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●EP3最終ネタバレ注意
●戦人と縁寿
柔らかいシーツの感触、噛み締めるように寝返りをうち布団を引き寄せる。寝心地がいいのは先程から安穏たる夢を繰り返し繰り返し見ているからだ。
「戦人兄さん起きて」
その気持ちのいい眠りを妨害する声が聞こえた。しかし、柔らかい声だったのでそれほどの不快感はない、
「・・・兄さん、」
次に淡々とした声が鼓膜を揺らす。
戦人は何処かで聞き覚えのある声だとぼんやりと考え、声に怒気が含まれては大変だ、と、瞼を薄く開けた。
白い光を視界が捉えて目に染みる、其処に影が覆い被さりようやく戦人は目を覚ました。
「やっと起きたの・・・?」
呆れたような口調、物言いに戦人はつい「うるせーよ・・・」、もうほっとけよ。腐れ魔女。と短く返す、返した後で、それが黄金の魔女ではない事に気づき、目を大きく丸く開けて上半身を起こしあげた。その時に自分の顔を覗きこんでいた少女と頭が勢いよくぶつかりあいお互い額を押さえて似たような顔付きで悶絶する羽目になったのだが。
「え・・・・んじぇ・・・・」
戦人が不明慮な発音でたどたどしくその名前を呼ぶ。呼ばれた少女は同じように額を押さえながら、不機嫌そうに「何?」と言葉を落とす。
「いや・・・・」
戦人は額を押さえながら何処か違和感を感じながら縁寿をゆっくりと見る。右代宮縁寿は自分の腹違いの妹である。
『ん?んんん・・・・・・???』
まじまじと戦人は身体をベッドの脇で蹲っている妹を見る。
縁寿は少し戸惑ったように戦人の目を見ている。
「・・・・・お前、誰・・・・・だ?」
戦人がぽつりと言葉を落とした。
縁寿の顔が不機嫌そうに歪んだ。
だって仕方ない。
自分の妹の縁寿はまだ六歳だった筈だ。こんなに胸も膨らんでないし可愛いらしい人懐っこい顔付きからからこんな近寄り難そうな程の美人にも成長もしていない。
何よりこんな絶望しきった人間がするような暗い濁った瞳をしていなかったではないか。
無邪気そうに戦人の後ろをついて周り「兄さん、兄さん、戦人、兄さん」と自分を呼んでいたのを思い出す。
そこで荒い息をつく、呼吸がしんどい。
正直に言うと戦人は縁寿が苦手だった。いや、正確には『縁寿』という存在が。何しろ彼女を慈しむという事は憎らしい、母と自分への裏切りを肯定し許す事にも繋がるのだから。
でも縁寿には罪はないと可愛がってはきたが。
そこで思い出す。そうだ、彼女は自分を救う為にわざわざこんな怖いところにやってきたのではないかと。
「いっひっひ・・・・しっかしよぉ・・・・こんな美人になるなら将来の約束でもさせときゃよかったぜ。あああ、これだけ美人なら悪い虫もついちまったんだろうな。いっひっひっひ・・・」
「はぁ?」
縁寿は無機物のような顔を嫌悪で歪ませ、眉間に皺を寄せた。
「本当に・・・・・怒るわよ、」
睨みだけで殺せそうな程に縁寿は戦人を睨んだ。
しかし、その声が若干震えている事に気づく。
そしてその言葉にカチリ、と記憶のピースが嵌る。
「ご めんな、」
戦人はそう言って口の端を笑みとも歪みともとれぬほど吊り上げた。
「また、死んだ」
ぽつりと落とされた声に、縁寿は無言で戦人を見た。
心地よさそうな真っ白なスーツの上にべっちゃりと赤い染みが彼岸に咲く華のように広がっていた。
虫のような弱弱しい息で戦人は再び荒い息を吐く。
意識の覚醒とともに痛みも蘇ってきた。
「いっひっひ、お前に恥かしいところみせちまったな・・・・・」
虚勢をはり、少しでもかっこうがつくように笑ってみせる。
兄とは、妹の前では常にかっこよくありたいものなのだ。
「そうね、横腹から体内器官をだらだらとはみ出しているあたりがだらしなくて恥ずかしいわね。見苦しいからしまったら?」
うん、なんだかこれ、恥かしいのレベルじゃねぇええええ!!!!
