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●後編








渡したタオルを受け取ると男はそれで乱暴に自分の頭を拭いて水滴をぬぐっています。
 特徴的な髪が垂れると印象が変わり、大人しそうに見えるから不思議です。

「そなた、母親似であろう」
「?なんでだ」
「顔が、良い。顔が整っている男子は母親似であると聞いたことがある」
「・・・・・・・・お前が否定したからわかんねぇけど」
「否定?」
「いっひっひ、お前には関係ない話だよ。まぁ、ここは素直にかっこいい、惚れました右代宮、戦人様!!っていいやがれ」
 笑いながら男はベアトを見ました。
 それに対してベアトが驚いた顔をしていると、男は眉を寄せました。
「、な、なんだよ」
「驚いた・・・・・そなた、そのような顔で笑うのだな」
「・・・・・・・・・」
 男は困惑したようにベアトを見ます。
 ベアトは嬉しそうに微笑み、男の手からタオルをとり、代わりに頭を拭いてやります。優しく、丁寧に。
「そして、名は戦人か、ふむ、」
「・・・・・・・・・・・・・・・忘れろ」
「忘れぬ、」
 居た堪れないような目で戦人は視線を上にあげました。ベアトはその視線とあうと口の端を緩めます。



「忘れないぞ、戦人」

 
 金蔵以外と使用人以外ではじめて会う事が出来た。その嬉しさもありますが、彼女には目の前の男に初めてあったような気がしないのです。懐かしいような、嬉しいような、とにかく、もっと傍にいたいという気持ちばかりが募ります。
 
 魔女はタオルを戦人にかえします。戦人は静かにそれを受け取り、なぜか顔を隠してしまいました。ベアトは不思議に思いながらも机の上に置いてある紅茶をカップについでやります。

「紅茶は入れられるんだな」
「悪かったの・・・・・これも使用人が入れたものだ」
 小さく返答を返して戦人のために砂糖を入れてやりました。
「・・・・・・ん、うまい」
 戦人はカップを口につけて告げます。ベアトはにこにことそれを見守りました。
「気に入ったなら、そなたもこの屋敷に住めばよい。毎日作らせようぞ」
「悪いな。俺にはちゃんと帰る場所があるからな」
 戦人はゆっくりとベアトを見ました。
「だからすぐさま、此処から出ないといけねーんだ、お前と違ってな」
 そう言いながら、戦人は手を伸ばして、ベアトの頭を優しく撫でました。その感触に戸惑うベアトに戦人は苦笑。
「あいつが言ったとおり、本当に人間なのか・・・・?」

 誰に?とか聞きたかったがその誰を聞いてもベアトは自分の知っている人間ではあるまい、と口を閉ざしました。金蔵が侵入者を許すとは思えなかったという事もあります。

「・・・・・・妾とて、出たい・・・・」
 お前とは違って外にでないといけない、と告げた戦人を非難するように呟きました。戦人は不思議そうに首を傾けます。
「じゃあ一緒に出ればいいじゃねーか」 
 ベアトはその顔を横目で見ながら苦笑します。
「戦人は妾が嫌いだといったであろう」
「ああ、そうだな。右代宮戦人はベアトリーチェが嫌いだ」
「だから、それは妾のことじゃないか!!」
「右代宮・・・・戦人が、っていっているだろう?」
「意味がわからんぞ????戦人はそなたの名であろう??」
 言葉遊びのようなやりとりの後で戦人はベアトを見ています。
「ひとまず、保留だ、保留。で、一緒に脱出しないのか?するのか?」
「そなたが良いと言うなら。一緒に」
「じゃあ、決まりだな」
 そう、宣言した後で体のこりを解すように立ち上がって腕を回して不適に笑いました。 






 2日後の夕方に金蔵は再び現れました。
 下手したらまた数日放置されるかもしれないと覚悟していただけあってこれほど早くチャンスが訪れたのは幸いです。
 ベアトは酷く緊張しています。金蔵はベアトの真正面のソファーに腰をかけました。
 金蔵に悟られまいかと思うのは心臓の音です。
 金蔵が緩やかに口を開き、ベアトに語りかけていますが、ベアトはそれどころではありません。それでも必死に言葉を必死に拾いながらベアトリーチェは頷いきました。そしてゆっくりと目線を金蔵の後ろに向けます。金蔵が不思議そうな顔をして目線を追い後ろを振り返ろうとした時、
 戦人が手にしていたアンティークの時計を振り落としました。

