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YGO短編
激しく巡る(3)

まだ私が子どもたちと一緒に住んでいたころで蒸し暑い日々が続いていたころだった。
マーサの家からはずっと離れたところで打ち上げられる花火が見たい、と子どもたちがマーサに詰め寄っていた。

打ち上げられる予定日時は明日のおよそ22時ごろ。
夜に子どもたちが出歩く時間ではないし、保護者としてついていくとしてもマーサ一人に対して子どもたちの数は多すぎた。
私も保護者としてついていけるよ、と子どもたちの必死のお願いを後押しするつもりで放った言葉だが保護者である前にリリーは女の子じゃないか、と彼女に一蹴されてしまい子どもたちからのまなざしががっかりしたものになったのは悲しい記憶である。

当時シティとサテライトで分けられている私達貧困層の人間には日々生きていくだけで大変で、娯楽に振り返っている余裕はなかった。
もちろん子どもたちもそのあたりは理解してくれているから、滅多なことでは我儘を言わない。彼女も私も日ごろからそのことに申し訳なさを感じてできることは叶えてやりたいと思っているから今回の我儘には強く反対できなかった。
子どもたちがなぜ“花火”を見たいと言い始めたのかはおおよそ察しが付いた。
それも相まって私は彼らの背中を押したいと思ったのだ。

マーサからの許可が下りないことに不満の色をにじませる子どもたち。あきらめかけていたところに、外から聞こえたエンジン音が空気を一変させた。
私達がよく知っているこの音を聞くだけで、誰が返ってきたのかがわかるほど慣れ親しんだ音。

「クロウ兄ちゃんが…!」
「帰ってきたーっ!!」

子どもたちの歓喜の声に出迎えられ玄関に入ってきた男の姿に少し胸が弾む。
彼はここ数か月前から帰ってこない日が度々あって、その度に不安にさせられたり挙動不審になったりした。
それが子どもたちのためだと知っていても、増えていくマーカーを見るたび心がいたくなるのだ。

「よぉ、お前ら。元気にしてたか?」

ぐりぐりと小さな頭を撫でまわす彼の声は昔に比べてずっと“男の人”になっていて、それが昔とは違うのだと意識させられる。
一緒にいるつもりでも彼はどんどん大人になっていっていろんな人と会って、話して…そして私と彼は疎遠になっていくのだろうか。
昔からどこに行くにも一緒にいて、飽きるということを知らなかったほど話して、笑った。
でもどんなにお互いのことを知っていてもいつかは私の知らない“クロウ”になるのかもしれないと思うと少し怖かった。

「おい、リリー?」

「……っ!!」

ふと遠くにやっていた意識が、例の声によって引き戻される。定まった視界に彼の顔が目と鼻の先にあって驚いて出かかった悲鳴をやっとのとこで抑えられた。
心臓にまで意識が回らなかったためか、先ほどの何倍もの速さで脈を打っている。しかしクロウを含め周りの意外そうな視線を感じて、平静を装うことに注力した。

「ご、ごめんボーっとしてた。おかえり、クロウ!」

「?…おう。」

訝しげな視線を跳ね返すような笑顔を作ったが、クロウには逆効果だったらしい。
少しの間じっと視線を受けたものの、以前と変わりなく子どもたちと会話に花を咲かせ始めたのでこっそり安堵の息をもらす。
昔はもっと自分を出せていた気がするのは気のせいだろうか。



*****************



「…花火ぃ?」

食卓を囲むクロウ以外の全員がこくりと頷く。
彼は口に運ぼうとしていたスプーンを元の場所に戻し、マーサのほうに視線を向けた。

「確かそれってシティで行われるんじゃなかったか?」

「そうなんだよ、しかも夜遅い時間だ。危ないからやめろと言ってるんだけどね…。」

ため息を一つついてマーサは子どもたちを見るも、諦めきれない視線にどうしたものかと頭を悩ませた。
しかし、彼女の表情とは裏腹にクロウの表情はあっけらかんとしたものだった。

