。

…だがそんな互いテーブルを挟んだ時間も早々に切り上げて。

離れていたもの全てを埋める様に、二人は重なった―…

蔵馬が一人の際は、省エネを気にして度々消していたエアコンがその時だけはずっと働きっ放しであっても、テーブルに置いたままのグラスの汗が水溜まりを作って新聞にちょっかいを出していても。
何も、気に留める事は無かった。

―互いの存在以外は。



「…ホームシックか?」


また、飛影は笑いながら蔵馬に声を掛けた。

蔵馬は一ヶ月程前に、慣れ親しんだ実家を出た。
距離で言えば、会社と実家のちょうど真ん中に在る駅から、少しばかり歩く場所だ。
五階建ての最上階。
向いには、余り人が通らない小さな公園。
自然と飛影が好みそうな場所にしてしまったのを、蔵馬本人が一番気付いている。

飛影が蔵馬の新しい部屋に訪れたのは、今日が二度目だった。
一ヶ月の間に二度も会えるのは、飛影が魔界に戻ってから初めての事だった。


―ホームシック…

蔵馬は、飛影に言われた台詞を頭の中で反芻させた。
シーツを纏っただけの身体で、飛影にしがみついたまま。

―違う…けど……似てる―…


蔵馬は先程目覚めたばかりだ。
目覚めたと言うよりは、町の何箇所かに設置されたスピーカーからいつも決まった時間に役所が流す音楽が蔵馬を目覚めさせた。
そしてその音楽が、もう夕刻なのだと、時間が流れた事を蔵馬に教えた。

シーツを纏って蔵馬は半身を起こした。
働き通しのエアコンが、部屋を少し寒い位の気温にしていた。
飛影は蔵馬が半身を起こしたのと同時に、腰を下ろした。
以前よりは少し大きめのベッドに―…


そして、その時。
急に雷鳴が響いた。
ほぼ同時に、激しい雨も降り始めた。


―飛影を、連れて行かれる―…

目覚めたばかりで、夢現だったのかも知れない。
けれどその思いが、蔵馬を突き動かしていた。

そして結局は、離れる淋しさに耐えられないのだと、蔵馬は他人事の様に納得していた。


普通の人間ならば、激しく雨が降り雷が轟けば、それを理由に帰る時間を延ばす事も有るだろう。
けれど、飛影にそんな事は関係無い。

それ処か、魔界を思わせる天候は飛影に似合いで…


飛影は、しがみついたままの蔵馬の手の甲を、軽く摘んだり撫でたりしながら、この時間を楽しんでいる様だった。
蔵馬から飛影の顔は見えなくても、聞こえて来る小さな笑い声がそれを教える。


「飛影…オレを……もう一度抱いて行きませんか…?」


飛影の指先が、ぴたりと遊ぶのを止めた。
それに反して、飛影の肩に置かれた蔵馬の指先に力が入る。

素直に未だ行かないでとは言えない。
素直に淋しいですとは言えない。

だからって…
自分が未だ寝惚けているのだと言う理由付けと。
飛影が黙って好きにさせてくれている事実に勇気付けられて。

でもだからって…

自分の口から出た余りに稚拙な引き止め方に、蔵馬は苦しくなった。
それでも、飛影が目の前から居なくなる苦しさに比べたら、どうでも良い事の様に思えた。

身体は相変わらず、縋り付いたまま。
けれど、蔵馬の心はそれ以上に飛影に縋っていた。
この、どうしようも無い誘い文句に、飛影が笑って乗ってくれたら良いと。
このまま、もう暫く、共に居てくれたら良いと―…


飛影は蔵馬を向き、肩に置かれた蔵馬の手を握った。
そのまま引いて、今日何度したか分からない口付けを落とす。

その口付けは、優しさが割合を占めていて、蔵馬を悩ませる。
誘いに乗ってくれた訳では無くて、自分を慰めるモノである気がした。

蔵馬は、先程の台詞が本気であると伝える為に、薄く唇を開く。
口付けを、深いモノにする為に―…


まるで親鳥が小鳥をあやす様な飛影の口付け。
焦らされ餌を強請る様に口を開いた蔵馬を、飛影は隠れて笑う。


「…飛影?」


自分から離れていった飛影を、蔵馬は呼んだ。
やはり自分を慰める為だったのかと、不安が蔵馬を襲う。


「酒でも呑むか。お前を抱くのは…そうだな、酒でも呑んで一眠りした、明日の朝でも構わんだろう。」


その台詞に、蔵馬は飛影の肩に額を乗せた。
飛影に掴まれたままの手はそのままに、もう片方は飛影の衣服を掴む。

もう、雷鳴は気にならない。
窓を叩く激しい雨も。

飛影の肩に額を乗せたまま、蔵馬は目を閉じ、笑った。

飛影の台詞一つで、こんなにも心が落ち着いた事に。
自分の稚拙な引き止め方に、一番救われる方法で応えてくれた、飛影の優しさに。

―未だ一緒に居られる、その事実に―…


蔵馬の額を動かさない様に、飛影は上着を器用に脱いで身軽になっていく。
外套を放り投げたついでと言う様に、蔵馬の背に手を当て、飛影は蔵馬を引き寄せた。
エアコンの効き目は抜群で、シーツを羽織るだけの蔵馬の身体が冷えている事に気付く。
何か着ろと言う前に、服が果たす役目を少しだけ奪ってやろうと飛影は企んで、その思いのまま、握った手を離して両腕で蔵馬を包み込んだ。

距離が完全に無くなり、蔵馬は額の代わりに顎を乗せて顔を上げた。

蔵馬の瞳には、激しい雨の雫と雷光が映る。
光を追って、もう直ぐまた激しい音がする…とぼんやり蔵馬は思った。


外界から切り離された様な空間を、蔵馬は楽しんだ。
先程まで飛影を連れて行く様に思えたそれを、今は二人を閉じ込める分厚い壁の様に感じ、それよりも狭い…けれど愛しくて仕方が無い腕の中に更に閉じ込められている。

幸せ過ぎて、蔵馬は鼻先を飛影の首に擦り寄せた。


そして、蔵馬の予想に違わず、雷鳴が轟いた。
それと同時に囁かれた、飛影の低い声。

どんなに雷が大きく轟いても、蔵馬が飛影の声を聞き逃す事等有り得ない。


「…明日は遮光カーテンは無しだ、蔵馬。」


余りにも意地悪い台詞に、飛影の腕の中で蔵馬は小さく身体を跳ねさせた。
飛影の目には映らないけれど、蔵馬の瞳は困った様に瞬きを繰り返している。


「…やっと起きたか。」


本来の蔵馬らしい反応に、飛影は至極嬉しそうに笑った。



(END)



★あとがき★
季節らしいモノを…と急に思い立って書きました。
雷や激しい雨って、一人の際は孤独だし、誰かと居ると特別な空間になったりしませんか?^^
と言う事で、蔵馬さんには少し積極的に、飛影さんには普段通り蔵馬の気持ちを汲み取る優しさをふんだんに、としてみました♪
あ〜あぁ、次の日遮光カーテン無しで蔵馬は戴かれる運命です。
御愁傷様…(´m`)

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