YGO短編
小悪魔なんてもんじゃない
「クロ…ッ、もうやめ、て…っ。」
荒い吐息と共に上下する肩。
火照った顔。
艶のある瞳。
薄暗い部屋の中。
「おま…っ、なんつー顔してんだよ…。」
クロウは項垂れた様子で頭を抱える。
掴んでいた両手を放すと、壁と自分の間にいた彼女はよろよろと崩れ落ちる。
これはリリーのためでもあり自分のためでもあると、自身の上着を少し投げやりに彼女の顔にぐるぐる巻きにした。
「ちょっ、クロウ…、苦しい…!」
中からくぐもった声が聞こえてくるが、知るかと一蹴してやった。
先ほどまでの怒りはどこへ行ったのやら…とクロウは自身に呆れる。
リリーのことは小さいころから知っているが、先ほど見せた一面は今まで見たことがない。…少なくとも俺の前では見せたことがない、と言ったほうが正しいかもしれない。
鮮明に思い出される記憶に頭を振り払うが消えるわけもなく。
そのくせ本人はまるでわかっていないというのだから尚のこと困る。
こんなん見せられたらほかの男は黙っちゃいねーぞ、と心の中で悪態を尽きつつも上着を取ってやるとプハーッと深呼吸する彼女。
「もー…捕まえるんなら普通に捕まえればいいのに…。」
ぼさぼさになった頭を整えながら口をとがらせる彼女に再びため息がこぼれた。
クロウの気苦労に気づかないリリーはせっかく頑張って逃げたんだけどなーと呑気に話している。
「捕まっちゃったもんは仕方ない、約束通り同じ物買ってくるよ。」
お金足りるかなーと財布とにらめっこをしている彼女を尻目に、そういえばそんな理由だったとクロウは思い出す。
事の始まりはリリーが俺の分のアイスを食ったせいだった。
確かに名前は書いちゃいなかったが、口頭で寝ぼけ眼のリリーに伝えた俺は安心しきっていた。
密かな楽しみを抱きつつ仕事を終えて帰ってみれば、本来あるはずの場所にないそれ。
遊星やジャックに聞いてみるも知らない、とのことでそうなるとまぁ残るのは一人のみ。
怒り心頭で走って彼女の元まで行って聞いてみれば時すでに遅し。
俺の楽しみは彼女のお腹の中に収まっていた、というわけである。
そういうわけで俺はリリーとの追いかけっこをするはめになり、先にバテた彼女によって前述のことが起きてしまったというわけだ。
「じゃあ買ってくる。同じものでいい?」
いつの間にか彼女は支度を終えていた彼女にああ、と力なく答える。
小さくなっていく彼女を見つめながら何度目かわからないため息をつく。
日ごろ色気の「い」の字も感じさせないくせに、予期せぬところでその一面を垣間見せる。
タイミングと言い状況と言い、これからもあんなことが続くようではデュエル以外では勝てなくなりそうだとソファーに体を沈ませながらクロウは項垂れた。
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「び…っ、くりしたぁ……。」
家から十分に離れたところでその場に力なく座り込んだ。
どうにか挙動不審にならないよう努めたため怪しまれることは無かったが、心臓は今にも爆発してしまいそうだ。
クロウに両腕を捕らえられ身動きできないどころか彼を近くに感じてしまって正常ではいられなかった。
ここまで平気なフリをして離れた自分を褒めてやりたい。
ふと、先ほどまで彼の温度が伝わってきていた場所が目に映る。
熱く感じたその熱にもう一度触れたくなるのをぐっとこらえて目的の場所まで足を速めた。
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汗が体を伝う感覚に意識が覚醒する。
この季節を扇風機のみでやり過ごすのはかなりきついな、とぼんやり考えながらソファーに横たわっていると入り口から見知った顔が視界に入り込んだ。
先ほど出かけたリリーだ。
彼女はただいま、と言いながらよろよろとこちらに近づく。
「リリー…?」
どうやら様子がおかしいと気づき立ち上がって彼女の顔を伺おうとする。
しかし力尽きたようにリリーは前のめりに傾いた。
「お、おい…!」
なんとか支えることに成功はしたものの、彼女の様子は酷く体調が悪そうに見える。
急いでソファーに横たわらせ額に触れるとかなり体温が高い。とにかくこのままではまずい、と布団やタオルなどを運び出す。
俺は罪悪感でいっぱいだった。今思い返せばいつもと違うことは沢山あったはずなのに、気づくことができず結果リリーの体調が悪化してしまった。
なにやってんだよ、と自身に悪態をつくことしかできない。
一通り処置が終わったところでリリーの意識が戻ったのかゆっくりと目を開けた。
「クロ…ウ…?」
「調子はどうだ?」
目線を合わせるようにかがんで顔の汗をタオルで拭いてやると礼を言われた。
気にすんな、と言ってりんごをすったものを差し出せば彼女はうれしそうに微笑む。
少し元気になった姿に思わずホッと胸をなでおろした。
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ねぇクロウ、とぼんやりとした意識のなかで目の前にいる彼の名を呼ぶといつもより優しい声が返ってきた。
それがくすぐったくて嬉しくてつい口元がにやけてしまう。
少しは大事に思ってくれてるのかな、なんて浮ついたことを考えてしまうのも調子が良くないせいかもしれない。
「私のそばにいたら、移っちゃうよ…。」
喉がヒリヒリして体がだるいこの感覚は今まで何度か経験したことのある風邪だろうと推測する。
離れていたほうがいいと促す私に対して彼は否定の言葉を口にした。
「病人を一人にしとくわけねーだろ。…ほら薬、飲み忘れんなよ。」
そういってまるで子どもを寝かしつけるように頭を撫でるクロウ。
同い年のはずなのになんだか子ども扱いをされた気もして複雑だ。
顔に出てしまっていたのか、それを見た彼は表情を緩めた。
「なんかあったらすぐに声かけろよ。隣で工具の手入れしてっから。」
わかった、と頷けば彼は満足に笑って一度部屋を後にしようと背中を向ける。
ふわふわと意識が遠のいていく。
あなたの、その笑顔が眩しくて好き…あったかくて…
「大、好き…。」
「っ!」
クロウが勢いよく振り返るとそこには穏やかな寝息を立てるリリーの姿が。
いくら寝ぼけていたとしても、言葉の前後を考えれば自分のことなのではないかと期待してしまう。
「反則だろ…っ。」
確かめようにも病人を叩き起こすわけにもいかないため、真偽の確かめようもない。
けれど先ほどの言葉は俺を振り回すには十分な破壊力だ、とクロウは内心穏やかではいられなかった。
「敵わねぇな…。」
この期待を抑えるのは到底出来無さそうだ。
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