犬も食わない
「なぁ、ロイド君」
「あー、ココアうめー」
「はいはい、ところでロイド君」
「ココアにはやっぱマシュマロだよな」
「無視すんなっての!」
「何だよ、ゼロス。お前もココア飲むか?」
「ココアより、俺様の部屋で今にもキノコ生えそうなくらい陰鬱且つどす黒いオーラ出してる天使様を何とかしろっ!!!」
事は数時間前。
原因は何なのか、仲間達はわからない。
だが、いつもの事を考えると、ロイドがクラトスの言葉にカチンときて食って掛かったのだろう。そしてそこから言い合いになるのも、この親子にとってはそれこそ今更であった。
仲間達は慣れたように「どうせすぐ仲直りする(もといクラトスが折れる)」と思っていた。
しかし、この日はいつものように「今更」では無くなってしまったのだ。
「もういい!クラトスなんか大っっっっ嫌いだっ!」
このロイドの力強い「大嫌い」発言により、クラトスは割り当てられたゼロスの部屋を占拠し、鬱々としたオーラを現在進行形で大量生産しているのである。
「流石に、あの大嫌いは相当堪えてるみたいだぜ?」
ゼロスはロイドがココアに入れる用に出していたマシュマロを一つ食べる。甘く溶けていく感触に一時の幸せを感じる。こんな状況だからこそ、尚更だ。
当のロイドは、明らかに「不機嫌です」と言う表情を隠す事なく、ココアの入ったカップを見つめている。
「そりゃ…ちょっと言い過ぎたかなって…思わねーわけじゃねーけど…」
「だったら――」
「でもっオレはっ絶対に謝んねーからなっ!」
そうキッパリと宣言すると、ロイドはマシュマロをぽいぽいと口に放り込んでいく。
何故ここまで頑なになるのか。
どうせしょうもない理由なんだろうと、ゼロスは本日何度目になるかわからない溜め息をついた。
しかし、こうなってしまったらロイドは頑固だ。本当に謝る気は無いのだろう。
だったらと、ゼロスは重い腰を上げる。ロイドの頑なな壁をぶち破るより、陰鬱オーラを出しているクラトスの方を何とか浮上させた方が早そうだ。精神的疲労は大きそうだが。
「どこ行くんだよ、ゼロス」
急に立ち上がったゼロスを見て、ロイドは訝しそうに声を掛けた。探るような声色に、ゼロスは内心ニヤリとする。表情に出すことも忘れない。
今この瞬間、ロイドが探るように引き止める理由などただ一つ。ゼロスがクラトスの所に行くのかどうか。行ったとして、どんな話をするのか。ロイドはそれが気になって仕方無いのだろう。
クラトスに大っ嫌いと言い放ち、謝ることも拒んでいても、相手の事が気にならない訳がない。
そして、その隙間を逃すゼロスでもなかった。
「いやー?天使様大っっっ分落ち込んでるみたいだし?だったら一緒に飲みにでも行って、パーッと発散でもしようかなーって」
途中で女の子でも引っ掛けてさーと言うと、ロイドの表情はますます強張る。
「ク、クラトスが行くわけねーよ!」
それでもロイドは強気な態度を崩さない。もはや引くに引けないのだろう。
それこそゼロスの思うツボだ。
「ま、どっちでもロイド君には関係ないっしょ?天使様のこと"大っ嫌い"なんだもんなぁ」
「っ!!そ、れは…」
おそらくロイドの天秤は「行かせたくない」と「絶対謝らない」との狭間で揺れているのだろう。それがどちらに傾くなんて事はゼロスにはお見通しだ。
「およ?どこ行くのかな、ロイド君?」
勢いよく立ち上がり、すたすたとドアに向かうロイドに、ゼロスは声をかける。返事などわかりきってる。
「…クラトスんとこ」
ゼロスは口元がニヤリと歪みそうになるのを必死にこらえる。
「あれー?天使様の事、大っ嫌いなんじゃなかったっけー?」
ゼロスの言葉を無視するように、ロイドはドアを開けて部屋を出る。そして、ドアを閉める前に振り返った。
