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●最終回
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手元に一枚の紙があった。
何か書いてある。ぼんやりと目線を落とす。
「以下の三つのうち、二つを得るため、一つを生贄に捧げよ。一.自分の命 二.「 」の命 三.それ以外の全員の命 何れも選ばねば、上記の全てを失う。」
声に出して読んでみる。
なんじゃこりゃ。
物騒な文面だな、と読んだ後に「 」の命という空欄部分に首を横に傾けた。
「わからぬか、右代宮戦人」
何処からか女の声が聞こえた。金の髪の青い目で胸が大きな西洋のアンティーク人形が着ているような豪勢なドレスを着込んだ女。純粋に綺麗な女だと思った。相対するように魔女が緩やかにドレスの端を持ってお辞儀をしたので戦人も慌てて頭を下げた。Tシャツジャージとかなりラフな格好で申し訳ない気分になった。
「・・・・・どちら様?」
なんとなく聞くと女は口元だけで「魔女」と、答えた。
魔女、魔女ね・・・・・。戦人は胡散臭そうに女を見ていた。
その目線に端麗な顔つきが、にこぉーっと、三日月の形になり笑う。
そう笑うと女の顔は随分と子供のように見えた。
「そこは、そなたが書くべき欄だ。そなたが一番大事にしている人間の名を書け」
女が言ったので、戦人は暫く考えた後に女の言うとおりその欄に名前をかこうとした。したのだが、ペンが動かなかった。いくら動かそうとしても手が動かない。戦人は諦めた。
「こんなもの書くわけないだろう?」
「おいおい、勘違いするな。そなたはそこに名前を書かないのではない、書けないのであろう?」
もちろん、ペンが動かないからではない。そんな人物がいないからだ!と女は笑った。
「だってそなたは誰も愛さない、誰にも愛されてないから、何の条件もなく愛してくれる唯一の両親ですらそなたを見ていない、だからそなたは誰も愛せないし愛されない」
「・・・・黙れ、親父はそうでも、おふくろは違う。ちゃんと俺の事を見てくれていた」
ゆっくりと首を振りながら反論する。魔女は嘘などつかなくてもよい、と優しく告げる。
「それにの、戦人。人の世なんてそんなものだ」
うんうん、と女は頷く。
「そなた唯一の悲劇は一つだけだ。そなたは愛されていると勘違いして疑う事もせずに、知らされた事実に目を背け続けて曲がった感情を正当化しようとして余計に感情を捻じ曲げてしまった、そうその一点のみだ」
女が、耳元で甘く囁き続けた。魔女が、代わりに口を開いてくれた。
「だから傍にいてあげてね、二人で生きてね、」
聞き覚えのある頭の中に残った言葉が反響する。
そう、あれは病室で絡められた指に、わかった、約束する、という言葉を落とした後だった。
思い出す必要のない、忘れようと、思い始めていた記憶はその先の記憶によりで全て壊れる。
その手が一度ほどかれた後に、次に腕ごと伸ばされた。
病気ですっかり細くなってしまったがりがりの手が伸びて幼い戦人の肩を掴んだ。伸びた爪の指が、何処に残っていたのだろうという強い力でその肩に抉りこんで爪をたてた。
優しかった顔が悲痛に歪んでいた。
「・・・・・本当よ、約束よ、お願いよ戦人」
声音が変わっていた。
「だから、私が死んだら、何も出来ないあの人はすぐに他の人のところにいってしまうわ、だから、お願いよ、戦人、あの人を止めて。あの女なんかに盗られちゃ嫌よ、お願いよ戦人、戦人、戦人、戦人、戦人」
がたがた、と肩を激しく揺らされた。
「おふく・・・・ろ・・・・・・?」
痛い、痛い、と言ってもその手は緩む事はなかった。
「私が死んだら、あの女にとられてしまったら・・・・・・なんのために、あんたまで育てたのか・・・・わからないじゃない・・・・・・・・・・!!!!!!!」
あ !! 、ああああ、 !! あああああ!!
