●宮田と美耶子






 最近どうにもこうにも疲れがとれないな


 宮田はぼんやりと思いながら黒いドクターバックを持って村内を歩く。足が重い、と思う。疲れているのだろうか。
 日差しこそは落ち込んで空の向こうからは黄昏色が青色を塗りつぶしている最中とはいえまだまだ暑い。暫く歩いた事もありうっすらと額にかいた汗を手の袖で拭った。

「宮田先生ーーーーお疲れ様でーーーす!!」

 そのゆったりとした宮田の足取りの横を颯爽と二人乗りの自転車が通りすぎていき子供が挨拶をして去っていった。
 一瞬二人乗りは危ないどうのこうを注意すべきかと思ったが自分はそんな人間でもないかと軽く目線を向けただけだった。
 その後は擦れ違った老婆に挨拶。
 向こうが老人ならではの笑顔で手を振った。
畑には水が張られており夕暮時の村内に煩いくらいの蛙の鳴き声が聞こえはじめる。
「明日は雨ですかねー」
 耳を澄ましていた宮田の横をいつの間にか警察官がひょっこりと顔を覗かせて声をかけてきた。
「さあ・・どうでしょう」
 宮田は一言どうでもいいの意味も含めて警察官に返す。彼はそんな宮田の態度は慣れているのか特に気にした様子もなく「宮田先生も暑い中ご苦労様です」とにこやかに笑って去っていく。

 
 穏やか、かつ平穏だ。

 宮田は無感動にそれらを受け止めていた。








「お前の足に無数の亡者の手が絡み付いているぞ」


 いきなり部屋についての一言目がそれだった為、宮田の先程までのゆったりとした感情は綺麗に霧散してしまった。
 美耶子は歪んだ宮田の顔に満足気に、にやぁあああ・・・と表情を緩めて勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
 それに対して宮田はなんと返そうか暫く悩んだ後でゆっくりと「そうですか」とドクターバックを開き中から聴音機を取り出す。
 美耶子はもう慣れている宮田の検診の流れにそってなんの恥じらいもなく上半身の服を脱ぐ。
 簡素なワンピース紐を肩から外しただけだが。
 真っ白い、日の光に全く晒された事がない肌は陶器のように滑らか。
「腐乱した手がお前を引張ってるぞ」
「いつから美耶子様は霊の姿まで感知できるようになられたのですか」
 淡々と言葉を返しながら僅かな盛り上がりに冷たい金属部分を宛てると僅か美耶子は眉を寄せた。
「冷たい」
「そうか」
 彼女の三文字不満に三文字で返しながら心臓の音を聞く。
「やらしい」
「なにがだ」
 目線をあげると美耶子がまた笑っている。

「さっきから私の胸ばかりみてるだろう、お前」
 この少女は生まれつき目が見えない。
 なのにそう言ってく来るという事は、彼女の能力である 幻視、他人の視界を通して物を見たという事だろう。この場でいうと宮田の目線。
 まぁ確かに、と宮田は納得。
「当り前ですよ、貴方の胸を見ているんですから」
 言葉を返しながら動悸に異常なし、と道具を外す。
 美耶子に目線を向けると非常につまらなそうな顔をしている。
『一体どんな反応がほしかったわけだ』
 ぼんやりと思いながら宮田は近づき美耶子の顔に手を伸ばそうとする。
「見ても無駄な事をするな」
「検診なので」
「つまらない、答え、ついでに血生臭くてたまらない」
 今度のつまらないは口にまで言って出した。
 宮田は構わず美耶子の頬を掴瞼を開けてペンライトで眼球を覗く。その全くない反応を紙に書き写していく。
 目から僅か手を離したときだった。
 美耶子が両手を突き出して宮田から距離を取った。
「?」
 宮田がその様子を見ていると美耶子は三面鏡の化粧台の横にあった四角の椅子を押してきて其処に座った。
 そして傷一つない綺麗な足を宮田の顔に向けて伸ばした。 
 宮田が困惑した顔をしたので少し楽しそうに笑みを作ってやる。


「舐めろ、宮田の犬が」

 美耶子が心底宮田を見下したような目線でそう命令をした。
 空気が流石に固まる。
 暫くそのままの空気でやがて宮田は諦めたように深い息をついた。
 そしてそして両手で美耶子の足を壊れ物を扱うかのように優しく包んだ。
 この動作に驚いたのは美耶子だ。まさか冗談のつもりだったのか?宮田はそれに気づいたがその足首に力を入れていき逃げれないように掴んだ。
 そして口を美耶子の足に親指に爪先につける。
 びくりと美耶子の小さな体が震えたので続行。舌をだして指と指との隙間から這わす。
「・・・馬鹿っ本当に舐めるな、!」
 美耶子が顔を赤くして叫んだが宮田は気にもとめずにわざとぴちゃぴちゃと音を立てる。
「ん・・・っ・・ぁ・・・っ・・」
 くすぐったそうに、身を捩ったさいに椅子から落ちた。畳みの上に腰をぶつけたみたいだが宮田はその足を離さない。
 変わらず足を舐め続けている。
「ふっ・・・ぅ・・・」
 美耶子が口から悩ましい声を出しながら悔しそうに目を細め、焦点の合わない目で宮田を睨んでいる。もう片方の足で宮田を蹴りはじめるが宮田は言われるがままに美耶子の足に触れていく。
「やっ・・・・」
「亡霊は、」
 そこで宮田は口を僅か開く。
「亡霊達は私の美耶子様に対するこの所業を見てなんといっていますか」
 笑うように問い掛けると美耶子はその白い肌を耳まで真赤に染めた。
「・・・っこの」
 美耶子が叫ぶ前に、