鈍い音。
 、のちに静寂。

 俯き机に突っ伏した、金蔵の懐を二人は必死に探ります。
 内ポケットに二つ組みになっている鍵を発見して二人で頷きあいながら屋敷をでました。
 そのまま鉄格子に向けて走り、柵まで辿りつきます。
 鍵穴に鍵を差し込み、ガチャガチャと揺らすと門が開きました。
 ベアトは長年自分を捕らえていた檻からの呆気ない脱出に拍子抜けするように笑います。 
 でも、安堵も一瞬です。
 続いて奥にもう一つ扉があることに二人は気づいたのです。
 焦らずに、二つついていた鍵のうち残り一つを当てはめましたが、扉は開きません。
 念の為。先ほど門を開いた鍵を試したが結果は同じことでした。
「くそ・・・・!もう一本、隠しもっていたのか??!!」
「妾がもう一度戻り、探して来る!!」
 そうベアトが振り返り戦人の声を聞く前に走り出しました。
 後ろから戦人の静止する声を振り切ります。だってもう少しなのです、もう少しで外に出られるのです。
 金蔵がいまだ倒れているのを確認したところでベアトは懐に手を伸ばそうとしました。
 その時、その細く白い手を、大きく皺くちゃの手が強く握ります。
「・・ぃ・ぁっ!!!」
 ミシミシ、と骨が軋む音を響かせ、金蔵はゆったりと立ち上がりました。
 そして、その口元を穏やかにゆっくりと横に広げます。金蔵に怒鳴られるのは彼女の恐怖です。酷い目に合わせられた事は滅多にありませんでしたが、ベアトがこの男の支配下にあるのは確かなのですから。
「  ベアトリーチェ、」
 
 怒鳴られるのは恐怖です、しかし甘く痺れるように囁かれたその声の方が今まで一番、ベアトにとって恐怖を感じるものとなりました。









 どのくらい時間がたったでしょうか。
 薄暗い、地下の牢獄で、影が揺れたのでベアトはびくりと怯えたように顔を上げました。
「・・・・・・戦人ぁ・・・・」
 姿を確認して情けなく声を出して、近づこうとすれば、ベアトの足と手にかけられた鉄の重みが音を立てました。
「っ・・・・・ベアト、か・・・!!」
 戦人が代わり鉄格子の前まで走りよります。あの時、手に入れたもう一つの鍵を鍵穴にはめてみました。すると鉄格子が開きます。ここの鍵だったのか、と戦人は短く呻いた後にベアトリーチェに近づきました。
「じじぃが去るまで動けなかった・・・ごめんな・・・」
 謝罪の声を落としながらベアトを間近で見て、戦人は目を大きく開きました。
 薄暗い地下室の明かりでは遠目からでは分かりませんでしたが、彼女の有様は酷いものでした。
 豪華なドレスは乱され破かれて、露出した白い肌にはいくつも赤い筋が浮き上がり、皮膚から血を流していました。見た時は人形のように飾られていた身なりは何処までも乱されて汚されていました。纏め上げられていた髪もばらばらと落ちていて別人のようです。
「戦人ぁ・・・・・・・もう・・嫌だ・・・妾はこんなところにいたくない・・・金蔵の言い様にされて、自分が誰かも分からず・・・・金蔵にしか会う事を許されず・・・金蔵が全てなだけの・・・・こんなのは嫌だ・・・・・・妾に罪があろうと、覚えがないのなら思い出すから・・・だから、許して・・・・・・助けて・・・・・」
 啜り泣くように縋るように精一杯手を伸ばして戦人を抱きしめます。
「殺して・・・・・もう・・・ここから出られないなら・・・・・お前の手で、私を」
 その温かみに、戦人は思い出したように彼女の肩を掴み、遠ざけます。

「っ・・・お前、下手な芝居は・・・・やめろよ・・・・・どうせ、全部全部、演技なんだろう??!!」
「ば・・・・戦人?」
 意味が、分かりません。
 彼女はただ、目を大きく開けて口をパクパクと金魚のように開け閉めする事しか出来ません。
「お、俺が・・・・情けに弱いっての分かっていて・・・それで、お前、こんな」
 そう、言葉を言いかけて、再びベアトリーチェの姿を確認して、言葉につまり、唇を震わせました。
「俺は、こんなところで、寄り道している暇はなくて、だから、お前、お前が・・・・・だって、こんな・・・・」
 戦人は目を深く閉じてベアトリーチェを抱き寄せました。
「ああ、そうだよ!!どうせ!!!俺の好みは金髪のボインだよちくしょぉおお!!!」
 ベアトリーチェは混乱した頭で、それでも手を戦人の後ろに回しました。
 ベアトには彼の事情なんてちっとも分かりません。戦人が教えてくれないのですから。彼が魔女だというならひょっとしたら彼女は魔女かもしれません。そして彼の言葉によれば彼はその魔女を憎んでいるのです。
 その憎んでいる彼女をこうして向かえに来て、そして哀れに思い抱きしめる彼の心情は如何なものでしょうか。

