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YGO短編
激しく巡る(5)

「…で、どうすれば私を自由にしてくれますか?」

できる限り冷静であるかのように努める。
背中には嫌な汗が流れ、不快感を一層強めた。
男たちは左右に分かれて私を囲うように立ち回った。これで本当に逃げられなくなってしまったと心の中で頭を抱えた。
走って逃げ出したくて仕方ないが、2対1でしかも男女差を考えると、どうしても足が進まない。

「自由にするのは約束守ってからね〜。俺ら、遊びたんないんだよね。」

そういって長髪の男は私の手首を引っ張っていく。
逃げるスキがないものかと、目を光らせつつ付いていくと廃工場の近くまで来ていた。
人気は全くと言っていいほど無く、暗闇の中で頼りない明かりが何個かあるだけでこの場所はまずいのではないのかと本能が警告していた。

「…ここに来る意味あるの?」

「まーね。…何すると思う?」

長髪の男は言い終える前に素早く私の後ろに回ったかと思うと、私の両手首を拘束した。
しまった、と思うも時すでに遅く、いくら暴れようとも男の力の前には無駄に終わってしまう。

「放して…っ!」

「言ったじゃん、“俺らの相手してくれる”って。」

男の手が服の中に入ってくる。這うような感覚に嫌悪感を覚えながら、自分の非力さを痛感せずにはいられなかった。
“相手をする”ということの意味を軽んじていた。
こんなことになるなら、クロウ達と合流しておくべきだったと今更後悔する。
男たちの手が腹部から上に上がってこようとする、その時だった。

「リリーっ!!」

いきなり足音が聞こえてきたかと思うと、横から聞きなれた声と共に男の顔がごきっと鈍い音をたてて変形した。
どさりと倒れた男を見れば口を切ったのか、血が出ている。

「遅れてすまない。大丈夫か、リリー?」

危機的状況を助けてくれたのは群青色の髪をなびかせる遊星だった。
突然現れた刺客に坊主頭の男が声をあげながら、突進していく。危ない!と危機を伝える私に反して遊星は焦ることもなく、ひらりと身をひるがえすと相手の背中に一発蹴りを入れた。
坊主頭の男はコンクリートに頭を強打したようで、意識を手放した。
安堵からか、腰が抜けて落ちそうになった私を遊星は支えてくれた。

「ごめん。ありがとう…遊星。」

「気にしなくていい。ケガはないか?」

大丈夫、と言い何とか立てるようになったころに子どもたちとクロウが駆け付けてくれた。
買ってもらったのか、屋台で売っているような仮面などを身に着けている子もいる。その中には心配そうな顔をしたナギもいた。
まだ完全ではない体でふらふらと彼女に近づくと、瞳に涙を浮かべながら抱き着いてきた。
無事でよかった、と彼女の体を包むように抱きしめ返す。

「おねーちゃ、ごめん、なさ…ぃ。」

「ううん、貴方が無事でよかった…。」

周りの子どもたちも私達を励まそうとしてくれているのか、皆明るい言葉をかけてくれた。
本当によかった。怖かったけどこの子が無事でよかった。

「なぁ、リリー。」

いつも聴いているトーンよりも数倍低い調子でかけられた声に、体がピクリと反応してしまう。
先ほどまでの安心感で忘れていたが私には今、会うと気まずい人間がこの中にいる。
ぎぎぎと音が出そうなほど不自然でゆっくりと首を上げると、怒りに身を震わせる仁王立ちのクロウの姿があった。

「俺たちに言わなきゃいけねぇことがあるよなぁ?」

「…はい。すみません、ごめんなさい。」

「全くだ!だから来るなって俺は言ったんだ!」

滅多なことでは本気で怒らないクロウが今は本気で切れている。
理由はわかっているため私はその場で正座をし、どんなことを言われても真摯に受け止めようと思った。
しかし予想とは裏腹に降ってきたのは説教ではなく、ぽんと頭に置かれた右手だった。

「……心配したじゃねーか。」

「ご、めん。」

辛そうに放つクロウの言葉は重たくて、心のどこかをきゅっと締め付けた。
私はただただうつむいて謝罪することしかできず、自分の安易な行動を反省した。
あまりにも自分が情けなくて悔しかった。きっとクロウや遊星なら私と同じ状況になったとしてもうまく片付けられていたはずなのだ。
それが自分にはできないと痛感させられた今ただあるのは情けなさと無知だった。
泣きたくないのに視界がぼやけてくる。

