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●絵羽と楼座




糖で私の妹は出来ている。


 菓子の家に憧れて、7人の小人を心から愛し、硝子の靴を抱きしめて、お城から王子様が来るのを待っている。
  お菓子に例えるならばケーキやクッキーといった洋菓子の類。
 ふわふわしていて見た目も味も甘くて柔らかくて可愛い。


 聞こえはいいかもしれない。

『でも、触れたらべたべたで食べたら胃がむかむかして仕方がないのよぉ』
 絵羽はその目前の洋菓子の妹を酷く冷静に侮蔑を織り交ぜた瞳で見ていた。
 妹はいかにも妹が好みそうな可愛いドレスを身に纏い、大きな瞳で絵羽を俯き加減で見つめている。
「絵羽・・・姉さん・・・・その・・・・ね?」
 言葉を慎重に選びながらと楼座は絵羽に近づいてくる。
 絵羽は真っ赤になり潤んだままの瞳で楼座をきつく睨みあげる。その瞳には拒絶の色。
『近寄るんじゃないわよ、気軽に話し掛けないでよ、私よりも順列の低い愚妹が、この私に』
  楼座はその小さな肩をびくりとおおきくあげてくりくりとした瞳をめいいっぱい大きく開いた。
「姉さん・・・・・」
「楼座、放っておけよ」
 その一言で固まっていた楼座は振り向いた。後ろで立っていたのは目の前の砂糖菓子と違い場の空気がそれなりに読める弟。
 弟は絵羽と同じように楼座を少し呆れた目で見ている。
「でも、留弗夫兄さん・・・絵羽姉さんが」
 言うな、と絵羽は楼座を睨むのだが楼座は気がついていないのかその事実を口に出す。

「泣いているわ」

 絵羽の心境は怒りで沸騰しそうだった。最初に涙が出る程の悔しさより、その事実をわざわざ口に出して告げる妹に対して。
 留弗夫は大きく息を吐いた。
「だから、放っとけって、お前や俺に姉貴の苦しさとか分かるのかよ?
 姉貴が死に物狂いで親父に認められようと必死で行っている努力とその成果に対して、それが認められない落胆具合とか・・・わかるのかよ?」

 弟の言う通りである。
 絵羽は長女として、この偉大なる父が作り上げた右代宮を継ぐ者として、女である自分を殺して、今日まで努力をしてきた。男のようにふるまってきた。

 それが、なにか
 それが、なにか。
 
 父から告げられた言葉はお前は女である。
 女は女のように振舞え、右代宮に招き入れる素質のある男をその体を使って連れてこいという言葉だったのだ。


 弟は楼座を説得しながら腕を掴む。楼座は抵抗しようとした。
「でも、その私は姉さんの傍にいてあげる事は出来るし、そのこんな時だからこそ私は姉さんに・・・・・」
 私に、なんだというのだろうか、絵羽は臥せっていた顔を上げる。化粧などせずとも透き通った肌、美麗な顔立ち、涙で目は明るく腫れていても少しもそれを恥じぬ堂々とした佇まいだった。
 
 弱みなど見せてたまるものか。

 絵羽は楼座に向かってゆっくりと微笑んでやった。
 楼座はびくりと肩を揺らす。

「なぁに・・・・・楼座ぁ」

 口の端をゆっくりと歪ませる。目を笑みに変えてやる。
「私を慰めてくれるのぉ?あんたは本当に優しいわねぇ」
 手を口元に当ててくすくすと笑ってやる。楼座は勿論、留弗夫まで呆気にとられた顔をしている。
「ほら、楼座・・・・慰めてよ」
 そう言い楼座に顔近づけ甘くてころころしていそうなその瞳をじっと見てやる。
 楼座は明らかに狼狽した様子で「その・・・元気そうなら、なんでもないの・・・」と視線をすぐにずらしてしまった。絵羽はくすくすと楽しそうに笑ったあとに留弗夫の方をみる。留弗夫も居心地が悪そうに視線をずらしていた。

 絵羽は二人を残して手をひらひらとさせながらその部屋を後にした。泣く場所だって、この家では選ばないといけないのだ。



 
 鏡で自分の姿を確認する。可笑しくはない。優雅に微笑んでみた。可愛かった。これなら、と安堵の息をついていた。
 しかしすぐに馬鹿らしいと囁くもう一人の自分が声。
鏡の中の自分が勝手に皮肉気に口の端を吊り上げて不気味に笑っていた。

