いいこにしますから
●なんだか暗い鬱なので注意
●戦人×真里亞
●戦人が犯人です。
●捏造だらけの感情だけの話












駄目な時には厳しく、甘えさせてくれる時には思いっきり甘えさせてくれる、ただ静かに、そして思い出したかのように、でも最大限の愛をくれる人だったような気がする。
死んだ人間はどんどんと美化されていくものだというが、これはどうなんだろうな、と戦人は思った。
ただ、もう12になったというのに戦人の頭を優しく引き寄せて
「いい子ね、」
と頭を撫でてくれた感触だけは今でも忘れられないのだ。

『言ってしまえばそれだけが動機なんだよなぁ』

大気は渦を巻いていてその向こうから太陽が僅か覗いていて夕暮の光が千切れ千切れに泳ぐ雲の裏面を染めていた。
戦人はその様を暫く眺めていたがゆらりゆらりと足を進めだす。行く宛ては特にないのだがとにかく体が重い。

『くだらねぇよな、ほんと・・・・・・、』

 今日は念願が叶った。
 簡単に言ってしまえば彼は六年前からずっと右代宮家に復讐してやろうというつもりで今日まで過ごしてきた。
彼の中の葛藤は今日で消えたはずなのだ。
 それなのに、体が重くて仕方が無かった。

 どうしようか、どうしようか、

ゆっくりと考えながら随分と静かになった島をふらふらと徘徊する事にした。








「戦人くん、果物を剥いたら食べる?」
霧江が手に林檎を持って聞いてきた。
 学校から帰って来たばかりの戦人は食べると返答をしながら鞄をソファーの上に鞄をおこうとする。
 すると其処でだらしなく手を放りだして眠っている留弗夫を見た。
戦人は嫌悪に表情を歪ませる代わりに口元を上げる。
「おうおう、間抜け面だな」
冗談交じりに毒づきながらもう片方のソファーに腰を下ろす。
ビデオがつけっぱなしになっており其処には古い洋画のようなものが流れていた。
見ながら眠りについてしまっていたのか。
特に気にした様子もなく運ばれてきた林檎に礼を言って摘みながら、ブラウン管を覗き込む。
皺くちゃになった老婆が皺に涙を滲ませている。
『悲しい 悲しい 私はただ悲しいのです』
白黒映画の古いものだ、とある探偵が犯人の共犯者である老婆を追い詰めている一シーン。
そういえば昔何処かで見た映画だ。頭の隅にそのシーンは残っていた。
老婆は静かに罪の告白を続けている。
『あの湧き上るような葛藤もあの張り裂けたくなる衝動も今は静かに枯渇していき、あとに残った感情は、寂しい、寂しい、寂しいただ、それだけなのです』

それだけ告げると両手でその目を覆い隠して声を出しながら老婆は嗚咽を零し始めた。

「なんか、暗い映画だな」
どうせ見るならアクション映画が見たかった。
大体、自分が殺しておいて何が悲しいだ、何が寂しいだ。
復讐を果たせたのだからもっと嬉しそうな顔をすればいいじゃねぇか。

思いながらこの手の内容だからこの男も飽きて眠ってしまったのだろうと戦人はその男を見る。
 霧江が苦笑しながら持ってきたタオルケットをその上からそっと掛けてやっていた。
その様子を横目で見ながら先程の老婆の台詞を頭の中で反芻させる。
『張り裂けたくなる衝動、・・・・ね』
出てきた欠伸を噛み殺し、林檎をシャリっと音を立てた。
 口の中に甘酸っぱい酸味と仄かな香りを感じながら欠片を噛み砕いていた。



 



暫く歩けば薔薇園の入り口についた。
蕾だらけの薔薇園は雨上がりの後なだけあり華の匂いと草の匂いが入り混じって鼻腔を擽った。
戦人がぼんやりと通過していると茨と茨の隙間で嗚咽を噛み殺す様な声が聞こえた。
 戦人はぴくりと肩を揺らし目を細めてその方向を見た。
この島でまだ泣いている誰かがいるのかと考えた後でその声が誰のものか思い出し戦人は茨を掴み、のけた。
手の皮が剥けて痛みを感じる。払い除ければのけるほど手は血を流した。
 ようやく視界が開けた頃には赤い日傘を横に蹲っている真里亞がいた。
その眼に涙こそ溜まっていないものの戦人を見て、その目は大きく揺れた。