「…これ、やるよ。」

ぽんと頭に置かれたものは今度はカラスを模したお面だった。
意味が分からず呆けていると、ぐいっと顔に面を押し付けられる。

「…土産だ。」

二つ空いた穴からクロウの姿が見える。
お面だった。屋台に行ったからだろうか。
面をつけたまま見渡せば、男の子が私と同じカラスのお面で、女の子はかわいい女の子キャラのお面を頭に飾っている。

「俺もクロウにかって貰ったんだ!最近こういうヒーローが流行ってんだぜ!」

「私もクロウに買ってもらったの!かわいいでしょ!」

皆口々に喜びのコメントを話すなか、やっぱりクロウだけはむすっとしていた。
原因は自分にあるためどうこう言う資格はないが、どうにかして機嫌を直してもらえないだろうかとあれこれ頭で考える。
それでもいい考えが浮かばず撃沈していると、とりあえず一度帰ろうと提案する遊星がいったので今度はみんなと一緒に帰った。
当然マーサにはこっぴどく説教を受けた。

それからクロウとは何度も会う機会があったが問題なく振る舞えていたと思う。
しかし、ふとした瞬間に見せる彼の異性の一面に心臓は穏やかではいられなかった。
それは会う回数を積めば積むほど頻繁に起こり、私ももう“幼馴染”と位置付けるには限界に来てしまった。

越そうと決めたのもそれが原因である。
クロウとまともな会話ができなくなってしまった時にこのままではいけない、と距離を取ろうと決心した。
近すぎるがゆえにこんな風に意識してしまうのだと結論付けた。
しかし、結果は真逆で合わなかった分だけ、会った時の緊張はピークになった。

*****************


このお面をつけるのはまだ子どもたちと一緒に住んでいたとき以来だ。
口から上の部分が覆われるようになっていて、眼の部分にしか穴が付いていない。だからこそこれは今の私にとっては大変ありがたいものだった。
お面を被って、急いでドアを開けて出ていこうとしている彼に声をかける。

「ま、待って!!」

「……っ!?」

振り向いた彼はギョッとした反応を見せたが、私の言葉を待つようにじっと見つめ返してくる。
私がよく知っている昔の彼のものとは違う視線に不自然なほどどくり、と心臓が大きくはねた。
顔に血が上る。それでも彼の誤解を解かなければ。

「さ、最近…その、ごめん。私自分でもびっくりするぐらい自分らしく振る舞えないっていうか、なんというか、その……。」

好きだという事実を隠しながら、ほかの事実をどう説明すればいいのか、パンクしそうになる頭を限界まで稼働させるも、意味不明な弁明になってしまう。
彼は頭をガシガシとかいた後、それで?と催促してくれるがごめん、としか言えなかった。

「あのなぁ…それだけじゃ説明になってねぇって。」

「…ごめん。」

「…。そのお面となんか関係あんのか?」

彼の一言に思わずえ、と答えに行き詰ってしまう。確かにいきなり仮面をつけたままで弁明されても意味が分からない。
普通はふざけているとしか思えない行動に、彼は何か関係があるのか?とわざわざ聞いてくれたのだ。
お面のことについても弁明しなくてはならなくなってしまったがこれはどう説明すればいいのだろう。
必死に考えるもこれまた同様にいい考えが浮かばずに撃沈してしまう。

「……本当はずっと悔しかったんだよな…。」

「え?」

「そのお面つける前、リリーのピンチに俺は間に合わなかった…。あの時リリーを助けたのは遊星だ。」

「でも駆け付けてくれたじゃない。」

急にどうしたのかと思えば彼の話はどうやらこの仮面をくれたときの話をしているようだった。
お面越しでもわかるほどクロウの表情は曇っている。
私の非であるのに、彼が思い詰めているのは申し訳なかった。
もともと今回の件も前回も私の初動に原因があるわけで、彼に非はない。
そう考えていたとき、彼はなにかピンと来たのかパッと顔を上げた。

「そういやあの時からリリーおかしかったよな…。」

「え…っ。」

思わず方がびくりと反応してしまう。
その様子に気づかない彼ではなく、表情は確信へと変わり数メートルほどあった距離をにじりよってくる。
いや、あの、と誤魔化そうと頭をフル回転させるがいい案が出ない自分の能力のなさに落胆した。
意識する間もなく彼は目と鼻の先ほどの距離まで詰めてきた。
一度意識すれば顔への血流の上昇を免れない。お面が間にあるとはいえ心臓への負荷が和らぐことは無かった。
彼との間に適度な距離を置こうとゆっくり後退しようとするも、彼の両手で両頬をがっしりと捕らえられてしまったためそれは無意味に終わった。