 絵羽はびくりと肩を震わせて慌てて鏡から視線をずらした。


 衣でおおった錠剤をパラパラと手の上に出して金蔵は口に入れていた。
 絵羽はそれを後ろで見ながら待つ。
 ごほごほと咳き込む父の背中は何処までも遠く大きい。「お父様」と声をかける。金蔵は振り返りもしない。
「絵羽、なんのようだ」
 冷たく言い放たれた自分の名前に絵羽は悲しくなりながらも「お父様」と名前を呼ぶ。
「だから何のようだと・・・・!!!」
 そう言い上半身をむき、絵羽を目に入れた、その瞬間、金蔵は目を大きく開いて、ゆっくりと微笑んだ。
 絵羽はドレスを身に纏い、使用人に化粧を施してもらい髪を綺麗に纏めあげていた。
 元々綺麗な顔立ちなのだ、素直にゆっくりと穏やかに微笑んでやれば品が漂う。
「友人の家で園遊会があるので参加して参ります」
 そう言い丁寧に頭を下げる。金蔵は満足そうに頷き「そうか」と言葉を落とした。たった一言だったがその顔に怒りはなく、笑みはようやく自分の言葉を聞いた絵羽に対して満足そうだった。

『最初からこうすればよかったのよ』
 もう一人の自分がやめてそんな真似!!と悲鳴をあげて自分を罵倒し、蔑んでいる声が聞こえはしたが絵羽はそっと父の部屋を後にする。
 さて、出かける前にまだ時間がある。
 絵羽は暫く考えた後に使用人に菓子を用意してもらい楼座と少し喋ろうと部屋の前に行きノックをする。
 楼座は扉を開いてそこにいる絵羽を見て目を丸くした。
「姉さん?」
 普段とは違う絵羽の格好に楼座は驚いているようだ。
「楼座、どう、この格好?可愛いでしょう??」
子皿を片手に絵羽は一回転して見せる。楼座は苦笑してに「ええ」と答えた。そう言いながら扉を大きく開いて絵羽を中に通す。
「なによ、その反応」
「ううん、ちょっと驚いただけ」
「私があんたみたいなドレスを着たら可笑しいっていいたわけぇ?」
「ちがうわ、姉さんにとても似合ってるわ、姉さん素敵よ」
 そう弁解をして笑う。心底嬉しそうに。絵羽は静かに盆を机の上に置く。
 ああ、この妹は自分が相手の事を好きになれば、好きといえば相手も自分の事を好きになると勘違いしているのだろうか、
 この子はそう信じているのだろうか、 
 馬鹿じゃないだろうか、この愚妹は。
 思いながら絵羽は近くの机の上にもたれた。もたれた、その際に、小さな机がガタンと揺れて上に置いてあったグラスが揺れる。
 慌てて絵羽は手を伸ばす、が、間に合わずに硝子のコップは落ちてしまう。
 地面に落ちて砕けた。その瞬間を絵羽はやけにゆっくりと見たような気がする。
「あ、」
 落ちたコップを見て小さく呟く。
「姉さん、大丈夫??!」
 楼座が慌てて駆け寄る。割れたグラスの破片が窓から差し込む光できらきらと光って綺麗だとかなんとか、考えながら水浸しになった床に対して楼座がフキンを持ってくる。絵羽はそこで椅子の上においてあった本が水浸しになってしまっている事に気がついた。
「・・・ごめんなさい、この本駄目になってしまったわね」
 手に取り楼座に見せる。
 その瞬間、楼座の顔から一気に血の気がひいて青くなった。どうしたのだろうと絵羽は不思議そうに妹を見ていた。
「そ、それ・・・・・・お父様の本・・・・・・」
 次は絵羽が青くなる番だった。
 父の本は全て手にい入ることは難しく、高価なものばかり。触る事すら許されないものばかりだ。興味のない内容ばかりだったから絵羽には関係がない事だった。今までは。それを駄目にした。その時の金蔵の怒りを想像しただけで足元がぐらぐらと揺れた。