と、虚空に向かって泣き始めた母に、戦人は掛ける声も言葉も失っていた。穏やかで、時折厳しくて、誇りが高くて、聡明で、謙虚な美しい人が、子供のように泣き叫んでいた。
「のぉ、戦人」
女が囁く。
「そなたに、留弗夫を異常と罵り責める権利があるのか????」
頭がおかしいのはお前のくせに、
魔女の言葉に戦人は顔を歪めて小さく唸る。
「そんな事、お前に言われなくても、わかってたよ、」
ようやく、六件島に住む魔女の名前を思い出せた。
ベアトリーチェ。
もう、二度と出会うことも、退治されることもない、魔女の名前。
魔女はたっぷりと含んだ笑みを作った後に戦人に近づいて耳を軽く甘噛みして「お前がいない世界は寂しいぞ」と息を吹きかけた。
戦人が帰って来ない。
あの後、動けなくなった留弗夫を置いて戦人はよろよろと部屋から出ていってしまった。
いないと分かりつつもアパートに帰る、薄暗い室内は霧江が立ち去った後のままだった。湯のみが二つと座布団二つ。
霧江とはこの先の事を話した。もう暫く、身の回りを固めた後でまた家族で暮らそうと告げた。その家族にはもちろん、戦人も含めてだ。四人で暮らしたいと思った。今まで頭にあってもそれを言葉に出して自分から言う事はなかった。戦人とのことは、切欠があれば、と考えているうちに6年も無闇やたらに時間だけが過ぎていた。
『そう、俺はただ、あんたに苦しんでほしかったんだよ、親父』
あんなふうに笑う戦人を留弗夫は知らなかった。
「馬鹿だろう、あいつ」
そんな事のために、嫌う自分の傍にいたのか?抵抗をしなかったというのか?
留弗夫はぼんやりと窓の外からの景色を眺めていた。
この前、縁があった企業から一緒に会社に来ないかという話が出た。留弗夫はすぐにその言葉を受けた。
また暫くしたら仕事に忙殺される日々が続くのだろうな、と思うと鈍った思考と体をどうにかしないといけないと思いはじめていた。
裁判などはまだ続くにせよ、状況はよくなってきているのだろう。
この前、久しぶりにあった妹の楼座が「兄さんが人の下につくのってなんだから信じられないわ」という言葉を思い出した。
思えば、この妹も不憫なことをしたなぁと今更ながらしみじみと思う。手を伸ばして、いつか、息子にしたように頭を撫でてみた。手が伸びた瞬間、楼座の体は固まったが、その手がただ、優しく頭を撫でたので楼座の目は丸くなっていた。
「な、なに、兄さん」
「いんや・・・・可愛い妹とのスキンシップ?」
「はぁ・・・・?」
楼座が凄い顔をした。穏やかに笑う妹のそのような顔を見たのは初めてだった。
「わりぃ」
「・・・・・今日の兄さん少し変よ?」
そう呟いた後に楼座は苦笑したのはつい、この前だ。
戦人がいなくなっても不思議と部屋の狭さは狭いままだし、後悔は全然なかった。
『俺は、ずっと罪滅ぼしがしたかった』
だから、戦人がこれで気がはれたのだというのならば、それでいい、と留弗夫は思った。
あるのは、ただ、自分が感じる喪失感だけなのだから。
自分の家族が嫌いだったから、幸せな家庭を作ろうとした。明日夢の事はちゃんと愛していた。霧江のことは今でも好きだ。縁寿は可愛い。今だから兄妹の事を考えられる。
死にかけているという親父は今でも怖い。
戦人に対する感情だけが昔からよく分からない。
初めての子だったから?
当時、流産してしまった霧江を慰めるために付きっ切りだったから、明日夢に任せっぱなしにしていた。たまに帰る家の中で笑って自分を迎える明日夢と戦人の顔しか思い出せなかった。
何が好みで何が嫌いでどういう性格をしていたのか。6年の空白など関係なしに戦人の事を知らないと思った。
夫婦にしても親子にしても人と人との関係を良好に家族をするに必要なのは日常生活という長い日常を積み重ねる事にあるのだと思う。
そういう意味では自分と彼は家族でもなんでもなかった。
だから、自分を好いてくれている他人だったから欲情したのだ、と留弗夫は思った。
『だけど、俺は戦人がよかったんだよなぁ』
で、なければ、誰が、あんなガキを、しかも男を抱くか、と留弗夫はやはり高慢な自分の思考の下で溜息を吐いた。
『家の中で引きこもっているから、どうしようもないことばっかり考えちまう』
ふぅ、と溜息をついて簡単に出掛ける準備をして玄関を開けた。
その、扉の横で、
蹲った戦人の姿を見つけた。
留弗夫は自分が随分と間の抜けた顔をした、という自覚はあった。
しかし、それ以上に戦人の顔が驚いていた。
慌てて、戦人は立ち上がり、
歩けばぎしぎしと煩い階段をかけていく。
「あ、ま、まて」