戦人は大きく叫びたかったがそれは下から湧き出た血によって咽ただけで終わった。
血を口から吐き出している。そんな戦人を見ながら縁寿は横に腰をかけて溜息をついた。もう、この盤は諦めたのだ。だからこの戦人を最後まで看取る決心をしたのだ。悲しむのは兄が気を失っている間にすませたのだろう。目が若干はれていた。起きない戦人の横で静かにずっと泣いていたのだ。この妹は。
「私は、誰かと付き合ったことは愚か、同年代の男の子とまともに喋った事すらないわよ」
ぽそりと言葉を落とす。先程の戦人の言葉に対する回答なのだろう。
戦人はきょとんと目を丸くした。
縁寿は12年後の絵羽によって常に孤独を強いられてくる環境に閉じ込められていた。親しくどころか、近づく人間すらいなかった。
「へぇ勿体無いねぇ・・・・俺の妹ながら、こんなに可愛いレディに育ったってのによぉ」
嘆くように戦人は呟き、そして昔と変わらない笑みで苦笑して縁寿の頭を撫でるのだ。血がべっとりだった手で撫でるものだから髪の毛にべっちゃり血がつく。しかし、暖かい。
それは、それは最大限の慈しみ用いて、ゆっくりとしかし遠慮なくわしゃわしゃと。
「12年前の兄さんは私がその手の熱をどれだけ欲していたかなど知らないわよね」
「え?」
「だったら、戦人兄さんが責任をとったらいいわ」
そういい縁寿は躊躇いなく上着脱ぎ、ベッドから落とす。
戦人がぽかんとなっているところで味気のない下着も外す。
血を流している戦人の上に跨った。ベッドのシーツを剥ぎ、戦人の肌と密着している服をはがすように脱がす、露になった赤い肌と自分の白い肌を合わしはじめる。
「ちょっ・・・ッッ・・・お前、何やってんだっ」
縁寿はふくよかな上半身を押し当てながら戦人に顔を近づける。
「お前、な、こういう事は、兄弟でするものじゃ・・・っ」
「私、戦人兄さんの熱しか知らないのよ、だから戦人兄さんの熱でいいのこの熱がいいの、」
スカートから覗く太腿は戦人にぐいぐいと押し当てられる。
膨らんだ柔らかい胸が、その突起部分が肌を擦る感触。
縁寿の息遣い、頭が出血とか色々混ざりいよいよくらくらする。
『うぉおおおおお・・・・・!!!!いくらフラグが立たないからって、それはいくらなんでも獣道すぎるぜ?!俺!!ぅおおおお、おい、えんじぇ、えんじぇぇええええ・・・・・・・!!!!!!』
叫びたいが喉からはひゅーひゅーと息が出るばかり、嫌な汗をかきながら戦人は見る事しか出来ない。
白い、太陽にも何者にも汚された事のない、陶器のような肌が自分の赤い血で汚れていく。それはなんとも妖艶だと思った、思わず手を伸ばそうとした、
「・・・暖かい」
その一言で手が空中に止まった。
縁寿は手を戦人の肌に這わせて手と手とを重ねて自分の胸に押し当てる。その後でもう片方の手をゆっくりと戦人の心臓に押し当てた。
「生きてる、動いてる」
心臓を抑えながら愛おしそうにそう呟いた。
その言葉に戦人の葛藤は一気に吹き飛んでいた。
「縁寿・・・・・」
静かに名前を呼んでやる。
「喋ってる、笑ってる、」
その言葉は何処か震えていた。
「ああ・・・・・だけど、もうすぐ死ぬぜ・・・いっひっひっひ・・・・ほんと・・・なさけねぇ」
戦人がそう言って笑った。縁寿は戦人を見る。
「大丈夫よ、絶対、絶対絶対絶対・・・連れて帰るから」
「・・・・・・・ああ」
「自分の物をとられるの、好きじゃないの」
「はは・・・霧江さん似だな、そういうところ」
戦人は苦笑する。
「料理は上手いの」
「・・・・・ほんとかよ」
「礼儀作法も完璧よ、何処かの女が隔離した学校のおかげで」
「へぇ、そうはみえねぇけどな」
いっひっひと笑う。
「だから、精一杯おもてなししてあげるわ。だから帰ろう、帰ろうね、兄さん、兄さんだけでも、私は、絶対に連れて帰るから・・・何度だって諦めない、・・・・戦人兄さん・・・兄さん・・・・」
そう言って戦人の上で動かなくなってしまった縁寿に戦人は手を回してその背中を擦った。幼子をあやすようだと戦人は遠のく意識で思った。
彼女は自分を助けるつもりでここに来たのだろう。
逆に言うと、彼女は自分しか助けるつもりはないらしい。
『駄目だぜ、全然駄目だ』
戦人は、全員を、右代宮家の人間を全員助けるつもりでいる。
だから
ごめんな、まだ当分帰れそうにない。
今ごろ実家で大好きなぬいぐるみを抱いてお気に入りの使用人と一緒に家族の帰りを待っている妹の事を思い浮かべた。少し悲しくなった。そんな妹の事を思いながら、戦人はそっと目を閉じた。
夢の先にて星を食う
Golden slumber kiss youe eyes
(至福のまどろみが君の目にキス)
080818
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