「な・・・・・・何かってに持ち出してんのよ!!!!あんた!!」
 絵羽は思わず楼座に向かって叫んだ。
「その、ちょっと興味があって、でもすぐにもどすつもりで・・・・」
 楼座は手を震わせている。
「ど、どうしよう姉さん!どうしよう!!!」
『そんなの私に聞かないでよ・・・・・!!!』
 どうあれ本を駄目にしたのは自分なのだ。自分も咎められるに違いない。
 先程微笑んでもらったばっかりなのに!!!怒られるのは構わない。罪だって認めよう。
ただ、ただ、絵羽は金蔵を落胆させるのが嫌だった。金蔵に嫌われるのが嫌でたまらなかった。何のために重々しいドレスを着たかわからない。なんのために普段は勉強する時間を削って園遊会などに赴くことにしたのかが分からない。
絵羽は本を勝手に持ち出した楼座を恨めしそうに見る。楼座は絵羽を見ている。
「でも・・その・・・・本を駄目にしたのは・・・姉さんよね?」
 そう言って自分の保身しか考えない、言葉の裏腹に見える自分は羊だから危害を加えないでと両手をあげていそうな妹を見る。

 なんて甘いんだろう、

 口の中がどろどろに溶けていく、吐き気で胃袋事吐き出してしまいたくなるほどに!!
 この妹は、自分の保身しか考えれないのだ!!
 頭の中がやけに冷静になった。

「・・・そうね、本を駄目にしたのは私ね、私が悪かったわ」
素直に口に出す。
「でも勝手に持ち出したのはあんた。私もついていくからちゃんと謝りにいきましょう・・・ね?」
楼座は戸惑っている。
「大丈夫よ、本を駄目にしたことに比べたら・・・・・持ち出した事なんて些細な事でしょう??私を少しでも助けると思ってそこのところは正直に説明して頂戴、楼座。私には楼座の一言が必要なのよ」
 だからこそ彼女の望む甘くてどろどろとした言葉をお返しに吐いてやる。
 その言葉に楼座は目を丸くしてそして泣きそうに顔を歪めて絵羽に縋り小さな声で「うん」と頷いた。

 妹から甘い香りがした。(どんな香水を使っているのだろうか)
 慰めのように触れた肩は酷く柔らかかった。(この手に力を込めたら形が崩れてしまいそうだった)
 見上げてこちらを見る顔は可愛くて甘そうだった。(口をつけたらどんな味がするのだろう)



二人揃って金蔵の前に立った。
 眼の前に提示したのは水で駄目になった古い書物。

 金蔵の目は大きく見開き、皺が増えてきたその顔が怒りを露にして二人を見て言る。
 一番最初に、絵羽が口を開いた。

「本を勝手に持ち出したのは楼座です」

 金蔵は楼座を睨む楼座は肩をあげて怯える目で絵羽を見る。早く続きを言い怒りの目を自分から逸らしてくれと訴える瞳だ。

 だからこそ絵羽は笑う。
「本を駄目にしたのも楼座です。私は、この妹を庇ってやろうと思い此処まで来ましたが・・・・お父様を騙す事など考えれず此処で罪の告白をしました」

 絵羽は微笑みながら答えた。楼座が唖然とした顔で絵羽を見ていた。
 金蔵が口を開く。空気が揺れる程大きな声で、楼座への罵倒が始まる。
 楼座がいつまでも絵羽の方を見ているので金蔵は手を伸ばしてその腕を掴む。殴られる、と思った楼座は叫ぶ。
「うそ!うそうそ!!!だって姉さんが、絵羽姉さんが・・〜・っっ・・・・!!!」
 ぶんぶんと首を振りながら金蔵の
「あらぁ・・・悪いことをしておいて、その上私のせいにするつもりなの、楼座ぁ〜」
 泣きそうな目でこちらを見ている妹の目に語りかけてやる。
「絵羽は下がって構わん!!!園遊会に行くのであろう、楼座、お前は来い!!!」
 その一言で絵羽は頭を優雅に下げて彼女と父に背を向けた。

ざまーーーーーーーーーみろ!!!