ゼロスが、お?と思った瞬間、最高の言葉が発せられる。
「ゼロスのバーーーーカ!!」
ロイドはそう言い放つと、バタンとドアを閉め、クラトスのいる部屋に向かっていった。
ロイドの部屋に残されたゼロスは、肩を揺らしながらソファーに倒れ込む。そして、腹を抱えて盛大に笑い転げた。
「ハニーってばわかりやすすぎ!」
ちょっと煽っただけで予想通りの反応と行動。こんなに上手くいったのも、ロイドが素直でクラトスの事が大好きだからだろう。口ではどうと言っても、好きなものは好きなのだ。
それにあのロイドの事だ。「大嫌い」と言った分、自分も苦しかったであろうという事は想像に難くない。
「ほーんと、真っ直ぐだねぇ」
しかし、そんな真っ直ぐなロイドだからこそ、つい世話を焼いてしまうのだ。これが他の人間なら、放置どころか関わりたくもない。
「これであの二人に貸しひとつだな」
何で返して貰おうか。
明日になれば、いつも通りのバカップルに戻ってる事を確信しつつ、ゼロスは一人では広すぎる部屋で静かな夜を過ごしたのだった。
「お、おはよう!ゼロス!」
朝の食堂で一番に声を掛けてきたのはロイドだった。昨日のあの状態はどこへやら、いつも通りの元気なロイドだ。
「おはよーさん。その様子じゃ、ちゃんと仲直りしたんだな」
わかっている事だが、ニヤニヤしながらゼロスはロイドに言う。昨日は手を焼かされたのだ。このくらいは許される。
案の定、わかってて言ってるだろ、とロイドは不貞腐れたが、すぐに笑顔になった。
「サンキューな、ゼロス」
昨日ゼロスに発破をかけられなかったら、今日もずっと気まずいまま、頑なに意地を張ったままだった。
「ったく、お前らは手がかかるよなぁ」
で?と、ゼロスは一番気になる事を聞き出す。
「ケンカの原因はなんだったのよ?」
「ぅ…それは…」
ロイドの表情を見ると、相当しょうもない原因なのだろう。
いつもの事だ。今更気になどしない。
「昨日はさ、結構戦闘キツかっただろ?」
確かに、昨日はモンスターのレベルもなかなか高く苦戦を強いられた。それがどう関係するのか、ゼロスは今一つピンとこない。
「先生だけじゃ回復間に合わないから、オレやコレットなんかはクラトスに治療して貰ったんだ」
「そういや、そうだったな」
その時ゼロスは「しいなの胸に挟まれたら一発で回復する!」と言って、戦闘不能まで追い込まれていた。
「それでさ、クラトス、コレット達には"大丈夫か?"とか"あまり無理をするな"とか言ってたんだけど…」
「ぁー…俺様なんかわかってきたかも…」
「オレには"もっと間合いを見極めろ"とか"前衛としての自覚を持て"とか言われて…」
「つまり、恋人なのに心配してくれないどころか、お小言ばっかりで、カチンときちゃった訳だ」
「ぅ…」
やっぱりしょうもなかった。
「天使様がお小言多くなる時は本気で心配してるって事、いい加減学べって」
「だって、そん時はそこまで頭まわんねえもん」
良くも悪くも、感情に素直なロイドである。もう少し冷静にというのは、まだまだ先になりそうだ。
「でもまあ、本気で心配してるのに"大っ嫌い"って言われたら、マジ堪えるよなぁ」
あの息子大好きな親バカ天使なら尚更だっただろう。昨日の大量の負のオーラも頷ける。
まぁ済んだ事はもういい。
「頼むから、痴話喧嘩で俺らを巻き込むのはもう勘弁してくれ…」
巻き込まれないなんて事はおそらく無いのだろうが、それでも希望せずにはいられない。
ロイドが下りてきたクラトスを見て駆け出す姿を見ながら、ゼロス何度目になるかわからない溜め息を溢したのだった。
END
クラトス出てきてないvvvvv
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