●御礼記念SS
●戦人×楼座
●微鬱
●捏造万歳












ゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴト

 胸が締め付けられるようなこれから先が全く見えない不安と一雫の希望を胸に揺れる電車の中、
 横で疲れて眠ってしまっている娘が自分に寄りかかっている、長い袖から出てきた手は楼座の服の端をしっかりと掴んでいる。

 それだけなのに
 その子の人生の責任まで課された気分で(事実そうなのだが)楼座は赤いシートの上で小さく座っていた。
 外は暗闇。窓には電車の内部がそれはそれは鮮やかにくっきりと写っており憂鬱な自分の心境がそのまま顔に出ている事もわかった。
 深い溜息をつく。
 知らない町の明かりはとても綺麗に見えた。
 




 日が真上に昇った頃に楼座は安宿を出て真里亞の手を引いてその家の前に立った。
 飲み込む空気は高く清清しい青色の空に対して何処までも重苦しい。
 右代宮楼座はそれでもその息をお腹一杯に吸い込み、呼吸を整えた。
 意を決してチャイムに手を伸ばす。
 、伸ばしたが、その手が空中でかたかたと震えているのに気がついて弱弱しく顔を歪めて慌てて手を引込めた。暑い日差しの中だというのに明らかに冷たい汗が背中をつたう。
「うー・・・ママぁ、大丈夫??」
 横で楼座がリボンをつけてあげた可愛らしい黒の麦わら帽子を被った真里亞が不思議そうに首を捻っている。

「だ、大丈夫よ、真里亞、大丈夫だから」
 楼座は小さく笑みを零してから真里亞の頭を帽子の上から撫でた。
 勇気を貰った。
 もう一度チャイムに手を伸ばした、
 同時に、
ガチャリ、と短く音が響いた。まだチャイムは押していない。頭の中で思い浮かんだ手順がばらばらになり驚きで目を開ける。
 そんな楼座に構わずその隙間からはひょっこりと顔が出てきた。
 
『明日夢さん?』

 瞬時そう思ったがそれはありえない。彼女は死んだと聞いた。
 よく見れば顔立ちは似ているが髪が短い、男だ。
 口から蛍光色の青いアイスを加えた男が出てくる、いや、背は高いが男というよりはまだあどけない表情からして十代後半かもしれない。楼座はそこまで見た後に、これは誰だろかと思考を戻す、
 それは向こうも同じだったらしい。
 神妙な顔付きでじっと真里亞を見ている。その後で楼座に目線がいき、目を大きく開く。

「あれ、楼座叔母さん??」
人懐っこそうな笑みで記憶が一致。
「ひょっとして、ば、戦人くん・・・・???」 
 まだ背の低かった少年の顔とあわせる。いつもちょこちょこと楼座の後をついてきたり母親にべったりだったりした少年。
 そうかあれから六年近くたっているのだ、と納得。自分の記憶の中の彼はそれは成長している。
「そうなると、このちっこいのは真里亞か??いっひっひ、すっかりお嬢様になっちまって!」
 笑いながら無遠慮に真里亞の頭を撫でる。警戒した目で戦人を見ていた真里亞はきょとんとした顔をした後でその行為に口の端を吊り上げて楽しそうに笑っていた。
「うーうー!これ、誰!ママ、これだれぇー」
「これじゃねーよ、戦人だ、右代宮戦人だぜ〜真里亞ぁ〜〜〜」
 爽快に笑いながら真里亞に顔を近づけて笑っている。
「ん、でもどうしたんだ、楼座叔母さん?なんだってこんな所まで・・・」
「あ、あの・・・・兄さんには連絡を入れてたはずなんだけど」
 そう楼座が切り出すと戦人は少し考えるように首を捻る。
「いや、俺は聞いてないっすよ?あの適当な親父の事だ。忘れてどっかいっちまったんですかね?」
「そ、そうなの・・・・」
 楼座は血の気がひく思いだった。やはり、兄弟など思わないほうがいいのだ、期待をした自分が馬鹿だった。

「その、中で・・・待たせてもらっていいかしら・・・・」

 楼座の消え入りそうな声に戦人は「え」と言葉を落とす。
「えええっと、今、家の中、散らかっててよ・・・・・・・・」
 焦ったように声をだす、が、楼座が不安そうな顔をしているのを見て息をつく。
「いいっすよ、親父、いつ帰ってくるか分からないけどよ」

 この甥も迷惑に思っているのだろうか。ずっと音信不通、一族と縁を切ると右代宮から離れていた6年ぶりにあう叔母がいきなり子供を連れて家の中にあがりこむというこの事態に。