 楼座が泣きながら謝るのを背に絵羽は笑い出したい衝動を堪えながら部屋を後にした。

 後は幼い娘に暴力がふるわれるバギ、グギっという生々しい打撲音。






 その日、絵羽は楼座の夢を見た。
自分の手にナイフ。飾り皿の上に妹はいた。
 絵羽はとてもおなかがすいていたので触れて食す為に装飾を脱がせ、妹その肢体に触れていった。手はべたべたになった。
 供、うんと小さな子のようにつるつるとした肌なのに、手は砂糖につけたかのようにべとべとしていく。
 しかし異様に吸い付きがよくて夢中になって手を這わせた。
 僅かばかり膨らんだ胸に指を這わせて先端部分の膨らみの周りを円をかくように触れた。おいしそうだったので甘噛みをしてみた。
「きゃっ」と声が聞こえた後で、「ねえ・・・さっ・・・・」と、熱が篭った上擦った声、が白い喉をつたって零れた。
 なんだかとても堪らなくなって調子にのって小さな膨らみを執拗にもみながら。スカートの間から手を入れた。わずかばかりの茂みをざらざらと撫でる。

 顔を真っ赤に染めながらも抵抗しない妹。顔にも態度にも出さないが、嫌なのだろうという事は伝わってくる。
 
 だって誰だって食べられるのは嫌だろう。

「怖いんでしょう、嫌でしょう・・・・私の事嫌いなんでしょう??」

 そうはっきりと言葉に出して聞いてみる。
 妹は手の動きに声を出しながら身体をくねらせながらも目を細めて首を健気に左右に振った。

「言葉にだしなさいよぉ・・・・そういう態度が、完全にあんたの事を嫌う事も出来ないでどうすればいいのか分からなくてあやふやで気持ち悪いのよ」

 言葉に出して嫌いだといわれば他の兄弟と同じでこちらも嫌えばいいだけの事。しかし妹がそれをしてこない。だからこそ自分はイラつくことしか出来ないのだ。

 妹は真赤にした顔で戸惑ったように顔をあげた。
 そして口の端をにやぁー・・・と皮肉気に歪めて何処かで見た事がある表情で吊り上げた。



「だって、それが狙いなんだもの」

 今日の朝、鏡で見た自分の顔そっくりだった。



 そこで夢は覚めた。
『冗談じゃないわよぉ・・・・・・・』
 どんな夢を見ているのだ、私は。
 朝の鳥の声を聞きながらうんざりとした勝手に頭が見せたものだと知りつつも後悔を感じていた。 
絵羽は乱れたブラウンの髪を片手で掻き揚げ深い溜息いをついた。


 昨日の事を一度謝っておくかと絵羽は部屋のドアをノックした。
「楼座ぁ〜〜〜〜ろ・う・ざぁ〜〜〜〜〜」

 流石に返事はなかった。まぁ当り前だろうと絵羽は後ろを向いた。

 そうだ、いい加減、妹だって目が覚めた事だろう。

 お菓子の家は魔女のもの
 白雪姫は7人の小人より王子を選び
 手がかりが硝子の靴だけじゃ王子は現れない。

 泣けばいい、言葉で抵抗すればいい、いい加減、羊は卒業する時間なのだから。
 絵羽が立ち去ろうとした時だった。

ガチャリ、と扉が開いた。
 絵羽は目を見開きゆっくりと振り返った。

「ごめんなさい、絵羽姉さん、まだ寝ていたの。折角来てくれたのにごめんなさい。来てくれてありがとう姉さん」

 楼座は笑っている。その目は真赤に腫れていた。絵羽は気味の悪さを感じる。
「・・・・・・・・昨日はごめんなさぁい、」
 態度を崩さずへらへらとたっぷりの嫌みを含めて絵羽は妖艶に目を細めて楼座に語りかけた。
「でも、大好きな私の為ならお父様に怒られるぐらい、楼座はやってくれるわよね」
 そう微笑んでみてやった。
 妹の口から「誰がッッ!!」と怒る事を期待して。
 その目が甘い童話から目を覚めて現実に浮上する事を祈って。





「ええ、勿論、大好きな絵羽姉さんの為なら仕方がないわ」
 
 そう、ゆっくりと口の端を吊り上げて楼座は、おっとりと微笑んだ。
 薄く開かれた目の色はとても綺麗に透き通っていた。
 
 絵羽の唇は酷く痙攣した。












Roses are red,Violets are blue.Sugar is sweet,So are you. 
(ばらはあかい すみれはあおい 
おさとうはあまい そうしてきみも)

080821








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