    なんて愛しいのでしょうか。

 ベアトは優しく抱きしめてもらいながら嗚咽を必死に飲み込みました。
 暫くそうしていたのですが、いつ、金蔵が戻ってくるか分かりません。
 戦人はそっとベアトから身を離します。 
「じじぃに・・・・・・・・・会ってくる」
「そ、そなた・・・金蔵とは会えぬと申していたではないか・・・・」
「決着はどのみち、つけねーと・・・いけねーんだよ。此処から出られないわけだ」
「・・・・・外への鍵が見つかったら、妾のことは放って逃げて良いからな、また、邪魔になると思うなら・・・・・今、殺していけ・・・・・」
「・・・・また聞いたな。その言葉。殺せとか、お前の口から聞きたくねーよ・・・・・。
 じじぃがどちみちその手枷と足枷の鍵ももってんだろうし・・・・助けてやるって、心配するな」
 戦人はそう言うと余程心配そうな顔をしていたのでしょう、ベアトの頭を軽く撫でます。
「そんな顔するなって・・・・お前らしくねーよ」
「妾はこんな顔ばかりだ、憂いの表情とこの表情が常だった」
「そうか、じゃあもっと笑おうな」
 戦人はそう呟きベアトの頭をもう一度撫でて、牢屋から出て行きました。その後姿を不安そうに見つめながらベアトを見守っていました。
 

 戦人が出ていき少したった後で足音が聞こえてきました。
 おそるおそるベアトが顔をあげると、そこには使用人が立っています。
「そなたか・・・・・・なんだ・・・・紅茶でも入れにきたのか」
 いえ、そういうわけではありません、ベアトリーチェ様、と使用人が呟きます。
 紅茶しか入れてくれないその使用人はベアトを見ると頭を深く下げます。
 開けっ放しになっていた牢獄に入り、彼女に近づきます。ベアトリーチェが不安そうに彼女を、
 
 自分と同じ顔をした使用人を見ます。
 不安そうな顔をした彼女をみて使用人はくすくすと笑います。くすくすと。

 使用人は彼女の横腹を踏みつけました。彼女がよろめく前に鋭く尖った杭で突き刺します。
「ひっ・・・・いや・・・いや・・・・・」
 逃げようと彼女は必死になりましたが・・・・・残念。彼女の拘束がそれを許しません。
 ガチャガチャと冷たい音を立てるだけなのです。
「戦人!戦人!!」
 その声を不愉快と感じた使用人は杭を彼女に突き立ててやりました。心臓に。
 赤い血をぼたぼたと吐きながら冷たい石牢の上をのたうち回ります。血を吐き散らしながら。
 醜く汚く。
 ぴくぴくと痙攣をしながら彼女は動かなくなりました。

「・・・・・こうして。捕らえられただけで一生を金蔵に飼い馴らされて過ごした彼女は結局、屋敷の外から出る事なく死んでしまいました。

 なんて可哀想なのでしょう。
 残酷な話なのでしょう。

      めでたしめでたし」 

 そう、言い終わるとベアトリーチェは言葉を締めくくった。
 おとぎ話は、終わった。


 顔についた彼女の血を拭いながらケラケラと笑った。
「さようなら、 人 間 のベアトリーチェ。哀れな女」
 そう言い、ごみのように彼女の死体を蹴った。
「これで、妾が人間だったという説も消える。自分が誰であったかなど、魔女が気にする必要もない。
 ・・・妾一人の力だと金蔵をどうにかしてやることが難しくてな、戦人に感謝せねばな」
 近くにあった電灯の明かりを消してから彼女の死体から手枷と足枷を鍵で外し服を剥ぎ取り、袖を通す。そして自らの手に足枷と手枷をはめこんだ。彼女の死体は死角になるところに隠した。
 