留弗夫もそれに習ってその後ろを追いかける。
降りた所で留弗夫はようやく戦人を捕まえる事が出来た。
はぁはぁ。と荒い息を整える。急に走ったからうっすら汗をかいている。
ああ、もうすぐ、夏が来るのだ。
「、おまえさ、馬鹿だろう。なんで此処にいる??」
肩で息を整えながらなんとかそれだけを告げる。
戦人から返事はない。
「なぁ・・・・・・・戦人、」
手を伸ばそうと、する、いつからいたのか分からないけど、同じように汗で湿った髪が無闇やたらに色っぽい、などと感じる。触れようと手を伸ばした時に、
「思い出したんだ、」
と、戦人が口を開いたので手は空中でとまった。
戦人が振り返った。その目は何処までも真直ぐと澄んでいた。
「おふくろの、葬式中のことだ、俺の手をひいていきなりあんたは俺を葬式から連れ出した。どこにいくんだろう、って俺は凄く不安になった。あんたの、おふくろと俺を置いていく背中はいつだって見知らぬ他人みたいで怖かったし、その時のあんたの様子は尋常になかったから、さらに怖かった。何度も転びそうになっているのに、足は止まらない。それで暫く歩いて人気がいないところに連れていって、そこで、あんたは」
戦人は顔をあげた。
「あんた、泣いてたよな」
留弗夫は頭の熱が急激にあがるのを感じた。なんだって今、そんな昔の話をいきなり持ってこられなければならない。
「・・・・悪いが、おぼえてな」
咄嗟につこうとした嘘を戦人は「思い出したから、いい」と遮った。
「明日夢、悪いって泣いてたよな。俺を抱きしめて、何度も謝ってたよな????ゆっくりと、膝をついて。声を出してなかったけど、泣いていたよな。でっかい手とか震えてたしよ」
そう言って戦人は留弗夫の手を持つ。しかし首を傾げる。
「?そんなにでかくねーな」
「馬鹿、お前が成長したんだろうが」
留弗夫が呆れたように言うと戦人が「そうか、」と当たり前の事なのに変に感心したように呟いた。
そして、深い溜息をつく。
「そうだな、でも、ほんと、なんで、忘れてたんだろうな」
とても疲れた顔をした。
「・・・・俺は、あんたに、全て押し付けて勝手に恨んでいた」
おふくろが、どういう理由であれ、俺をちゃんと育ててくれてあんたが父親だったのに代わりはなかったっていうのにな、と戦人は寂しそうに笑った。
「だから、それだけを謝りにきた」
じゃあ、もう二度と会わないから。
そう、戦人は呟いて立ち上がった。
「・・・・・・待て、戦人」
対峙する場所は古いアパートの前。時刻は夕方。遠くで岐路に立つ人の声。
カラスがなく声の中。
そこに家族がいて、ただ、一言お帰りを言ってくれる。
無償にそれらに羨望して愛おしかったのだと留弗夫は泣きたくなる気持ちで戦人を見た。
それが欲しかったのだと。
それを求めていたのだと。
「どこに行くんだ」
「あんたのいない所だよ」
「宛てはあるのか」
「あんたには関係ねーよ」
「俺と、家族になってくれないか」
「家族の意味わかっているのか?」
「・・・・だから、今度こそ、家族になろうっていってんだよ・・・・」
最初で最後の告白だ。こんなの。明日夢にだって霧江にだっていったことない。戦人を掴んだ手が震えていた。
くだらない日常をこれからもずっと繰り返し積み重ねていきたいと思った。
幸せな家庭など留弗夫にはわからない。目の前の男にだってわかってないのだろう。だったら、手探りで見つけていきたいと思った。
淡白なふりをしても、諦めて仕方がないと首をふっても、やはり諦めたくないものある。執着したいものだってある。
それをなんの因果だ、なんの罰ゲームだ。
自分の一人息子を相手に選んでしまった。
戦人は留弗夫の手を見て、そしてゆっくりと表情を崩して留弗夫に近づいた、声を押し殺して泣き始めた。
この奇妙な親子の生活が始まる前、戦人は留弗夫と住むと、言った。
だから今度は自分から戦人と家族になりたいと言う。
その肩を抱きしめて『馬鹿息子』と苦笑いをしながら強く抱きしめてやった。頭に鼻をさすり体温を確かめるように抱きしめる。
きっとあの部屋に帰ったらお互い死ぬ程はずかしいのだろうな、とかこの先こいつとどう接していけばいいものかとか、
色々頭の中でぐるぐる考えもしたが、
まぁとりあえずは。
「お帰り」
と、生まれてはじめて留弗夫は呟いた。
アリストクラシーから来た男
父さん 倒産 ぱられる おわり。
ながい あいだ 見てくださった方
ほんとうに ありがとうございます。
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