「俺がこいつらを連れて行けば問題ないんじゃねぇか?」

クロウの言葉に一同沈黙しかけたが、子どもたちは瞳を一層輝かせて勢いよくガッツポーズを見せた。
マーサはというと、まだ不安が残るのか唸るように呟くだけで賛成とはいい難いようだった。
この家の家主はマーサで、育ての親もマーサだ。
彼女の許可がなければ例えクロウが協力を申し出ても、子どもたちに花火を見せることはできないのだ。

「わ、私もついてく!」

色々な感情を纏った空気を一掃するような声が出たことに周りだけではなく、自分も驚いた。
けれど取り消すつもりはないし、言わなきゃよかったと思ってもいない。

「…。」

それまで私がよく知っているクロウの顔が厳しい表情に一変し、まるで知らない人が乗り移ってしまったのかと錯覚してしまいそうになる。
私を射るような、心の底を見るような視線に自身の体がピリピリとマヒしていく。
彼のこんな表情、私は知らなかった。クロウはいつだって子どもたちには兄のような一面を、私には昔からの友人としての顔しか見せたことはなかったのに。
驚き、そして戸惑いが頭の中を掻き乱す。

「だ、だって…だって皆の行きたい、見たいって気持ち、わかるもの…。」

私も彼らと同じように娯楽に憧れを抱いた経験があった。
幼いながらに想像を膨らませた思い出が蘇る。
きっと子どもたちもあの時の私と同じ気持ちのはずなんだ。だったらせめて協力できることはしたいと思うことはおかしいことではないはずだ。
リリーはクロウの向けてくる視線に負けじと見つめ返す。

「…ダメだ。」

それまで口を閉じていたクロウが口にしたのは否定だった。

「ど、うして…?」

無意識にでた疑問は宙を浮くように言葉を放つ。彼が寄越す視線は断固たるものなのか、揺らぐことはない。
いかにクロウといえど、一人で子どもたちを見守るのは難しいはずだ。だから一人でも保護者としての立場が増えるのは悪いことではないはずなのに。
マーサのほうをチラリと見るも、彼女もクロウに賛同するらしく諦めろと言わんばかりの視線を寄越した。

「頼める奴は他にもいる。お前はマーサと留守番しとけ。」

突き放すように言われた一言が私の胸に棘となって刺さる。
私は返す言葉見つからず、うつむくことしかできない。
その間にも事態はとんとん拍子で過ぎ、遊星が付き添いに加わったことでマーサの許可もようやく下りた。
子どもたちは念願の花火を見れることとなって皆ウキウキしながら当日までを過ごしていた。
私はというと、クロウと顔を合わせる気まずさからほとんどの時間を自分の部屋で過ごすようにしていた。

そして当日の夜。
子どもたちは早く早くとまだ家を出る前から浮足立っていた。
マーサも子どもたちの喜ぶ顔が見れてほっとしたのか、嬉しそうに身支度を手伝っている。
数時間前に合流した遊星も子どもたちの相手に追われていた。

「っし、お前ら準備できたかー?」

「「オッケー!!」」

はぁーいと手をあげる子どもたちを一瞥し、夜の暗闇のなかで先頭を歩く彼は子どもたちより先に闇と交わっていく。
皆の姿が見えなくなったころにやっと、マーサは踵を返した。

「クロウはあんな風に言ったけどね、リリーのことが心配なのさ。」

穏やかな口調でぽんと私の肩に手を置くマーサ。
きっとそれは嘘ではない。クロウはそういう人だ。昔から面倒見が良くて、優しくて、あったかい人。
頭ではわかっているが、彼の突き刺すような視線を思い出すたび息が苦しくなる。

「…昔のクロウは、連れて行ってくれたの…。」

マーサは知らないであろう、昔の話。
子どもたちと同じ年のときに、私も花火が見たいとクロウに相談したことがあった。
娯楽と言えど、見るだけならお金がかかるわけでもなく、難しいこともない花火というものは子どもの私にとって魅力的だった。
その時の彼の反応は今と正反対で、俺が連れて行ってやると笑いかけてくれた。
マーサに話したら絶対反対されるとわかっていたので、こっそりとお忍びで家を出たものだと懐古する。

「そうだったのかい。全く、あんたもクロウも昔から手におえやしない…。」

呆れた様子でため息をつく彼女に謝辞を述べると、明日は沢山働いてもらうよ!と背中を叩かれた。


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