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月島に救われた


なんとなく、気まぐれで。屋上へと続く階段を上る。入学してから2ヶ月程が経つけれど、屋上には行った事が無い。どうせ暗黙の了解とも言うべきか、立ち入り禁止なのだろうな、と思いながら階段を登り切っても立ち入り禁止なんて札は無く、試しにノブを捻ってみるとそれはもういとも簡単に回って、拍子抜けだななんて思いながら薄暗い階段に陽の光が射し込むのを見つめた。

その眩しさに一瞬目が眩んで、再び視界が開けたとき、そこにあったのは殺風景なコンクリート敷きの地面、少し古びた柵、そして、そこから今にも乗り出そうとしている少女だった。




「は……ちょ、ちょっと!?」


その少女が何をしているのか、考えるよりも先に身体が動いていた、いや、考える必要なんてない。学校の屋上の柵を乗り越えようとしているのだ。何をしようとしているのかなんて火を見るよりも明らかだ。すでに地面に着いているのは片足の爪先だけで、慌てて柵に掛けていた腕を引っ張って止める。



「わっ!?」


突然のことに驚いたのか、声を上げて僕の力に逆らうことも無く柵のこちら側へと倒れ込んでくる。先ほど少女と咄嗟に判断したけれど、視界に入った上履きの色は2つ上だなんて回らない頭で思う。慌てていたせいか、自分の足にも力が入らず、相手もろとも後ろに倒れ込む形になってしまった。



「……えっと、?」

「……目の前で死なれると迷惑なんで」

「あ〜……?あ、そうだ、ちょうど良かった。あれ、届く?」


的を得ない返答に眉を顰めながら、指差された方を見るとそこには、彼女のものらしきハンカチがちょうど柵の反対側、校舎の壁の方で引っかかって風に揺れているのが見えた。……つまり。彼女はこれを取ろうとして、柵から乗り出していた……??





「はあ……」


屋上の柵から今にも下に落ちそうに乗り出している人を発見するという非現実的なことに、自分らしくもない勘違いをしてしまったようで、重い溜息が出る。仕方ない、と柵の隙間から腕を出してハンカチに手を伸ばす。確かに僕の腕でもギリギリ届くくらいだから、彼女の腕では届かなかったのだろう。にしたって。



「……はい。」

「!わーありがとう!」

「……落ちたらどうしようとか、考えなかったんですか」

「あ〜……そうだねえ……」

「はぁ、もっと周り見た方が良いですよ」

「うん、肝に銘じておくよ、1年生くん」

「……月島です」

「うん、月島くんね」








というのが彼女、みょうじなまえという人との初めての会話だった。あれから3ヶ月程経つ間に、何故かみょうじ先輩との関わりが増えた。部活の先輩たちとは同じクラスになったこともあるようでそれなりに仲が良いらしく、僕のことを「命の恩人」だなんて言っているらしい。正直僕のあの時の焦りを馬鹿にされているような気しかしない。廊下でたまたま出くわしたときも面倒な絡み方をされるから余計にだ。






ちょっと嫌な思い出になりつつあるから、あれから屋上に近づくことは無かったのだけれど、ふと、珍しく部活のない放課後になんとなく足を向けてみた。すると、あの時のように柵から乗り出してはいなかったけれども、そこにはみょうじ先輩の姿があった。



「……またハンカチでも引っ掛けたんですか」

「あっ、月島くんじゃん。命の恩人さんだね〜」

「……それ、部の先輩たちにも言ってますよね?やめて貰えませんか」

「え〜だって本当のことじゃん」

「どこがですか、飛び降りようとなんてしてなかったくせに」







「……飛び降りようとしてたって、言ったらどうする?」

「は、」

「あの時、ハンカチが引っかかったのはたまたま。でもね、別に大切なものでも無かったしそのままにしてたって良かったんだ。ただ、ハンカチが取りたくて、足を滑らせて、それで落ちちゃったら、自殺じゃなくて事故になるかな〜なんて……考えてたって言ったらどうする?」

「……」

「だから、月島くんは、命の恩人だよって」




考えもしていなかったことに驚いて声も出せないでいると、そのうちにみょうじ先輩は屋上にある唯一の扉に向かって歩いて行ってしまう。それを何も言えずに見つめていると、ノブに手を掛けて扉に吸い込まれる前に最後、先輩は見たことのない笑顔で言った。



「……あの時のハンカチ、今では大切なものなんだ」

















君のその手に










20140704




あきゅろす。
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