 やがて足音が聞こえて戦人が姿を表す。俯いていたベアトはゆっくりと顔をあげる。
「遅くなったな!悪い!今度こそ・・・・今度こそ此処から抜け出すぜ・・・・!!」
 がちゃがちゃと鎖をのけて手枷に鍵を入れる。なかなか開かないらしい。
 「あれ」とか「なんでだ??」とか言いながら必死に鍵を回す。
「・・・・・・・のう、戦人」
「待ってろ、すぐ外すから!!」
「のう・・・・戦人、戦人」
 呟くように魔女は言葉を繰り返します。
「いつかで、良い、いつかで・・・・いつかお前がこの胸にその大きな手で刃物を捻じ込んでくれるのを・・・心待ちにしておるぞ」
「おい、また自分を殺してくれって話か?弱音をはくなって、一緒に出るぞ。その後でベアトリーチェを倒して、っても、お前じゃない方のベアトリーチェだけどな、」
 魔女は戦人がいい終わる前にゆっくりとその胸に白く細い手を潜り込ませていった。
 

「へ」

 間の抜けた声を出しながら、戦人は目を丸くしている。
 ゆっくりと振り返る。そこには自分を貫通している手が揺れてバイバイをしている。
 ぐちゃぐちゃと音をたてながら。
「いっ・・・ぁっ・・・んで・・・」
「ああ・・・・・いいぞ!!!!いいぞ!!!!!戦人ぁ、戦人ぁ、戦人・・いいぞ、その声、その表情・・・ぞくぞくするなぁあ、右代宮戦人ぁあああああ・・・・!!!!!!!」
 恍惚に官能におぼれながら魔女は吐息を途切れ途切れ吐く。そして指を中で動かす。筋肉が締まる感触に目を穂添える。
「ふっ・・・・ぁっ・・ぁ」
 戦人は情事中の女のように極まった喘ぎを零しながら膝をついた。
 魔女は白い指先を彼の心臓に絡めて一番間近でその顔を見ている。お互いの鼻がちょこんと触れ合う。
「お前の吐息が妾の間近に、妾の吐息がお前の近くに当たりながら恍惚に重なり蕩けて行く様はきっと耽美だろうなぁああああああ・・・・・・・・・・。今の逆で、そなたの熱い熱が妾の一番敏感で繊細な部分を突き抜けていくのだ、今のそなたのように、あああいやそれ以上でなければならない!!強く強く憎悪に任せて・・・・・・な???のぉ、戦人・・・・」
「あ・・が・・・・・」
 と、喉奥で血と痰がつまり戦人はごぽりと返事をした。 魔女はうんうん、と頷きながら戦人の下半身を撫でる。
「いいや、妾だけが心臓を貫かれたのではむなしい、やっぱり!どうせ勝てぬ勝負であるならば!!!!自由にしてよいというのなら!!!!!・・・・・一緒に、貫き合おう。お互いが、お互いの心臓にこうやって熱く手を絡めようぞ・・・・のぉ???戦人ぁあああ・・・!!!」
 覆いかぶさり押し倒していきながら、戦人の血を口から啜る。戦人に馬乗りし腰がある所まで体を降ろしていく。布の上から腰を擦りながら。口を真赤にして顔を上げる。
 薄暗い地下牢の中で髪を振り乱した魔女は蠱惑的に見えた。隙間から見える目は何処までも深い海の色をしていた。
 シャツを破り魔女は戦人に手を這わせながら太腿を優しく撫でていく。
 戦人は麻痺していく痛覚と意識の中で魔女をゆっくりと見上げる。
「・・・・・でもな、戦人、妾は楽しみは後でのけておくタイプでの、今回は・・・・冷たくなったお前で我慢しよう。冷えていくお前の熱を頼りに体を動かしてやる、中の物が腐敗して落ちてしまわないように、今回は妾が配慮してやろう」
 
 魔女はケラケラと笑いました。
 また、信じてだまされて、その上、自ら勝ちの手を遠のけてしまった彼に、彼の事を思うと胸が音を立てて小さくなりました。もう人として会えないのかと思うととても悲しくなりました。

 戦人がゆっくりと手を伸ばして彼女の胸倉を掴みます。
「・・・っ・・とうに・・・・上等だぜ・・くそ・・・・おんな・・・」
 口の端をゆっくりと歪めたのでベアトは覆いかぶさり、口をつけることにより、この中の彼の物語を再び終わらせてあげることにしました。

本当に彼を愛おしいと感じた
人間のベアトリーチェの光を映さない目と冷たくなった戦人の死体の間でちょこんと膝をつき、魔女はゆっくりと微笑みます。冷たくなった手と手を繋ぎ合わせてやりました。

 物語の最後はいつだって甘美でなければならないと思います。


 次に会うときも、どうか、どうか、またお元気で。

 戦人の耳元でそう囁いて、ゆっくりと立ち上がりました。





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