「・・・・・」
「真里亞、ここにいたのか」

戦人は気まずそうに頭を掻きながら近づく。
「楼座叔母さんが・・・・・真里亞は島から船にのせて逃がしたっていってたからさ、」
語りかけながら手を伸ばす。
「だから、もう、諦めてたんだぜ」 
空港で、数年ぶりにあった時のように口角をあげて目線を合わせて、手を伸ばす。
帰って来た反応は、僅かな震え。
「・・・・ごめんな、真里亞、身勝手な復讐に付き合ってもらうぜ」
戦人は苦笑いを零しながら手に持ったままの刃物を真里亞に優しく向けた。

『くだらない、けど、やるなら徹底的にだ』

真里亞の反応を伺っていたが彼女は軽く目を細めてじっと戦人を見ているだけだった。
何の反応もしない、そのうち痺れをきらしたのか疲れたように両手を広げる。

「真里亞、俺がお前の言う怖い魔女だ」

いっひっひ、と可笑しそうに笑いながら自分の血なのか相手の血なのかわからないほどに染まった手でゆっくりと真里亞の頬に触れた。真っ白い肌に赤の線が走る。親指に力を込めながら戦人は口を近づける。
「魔女?戦人は魔女??」
「そう、俺が魔女」
吐息がかかる程度の距離で、ねっとりとした目で真里亞を見る。

「だから、少しは怖がったらどうだ真里亞ぁ・・・・楼座叔母さんも、兄貴達も、俺が殺したんだぜ、いっひっひっひ・・・・真里亞も可哀想にな、俺に殺されるんだぜ??さぁ、真里亞・・・・俺を怖がれ」

刃物を持ったまま真里亞をにやにやと笑いながら戦人は真里亞の表情が歪むのを何処か楽しみに待っていた。

「うー、怖くないよ」

一言呟かれた言葉に戦人はつまらなそうに顔色を変える。

「へぇ・・・・勇敢だな、真里亞は」

 頬を掴んだ指に僅か力を入れる。
戦人の口元は笑っていたが目を少しも笑っていなかった。
真里亞は小さく首を振る。
そしてもう一度口を開けて今度はしっかりとした目で戦人を見た。


「戦人、大丈夫もう、怖くないよ」
そう言い、戦人の首筋に手を回して抱きついた。


「え、」

間の抜けた声を落として戦人は驚きで目を丸くして固まってしまった。


「大丈夫。戦人、もう怖くないから」
「え、いや・・・その、ま、真里亞・・違う、俺じゃなくて、お前が」
「うー、大丈夫」


真里亞の言葉に呆然と動けなく戦人。
 この少女はこの状態で事態が理解出来ていないのだろうか。
 実年齢に比べ精神がまだ遅れている彼女だがそんな事も理解できていないのだろうか。
 必死に頭を駆け巡らせながら状況を理解しようと戦人は必死になった。
必死になればなるほど頭は混乱した。
 抱きついたままで真里亞が戦人の頭を撫で始めたからだ。
しかも、優しく、慈しみを込めて。
「ちょ、ちょ、真里亞・・・・やめてくれ、いや、本当に、もう勘弁してくれよ、お前に、俺はこんなことしてもらえる資格なんて・・・・・」
戦人が慌てて身を離そうとすれば大きな紫がかった瞳がじっと戦人を見て微笑んだ。

「戦人、泣いてもいいよ」

昔何処かで聞いた事がある言葉だなぁと思いつつ戦人は肩の力を抜いた。
後はもうされるがままに少女が優しく頭を撫でる感触に目を閉じていた。
自分の視界が何故かおぼろげだと思った。
ぼとりと落ちた静くを見てああ、自分が泣いているのか、という事に気づいた。
「あーぁ・・・くそ、最後の最後で・・・・情けねぇー・・・・・・」
 呟き、動けなくなってしまっった。