「な、何をしている、宮田!!!」

 後ろからきんきんと耳に響くぐらいの叫び声が聞こえた。
 振り返ると其処は仰天した顔の白いシャツを乱す事なくぴっしりと着込んだこの家の跡継ぎ、婿養子の神代淳が立っていた。
 宮田は暫く自分の格好を考え美耶子の足から口を離し美耶子を椅子の上に座らせる。

「診察中です」
「白々しすぎだぞ、お前?!」

 淳が叫びつつ美耶子に駆け寄る。すぐにでも居間に飾ってある刀を持って襲い掛かってきそうな形相で宮田を見た。
 宮田は
「美耶子様のご命令でしたので」
 そう言葉を返す。
「違う、そこの宮田が私を挑発してきたからだ」
 美耶子にそれに対してすぐに反応。
「お前たちもう黙れ!!」
 その美耶子の様子を見て彼女がそれを命令したのは確かなのだろう、と、宮田の犬は何処までも忠実なのだ、と淳は大きな溜息をついた。

 そうとなれば二人のいい訳など聞くつもりはない。
 怒鳴ってやるか何か、美耶子は幽閉部屋から日が当たらない牢獄に入れるなどの罰を与えようと淳は二人に向き直った。
 そこで二人も同時にじっと淳を見た。
 宮田の目も、美耶子の目もどちらも光が全く差し込んでいない。死んだ人間のような目をしていた。
人生に絶望しきっている人間の目だ。
 二人の目に一瞬たじろぐ淳。
 
「時期当主様はいつもにまして機嫌が悪いみたいですが」
「ああ、先程、亜矢子にヒステリックに詰め寄られた後だから。原因は私の黒髪は綺麗だと亜矢子の前でぼんやりと喋ったからだ。あの子の容姿ばっかり褒めて!!と叫ばれてた」
 構わず会話を続ける宮田と美耶子に淳は目を大きく開けた。
「そこ、こそこそと話をするな!そしてなんでそんな事まで知っているんだ!!幻視の力か・・・!勝手に僕の視界を盗み見たのか??!!」
 淳は一歩距離をとり美耶子を睨む形で見た。
「言ったよな、僕と亜矢子の目を盗み見たらそれなりの罰を与えると・・・美耶子」
 ねっとりとした目で淳が美耶子の体を見る。美耶子は侮蔑を含んだ笑みを零す。
「安心して。お前達の目など見ていないから」
 美耶子が心底嫌そうな顔をする。
「じゃ・・じゃあなんで知っているんだ・・・!!」
「ただ、使用人達の目を借りただけ」
「この村にはプライバシーはないのか??!!」
 淳が絶叫して頭を抱えている横で宮田は少し思いついたように美耶子に向き直る。
「美耶子様。ちなみに私の兄・・・求道師は何をしていますか」
 美耶子は静かに唸る。そして見えない目を開けて宮田の顔をげんなりとみる。
「求道女の膝の上でよしよしと頭を撫でてもらっていた」
「それはそれは見苦しいものを見て頂きありがとうございました。27にもなる男がなんて無様な様だ。滑稽だな」
「確かに27にもなる男が泣きながら甘える姿なんて見苦しかった」
「お前ら本当に酷いな!!!」
 淳が叫びつつ肩で息を整える。ここにいたらペースを崩される、と宮田を睨む。
「今度、花嫁にこんな事をしていれば宮田、お前の首がそこに転がる事と思えよ!!」
 なんとか捨て台詞を残した。そして怒りで肩を揺らしながら襖をあけたまま去っていった。

 美耶子は暫くその後ろ姿を見つめた後で
「宮田、今だ、見張りがいなくなった。私を連れて逃げて」
期待はしていなさそうな、それなのに縋るような声で呟いた。
 宮田はゆっくりと口の端を歪める。

「私ごときにはその大役は一生務まりません」
「お前ぐらいしかこの村ではいないというのにか?」
「ええ、無理です」

 美耶子の泣きそうな目に宮田はゆっくりと見えない視線を合わせていく。
「あと・・・勝手に此処を抜け出さない事ですね。狭い村ですから、貴方を見かけたという目撃者が出るたびに私が忙しくなる、それに新しく出来た人間の友達を・・・失いたくないでしょう」
 歌うように囁きかけられた宮田の言葉に美耶子は美しい造形を歪めた。
 宮田はドクターバックに器具を入れていくつかの湿布と薬を並べて簡単に使用法を伝えた。
 そして立ち上がり「では私はこれで」といつものように力なく答えた。
 美耶子は変わらず睨みつけるように宮田を見る。


「実は私にお前に縋る亡霊なんて見えていない」
「そうですか、」

「その代わり私の生霊がお前が死なないものかといつも呪ってる!!!!」


 お前にも私にも平穏などあるものか、と、美耶子が美しい造形を凶悪に吊り上げて笑った。


「それはご熱心にありがとうございます」

 無数の死者達の腐った手足が自分に絡まって引張る妄想が目に浮かんだ。
 その最短で美耶子が美しい微笑みを零しながら首に手を 回して動けなくなった宮田に呪いの言葉を小鳥の囀りのように軽やかに告げるのだ。
なんと心地いい事か。
 宮田もなんだか愉快になり口の端を吊り上げて笑った。








080611
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(生きながら死んでるので毎日がまるでお葬式!!)



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