「…逃がさねぇ。」

「…っ!」

彼に頬の体温が伝わってしまっていないだろうか。
私の気持ちがばれてしまっていないだろうか。
この気持ちを知られてしまうことが何より怖い。私があなたを好きだということを知ったら、あなたはどういう反応をするのだろう。
きっとあなたは私をただの幼馴染としか思ってないのに…。
考えるだけでもこの気持ちを消し去りたくなる。けれどその思いとは裏腹にこの気持ちは簡単には消えてくれない。

「…もし、もしあの時…たの…俺だったら…遊星じゃなく…俺のこと……な、わけねぇよな。」

「へ…?」

「! わりぃ!」

ポツリポツリと呟かれた言葉に違和感を覚える。
遊星がどうしたというのだろう。

「遊星がどうかしたの?」

「あ、いや…なんでもねぇ。」

今度はクロウが顔をそらした。
なんだか幼馴染だから似ちゃったのかな、なんて浮かれたことを想像してしまう。
思わず口が緩んだ瞬間を彼は見逃さなかった。

「やっと…、笑ってくれたな。」

ホッと一息つくように言われて、ハッとさせられた。
今思えば、彼を意識し始めてから無理やり口角を上げていたような気がする。
作り笑いがバレバレだったことに恥ずかしさと申し訳なさ、そして少しだけ嬉しいという感情が混ざり合う。
そしていつの間にか自然体の自分に戻っていたことに安堵した。

「クロウ…。ごめんね…私、クロウの前だと…なんていうか、普通でいられなくて…顔もおかしくなっちゃうし、自分でもびっくりしてて…。」

「……。」

「あ、でももう大丈夫みたい!なんでだろ、なんかすっきりした感じ!」

ぐっと拳をつくって両腕を上げてみるも、クロウの反応は芳しくない。

「いや、なんつーか…その……。」

「?」

「それって…俺のこと、意識してくれてるっつーこと…?」

恐る恐る放たれた言葉だが、私の思考をぴたりと止めるには十分すぎるほどだった。
彼の顔はいつの間にか私と同じぐらい赤く染まっていて、手で口元を隠す彼に胸が締め付けられるような感覚を覚える。
直接ではなくとも、告白をしてしまったも同然で私はどう切り返すか四苦八苦してしまう。
この気持ちを拒否することだけはしたくないと思う自分がいた。

「あ、その…っ。」

「わ、わりぃ!じ、自意識過剰だったなっ!」

「そ、そんなことないっ!」

「…!」

「…そんなこと、ないよ…。」

言ってしまった、肯定…しちゃった…。
どうしよう、と頭の中はパニックに近い状況でぐるぐると渦巻いている。
うつむいた顔を上げることができない。クロウがどんな顔で、どんな気持ちで受け止めてたのかを知ることが怖い。
好きがこんなに厄介なものだったとは、とつくづく思い知らされる。

「リリー…、俺もだ…。」

「え…?」

「俺も、リリーに意識しまくってる…。」

「!!」

やばい。
やばいやばいやばいやばい。
今私どんな顔してる?
変じゃない?

嬉しいって気持ちが止まらない。

「うれしい……。」

「俺はてっきりリリーは遊星に気があんのかと思ってたんだが…。」

「ゆ、遊星っ!?な、なんでっ?」

「遊星の前だとかわいい顔見せてっから…。」

「かわ…っ!?」

そんな風に思われていたとは思いもよらなかった。
その、かわいい…だなんて…。
またもや硬直してしまい、動けずにいると急に視界が開けた。
見れば、彼の手には先ほどまでつけていたはずのお面がそこにあった。

「…その顔、俺にだけ見せてくれよ。」

「…は、はい…。」

しぼりだしたような声で頷くと、彼は照れながらも嬉しそうに笑う。
勇気を出して彼を呼び止めてよかった、と思った。
でなければ、また今までの繰り返し…いや悪化していたはずだ。それに彼の気持ちを知ることなんてできなかった。
喜びに浸っていると彼に名を呼ばれた。

「リリー、よろしくな。」

そう言って差し出された手がどんなことを意味するのか分かった途端、再び顔に血が上った。
そっと彼の手に自分のを重ねる。
そんな私を見て、彼は少し照れくさそうに微笑んだ。

「こちらこそよろしくね、クロウ。」



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