 家の中はクーラーが強くきいており少し肌寒い。
 床の間に通されソファーの上に腰を下ろし、動き回る真里亞に静かにするように注意を促す。
 部屋の中は全然綺麗だった。

「でも久しぶり、楼座叔母さん。また会えて嬉しいっす」
 その声に楼座は穏やかに苦笑い。
「そうね、もう私も右代宮の人には会わないものだと思っていたわ」
 お互いの苦笑で少し気まずい。

 楼座は6年前に右代宮に嫌気をさして財産も何もいらないと縁をきったのだ。
 その頃には夫もいたし趣味ではじめた店も軌道にのりそうだった。
 全てが輝いていた。腐ったドロドロとした一族などもう関わりたくなかったのだ。

『それが、真里亞にとっても最良だと思ったのよ』

 楼座は静かに俯く。
「真里亞とも6年ぶりの六軒島以来だなぁ、覚えてるか、真里亞ぁ」
「うーうー六年ぶり!」
 戦人が笑うと真里亞もつられて笑うが三歳の頃の話だ。
おそらくこの子は覚えていないだろうなぁと思う。
 
 逆に楼座は六軒島の事は鮮明に少しも色あせることなくよく覚えている。
 毎日、夢で見るのだ。そこに何故か黄金の魔女という女が現れるのだが。
 そしてどうすれば自分の屈辱を拭いきれるかどうかという問いをして答えてもないのに勝手に答えを出す。
 その答えだ、といいその口に料理された親族の塊をつめこんでいくのだ。
 泣きながら謝り、楼座はいう。
『私は、やりなおせたらいい、あの子みたいに、縁を切るわ!
 そしたらこんなこと、こんな島になんて来ないし、真里亞とも幸せにやっていけるはずよぉ・・・・右代宮と縁を切るから、もう関わらないから、どうか私だけは許して・・・!!』

 そして目を覚ますのだ。だからだろうか、少しもあの島からの呪縛から逃れられた気がしない。

 出された生温い麦茶に口をつける。

「留弗夫兄さんはいつぐらい帰ってくるか分かるかしら?」
「さぁ・・・・ちょっとわかんないっすね」

 戦人は申し訳なさそうに謝る。この子が悪いわけじゃないと楼座は静かに首をふる。 

「しっかし、ほんと、真里亞は可愛くなったなぁ!やっぱり楼座叔母さんの子供だもんな」

 戦人はそう言って優しく笑う。楼座はそんな戦人を見て不思議に思う。あの兄の子供にしては随分と柔らかいと思った。
『でも、油断をしちゃ駄目・・・・だってこの子、ずっと右代宮の子供だったわけだもの』
 楼座は震えそうな手を麦茶のグラスを持つ事で抑えた。

「でも本当によかった。叔母さん元気そうで」
「・・・ありがとう戦人くん」
「ずっと心配だったから、叔母さんの事は」
「・・・?なんで戦人くんがそこまで」
「昔、よく可愛がってくれただろう?年の離れたお姉さんって感じでよ、俺あのころすっげー叔母さんの事好きだったからよ」


 戦人は苦笑しながら楼座を見る。その目は安堵を含んでいる。本当に心配してた顔。
疑った自分を恥じる。

 そして久しぶりに人から掛けられた暖かい言葉に思わず楼座は驚いている。
 どれだけ同情に飢えていたんだろう、と我ながら呆れる。

「朱香志も譲治の兄貴も絵羽叔母さんとかも優しかったし遊んでくれたけどよ、やっぱりあの時のガキだった俺にとって楼座叔母さんみたいな優しい人っていなかったからよ」
 もう、やめてほしい。自分はそんな出来た人間じゃない。楼座は思いながら、楼座によってきてべったりとくっついている真里亞の手を握ってやる。

 真里亞はいつも楼座にべったりだ。
 それをみて戦人は少し難しい顔をしている。
 どうしたのだろう、不安になりながら楼座はその戦人の顔をみている。

「なぁ・・・・叔母さん、ストックホルム症候群って知ってるか?」
 楼座は顔をあげる。そして首を横に振る。
「ごめんなさい、知らないわ」
「えっとよ、誘拐事件が起きたとするだろう?当然、被害者は怖い目にあうだろう。それなのに救出された被害者は犯人の事を責めるどころか反対に庇うってことがあるんだ、なんでだと思う?」

「さぁ分からないわ・・・」

「被害者は、犯人と長い間、接しているうちに犯人に同情したんだ。犯人の動機とかきいて犯人に親近感を覚えるようになったんだ」
「自分を誘拐した犯人に親近感ね・・・・」

