犬飼くんと10年
梅雨がなかなか開けずに、例年よりも涼しくけれどどんよりとした夏が続いていた。部屋の荷物を整理していた顔を上げると、同じように作業をしていたはずの緑色の頭が何かを手に持ったまま動かないでいるのに気が付いた。
「手が止まってるけど何か見つけた?」
「ん、ああ……もう10年も経ったんだなって思って」
そういってヒラリ、とこちらに向けられたのは一枚の写真で。それは青春の1ページとでもいうのであろうか、彼が高校生の頃に所属していた弓道部のメンバーと撮った写真だった。思わず近づいて覗き込む。
「うわ〜懐かし〜!みんな若いねえ」
「10年も経てばな……小熊や木ノ瀬なんてめちゃくちゃ背も伸びてるしなあ〜」
「抜かされちゃったもんね」
「うっせ!」
10年前というその写真の中では弓道着を着た部員たちと、それから顧問の陽日先生が写っていた。インターハイで優勝した時に撮った写真なのだろう、嬉しそうで晴れやかな表情がしっかりと切り取られていた。眩しいくらいのみんなの笑顔に息を深く吐いた。
「でもほんとこの頃の梓くんかわいいよねえ」
「お前は木ノ瀬に会いに弓道場に来てたもんな」
「え〜彼氏の隆文くんに会いにいってたんじゃん!心外だなあ」
「よく言うぜ俺のことより木ノ瀬に構ってたくせに」
「あれあれ今更ヤキモチですか?」
ちょっと拗ねたようにそっぽを向いてしまった隆文につい頬が緩んでしまい、にやけた顔で問いかける。付き合ってからしか弓道場には行ってないし、そう何度も通いつめていたわけでもないのでそんな風に思っていたなんて意外だった。昔も確かに俺の彼女なんだからな!あんま近づくなよ!って梓くんに釘を刺していたような気がするけど、そもそも梓くんがわたしに興味あるわけがないからいつもの冗談かと思っていた。あのテンションはもしかして照れ隠しだったのかな、と思い当たる。
「……本当のことだろ、見学とか言いながら木ノ瀬とよく話してたし」
「うーん、だって隆文と話すと集中力が途切れちゃうし邪魔になっちゃうでしょ?梓くんは向こうから話しかけてきてたし」
「……練習中も木ノ瀬のことばっか見てただろ」
「そうだっけ?……あ〜、」
「ほらな、思い当たる節があるだろ?」
いよいよこちらに背中を向けてまた作業に戻ろうとする隆文を後ろから抱きしめる。
「もしかして、10年もそんなこと思ってたわけ?」
「っ、別に、10年ずっと思ってたわけじゃねーけど、」
「なんでその時言わなかったの?」
「んなの……恥ずかしいだろうが後輩にヤキモチなんか焼いて」
「え〜嬉しいけどなあわたしは」
「人の気もしらないで……」
「……初めてさ、弓道場に行ったときなんだけどね」
「?ああ」
目を細めて昔の記憶を思い起こす。あれはまだ隆文と付き合い始めて2週間くらいだったと思う。弓道着姿はたまに見かけたりはしていたけれど、やはり見慣れたものではなかったし、真剣に的を見つめて構える姿は新鮮で、正直とてもかっこよくて。
「帰りに梓くんにね、本当に犬飼先輩のことしか見てませんでしたねって言われてさ」
「!?お、おう……」
「梓くんだけじゃなくて金久保先輩とか月子にもからかわれたっけなあ。自覚はしてたけどやっぱ他人にバレてるとなると恥ずかしいしその後からあんまり見てられなかったんだよね……あっもちろん的を射るところは見てたよ!でもこう目があったりしたら余計照れるじゃん?ちなみに梓くんと話してたのもほぼ隆文の話だからね」
「は!?んなの聞いてねーぞ!?」
「まあ言ってないしね」
「……俺の話って例えば?」
「え〜普通に犬飼先輩昨日もバカやって怒られてましたよとか」
「木ノ瀬あいつ……」
「後はね、犬飼先輩となまえ先輩はお似合いですよね憧れますとか」
「は?木ノ瀬がそう言ったのか……?」
「うん。なんか無理なく対等にお互いを尊重してて憧れますだっけな?言われたよ?」
「あいつ俺にはそんなこと欠けらも言わなかったけど!?」
「隆文に面と向かって言うのは恥ずかしいんじゃない?」
「木ノ瀬がんな玉か……?」
そうボソッと呟くけれど、それが彼の照れ隠しだと言うことはもう10年も一緒にいれば当然わかる。それを指摘するとまた面倒なことになるので言わないけれど。
「……機嫌治った?」
「……いーや!まだ許さん!許してないからさっさと荷ほどきして今日はラーメン食いに行くぞ」
「え〜先に手止めたの隆文なのに」
「いいからやるぞ〜!」
出会って10年。あっという間だったけれどどれも特別な思い出で。今日から私達は家族になった。願わくばこれからもずっと、大切な思い出を作り上げていけますように。なんてまだ出ていない星に願ってしまった。
この先の未来も君と
20190718
10周年なんですってね
犬飼くんだーいすき
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