「明日夢さんのお墓参りにいってきたのね」
今日は彼女の命日だった。
霧江の一言に戦人は「ええ、そうっすよー」と答えながら林檎をまた一つ摘む。
「ごめんなさい、この人に行くようにいったんだけど・・・・」
別にそれは霧江が謝る事じゃない、
「でもまぁ、仕方ないんじゃないですか、親父は。こういう男っすから」
そういうと霧江は少し苦い顔をした。


「戦人くんは、時々怖いくらいに人を客観的に見るのね」

どくん、

と心臓が嫌な音を立てた。
戦人はその心情を見抜かれないように咄嗟にかわった顔色を必死に隠すために口元を吊り上げた。
引き攣らずにすんだだろうか。
「っ・・・・・・っひっひっひ、そんな事ないぜ、」
出た言葉に霧江はなお戦人をじっと見ている。
「まるで貴方は人を諦めているみたい」
責める口調でも何でもない思った事を素直に呟く霧江の言葉に戦人は何も言い返す事が出来なった。



だって、仕方ない、戦人が覚えている限り自分を愛してくれていたのは彼女だけだったのだから。


 この世界でなんの見返りも持たずに愛してくれる人間なんて本当の意味で親だけなのだが。
追い詰めたのは右代宮、くだらないくだらない資産家の一族。
それが動機だといえば浅いのだろうか。人が人を殺す理由としては浅いだろうか。酷い話なのだろうそんな事はわかっていた。
霧散してあちこちにと飛び回る自分の思想に戦人は唇を強く噛みながら考える。

湧き上るような葛藤やあの張り裂けたくなる衝動を胸にもがき苦しみ口を強く噛み嗚咽を噛み殺していたあの感情。
人が言う彼がいなかった空白の六年間など静かなる憎悪と諦めに似た寂しさが蓄積された時間だった。
「その六年を・・・・・俺がいなかった六年間、で片付けてくれるなよ」
戦人は呟きながら真里亞の細い体を強く抱きしめていた。
腕には爪がたって痛いのだろうか、真里亞は表情を歪ませたが戦人を決して放そうとはしなかった。
仇を、復讐は果たした、
戦人は乾いた笑いを零す。
しかし、おかしいのだ、成し遂げた今ではそれほどのものが可笑しいほど枯渇してしまった。
成し遂げれれば何か新しい何かになれると思ったのに。

「戦人、真里亞と一緒にいい子になろう」
真里亞の声が酷く心地よかった。
彼女の細い腕についた無数の傷痕に縋るように頬を摺り寄せてその体温を感じていた。
「ママが言ってたいい子にしない真里亞が悪いんだって、だからいい子にしてたら優しいママで帰ってきてくれるんだって」

真里亞は戦人にはよく分からない事を呟いている。
とりあえず真里亞は戦人を同情してくれているらしかった。
怒りも空虚すらも緩やかに枯渇していけば後に残ったのは、悲しい、寂しい。
 いい子にしていればまた誰かにこうやって慰めてもらえるのだろうか。
彼女がいっていたような幸せな世界にだって連れて行ってくれるのだろうか。
ああ、だったら無条件に扱いやすい、それはそれは










いいこにしますからいいこにしますからいいこにしますからいいこにしますからいいこにしますからいいこにしますからいいこにしてたのにいいこにしますからいいこにしますから。




いつかビデオで見た老婆が目の前に少女の代わりに座っていたので俺はあの時馬鹿にした事を頭を下げて許しを乞いつづけてみた。
老婆は「それがお前が選んだ結末か?」と何処か呆れた声を出した。
その声はあのしゃがれた声じゃなくて何処か若い女の声だった。不思議に思って顔をあげるといつの間にか老婆は若い金髪の女になっていた。
「これがお前の選んだ結末か」
意地悪に楽しそうに口元を吊り上げて彼女は笑っている、
俺は苦笑いをした。
真実だから仕方ねぇじゃねぇか、と俺が言うと魔女は「本当にか?」と口を緩めた。


ん・・・・・そういわれ見ると、確かになんだかおかしい。駄目だ、ああ、全然駄目だぜ。
いくら憎くても、苦しくても、俺が、この右代宮戦人がこんな事をするか・・・???

俺は女に言われた通りこれが真実なのかもう少しだけ考えてみる事にした。





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