「でもそれってよ、結局は脳が自分の自我を守る為に行った誤作動でしかないんだ」

「誤作動・・・・?」

「そう、こんな事あるわけがない、っていう脳のパニックを自分でも理解できる感情で無理矢理処理しようとしてしまって犯人に同情するしかなくなるんだ」

「へぇ・・・・・」
面白い話だと思うが何故戦人がこんな話をはじめたかどうか分からない。


「けっこうこれって家族内でおこる事が多いんだよな」
 楼座は目を大きく見開く。
「つまり家庭内暴力っていうのかな・・・・親が酷くても子供は自分が悪いからって思い込むんだ。だから殴られて仕方ないって、それでも自分を見てくれている親に異様な愛情を感じてしまって普通に育てられた子供より親の事を愛しちまうんだってよ、脳の誤作用なのにな」

 ぼんやりと戦人はつぶやきながら暇そうに欠伸をした。「だからきっと、子供は…親の事が嫌えなくて、ああ、だから後悔が」

「な、何がいいたいわけ!!」

 楼座は耐え切れなくなり立ち上がった。
 戦人は目を丸くしている。

「ま、真里亞が、私を慕ってくれるのは、その脳の混乱だとでもいいたいの?!違うでしょぉ、真里亞はちゃんと私の事がすきなのよ、私は・・・・真里亞に好かれてる。真里亞は私の事が好きで、だから、真里亞しか私の事を好きじゃなくて、だから真里亞が必要で、でも真里亞は・・・・」

やっぱりだ!やっぱりこの男は意地悪な留弗夫兄さんの息子なんだ!!油断させといて、酷い言葉で私を傷つける!!!!
 楼座は泣きそうな顔で戦人を睨む。

「へ?いや、違くて、・・・・んんん???・・・・・・・ああそうか、楼座叔母さんも」

 そう言って戦人は真里亞の腕を優しく、夏のなのに着込んだ長い袖を捲る。
 楼座が「やめて、」と小さく悲鳴をあげたが間に合わなかった、戦人はしっかりとその袖の下の腕を見る。赤く、明らかに殴ったあとや抓ったあと、白い腕に痕跡はしっかりと刻まれているのだ。
「楼座叔母さんもしっかりと右代宮かぁ。でも絵羽伯母さんや蔵臼叔父さんは子供にこんな事しないだろうな」

「ーーーーーーーーッッ!!!その代わり!!私が被害にあってたのよ!ずっと!!ずっと!!!!留弗夫兄さんなんて、その上・・・!!!」

 何も言わずに楼座は泣きそうに表情を歪める。
 真里亞は引き攣った顔で悲しそうに楼座を見ている。
 戦人はその視線を静かに受け取る。それが今の最良の策であると言わんばかりに。

「・・・・・・・・・・叔母さん」
 戦人は静かに呟く。
 ゆっくりと楼座に近づいて優しく抱きしめる。
 突然の抱擁に吃驚と肩を震わす楼座の耳に息を吹きかけるように戦人は「楼座さん、落ち着けって」と言葉を落とす。
 楼座は混乱、混乱、ただ混乱。人生の中でこんなに優しく抱きしめてもらったことなんてない。
「いっひっひ、俺の夢がかなった」
 なんのことだろう、と楼座は顔をあげる。
「おれ、楼座叔母さんにはすっげーーーー幸せになってほしいです」

 なによ、それ、

 楼座が言葉落とす前に戦人は腰に回した手に力を入れて強く楼座を抱きしめる。
「すっごく幸せになってほしい」

 もう一度繰り返して顔を見てゆっくりと唇をつけられた。
流石に驚いた。ぱちくりとしている楼座を見て戦人は楼座をもう一度抱きしめた。
「好きだった、無事でよかった、会えてよかった、元気そうで・・・・・・・よかった」
 戸惑いの表情に対して戦人は申し訳ない顔をしている。
「俺はそんなつもりじゃなくてよ、昔、優しく真里亞の頭を撫でてた叔母さんとかさ、俺に優しくしてくれた姿とかさ、今も真里亞に好かれてる叔母さんを見て、羨ましくなって思わず話しただけなんだよ、悪かったよ、知らなかったからさ」
 楼座その言葉に首を横にぶんぶんとふる。そんなの自分の方だと、勝手に勘違いして勝手にヒステリックに叫んで、この子にこんな顔をさせている。 自分を心配してくれたこの子に。

「真里亞を幸せにしてやってください、叔母さんなら、多分今からでもできるからよ」

 戦人は苦笑。横で何がおこったかわからなそうにしている真里亞に笑いかけてやる。
 楼座は力が抜けたようにソファーに座り込む。
 そして首を横にふる。

「ありがとう。でも多分、無理。
私、その色々騙されて、お金がなくて、だから、此処に今日来たのも兄さんにお金を借りるためで・・・でも兄さんはいないし・・・電話口で凄く馬鹿にされて、その・・・・でも私、ここまで来ちゃって・・・・」

 途切れ途切れに言葉を落とす楼座に戦人は神妙な顔をしている。
「金ってどのくらいだ?」
 その言葉に楼座はぼそぼそと金額をつげる。戦人は奥に引込む。
 なに正直に戦人に話しているんだろう、などと思いながら楼座は真里亞の頭を優しく撫でている。

 そこで、ふと、カーペットがずれている事に気づく。なんとなく気になり、直そうとしてそれが視界に入る。
 楼座は一瞬言葉を失った。

「叔母さん」
 声を掛けられて勢いよく顔をあげる。

 手には封筒に入った札束。

「これ、親父の金庫から拝借してきた。これもってけよ」
「で、でも・・・・そ、その・・・」
 楼座は混乱した顔で戦人を見る。
「ああ・・・・いいんすよ、親父達は当分帰ってこないから」
 いっひっひっひと愉快そうに戦人は笑う。
 そして真里亞の頭をもう一度撫でて楼座を立たせて玄関まで押しやる。背中を押されて楼座は寒い廊下をあるく。生温い麦茶の事を思い出す。
 玄関を開けると耳に煩いくらいの蝉の鳴き声がリアルに聞こえてきた。

「ああ、あとその金、返さなくてもいいと思うぜ、いっひっひ、困るのは俺じゃねーし、どうせ親父の事だから綺麗な金でもねぇと思うけどよ、」

「戦人、く・・・・・」
 振り返って困惑顔の楼座に戦人はゆったりと笑う。
「黄金の魔女曰く」
 戦人は言葉を切る。黄金の魔女?なんだろう何かの偉人の名称だろうか。楼座の困惑顔に戦人は不敵な、彼らしい笑みで(可笑しいそんな顔を見たのは今日が始めてなのに!)笑う。

「人間はあがく程、輝くらしいので、頑張ってみてください」
 頑張ってなど無責任な言葉よくもまぁいえたものだ。所詮は子供なのだ、この子は。楼座はそう思いながら戦人に手を伸ばそうとする、その手を戦人は握って唇を落としてかえす。 
「多分俺もこの後またあがくことになると思うんで、今回はその、上手くいかなかったんだけどよぉ・・・・」

 この子が言う事は時々わけがわからない。
どこか達観したような顔で戦人は笑う。


「じゃあ、楼座叔母さん真里亞、お元気で」


 真里亞が元気よく「うー戦人、ばいばいー」と手をふる。
 戦人は扉を閉めた、その隙間、最後の最後で戦人は泣きそうに笑っていたので、楼座は胸が締め付けられるような思いでいっぱいになった。
 暫く動けなかった楼座だが、手元に握った札束をぎゅっと握りしめて鞄の奥に乱暴に詰め込んだ。
 その後で真里亞の手を優しく握って駆けた。

 
 意地悪な兄ではあったが、
 多分もう会えないのだろな、と思うと自然と涙がぼろぼろ出た。
 
 でもこれは兄の為に泣いているのではなく。恐らくは。


「戦人くん・・・・・ッッ・・・・」

 あの子だって守ってあげるべきだったのだ。
 私はあの子の孤独を知った、六年前に右代宮と決別したことから、
『え、なんで?あの子はずっと右代宮にいて????』
 よく分からない。
 ただ、今の自分には全てが関係がなくなってしまった事に思えた。
 ただ、自分になついてくれていた甥の姿だけが頭を過ぎる。


 ミンミンミンと煩い夏の雑音が響き渡る。

 穏やかな、本当に穏やかな昼下がり民家が立ち並ぶ最中、葉だけになった桜の木が作り出す日陰と青い空が対照的なその狭間、コンクリートの地面の上で楼座は嗚咽を零して蹲る。心配そうな顔をした真里亞が楼座の名前を呼んで楼座はその小さな身体を抱きしめて動かなくなった。
 黒い麦わら帽子が落ちて地面に落ちていた。





 
(純愛、純情くそったれ。知るか知るか知るか知るか、勝手に理想幻想を押して、綺麗な思い出だけ見てくれるな。
そう馬鹿にしながら私こそきっといつまでも夢見る少女のように縋りつくのだろう。
仕方ないから後は嫌な思い出を盾に逃げ回ることにしよう
振り返らないですむように




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