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●縁寿の話
●空気な話




洒落た透明の丸い地球儀のオプジェ。名案を思い浮かべたとばかりに浴槽にそれを放り投げた。
 中が空洞で出来ているそのオプジェはぷかぷかと浮かぶ。

 広い大きな浴槽にぷかぷかとそれが漂う。それを追いかけまわして水面に漂わせ、 近づき体重をかけてゆっくりと沈めさせていった。
小さな気泡。が、ぷくり、ぷくりと水面から抜け出し息をはく。
 浴槽が溢れた生温いお湯が音を立てて溢れて排水溝に流れていく。
 地球が溺れていく。その様が、酷く、心地よかった。








煙をずっと見つづけていた。
 空気になって消えていく父親と母親を見ていた。
 霧散して空気に溶け込んでお母さんとお父さんは何処にいったのだろう。
 そこまで考えたところで「縁寿ちゃん・・・・・・・・・」と声を掛けられて黒い服に身を纏った縁寿は人形みたいに無表情になった顔をあげた。

「今日から、私が貴方の親になるわ・・・・・」
 そう言って微笑んだ絵羽の目がどろどろとしていたのを縁寿は覚えている。







 指定されたお風呂の時刻になったので寮の生徒達が大きなこの風呂にちらほらと姿を現しはじめた。
 そこで縁寿を見て固まる。

「右代宮さんそれ、学校の備品・・・・・・・・・・・」

「それが?」

 馬鹿、話しかけたら駄目よ、とその子の友人が軽く嗜める。距離が開いた所で縁寿は馬鹿らしくなって地球儀の地球の部分をそのままにして浴槽から上がった。


ばばらい、ららばい。

ララーーーーーばいーーーーーーーーーーーーー

 単語を鼻歌交じりに呟きながら(ララバイ、語源は忘れた、意味は 子守唄)縁寿は白い透き通るような肌(母親譲り)鮮やかな赤い髪(祖母譲り、兄と共通)から零れる水滴をふかふかの真白なタオルで包む。
 鏡に映った自分の裸身を眺める。

『兄さんと同じ歳の私』
 ついに追いついてしまった。
 膨らみある胸に手をあててみた。
 軽く数回揉んでみる。柔らかい。
『兄さんの好みっまではもう少し・・・・ってところかしら』
 じっと鏡を眺めながら考える。そのあと風が吹いて寒さでくしゅん、と小さく咳をした。
 
 くだらないなぁと思い、ゆっくりと服を着込んで就寝。
 どうせ目が覚めたら始まった現実に泣きたくなる衝動。
 意識が覚醒したと同時に世界を呪い始めて、
 ぼんやりと上半身をあげると服装を整えられて。
 鏡に映る自分の髪に櫛が入れられていく姿を見つつ縁寿は無表情に人形のように黙っているだけなのだから。
 この眠りにつく瞬間が何よりも幸せ。縁寿はゆっくりと目を閉じた。


 次の日、校庭を歩いているとなんだか表が騒がしかった。
 動物小屋で数羽の鳥やウサギ殺されていたらしい。
 教師達は不審者か野犬の仕業だと説明したがこの世界でも有数なセキュリティ万全なこの学園にまさか不審者や野犬など入るわけもなく。
 だれもがわかる、これは内部の人間の仕業だと誰もが気づいている。
 ただ、学校側のこの学校にそういう不振の輩がいるという事実に目を覆いたいので外部のものの仕業だと言い張る。
 そんなものだから朝の日課、教会へのお祈りに向かう女生徒達の帰り道には
 噂話で花が咲く。
「だからぁ・・・魔女の仕業だって」
「ええ、でもあの人がそんな無意味な事する??」
「ほら、昨日も学校の備品壊してたみたいだし。気に入らなかったのよ、だって以前、鳥小屋の前でじっと鳥をみてたもの、きっと囀りが耳障りだったのよ」

 くすくすくす、その笑い声の後ろに縁寿は立っていた。

「じゃあ・・・私がやったのね」

 驚いたように二人が振り返る。縁寿は無表情に呟く。
「じゃあ、私が動物を殺したのね」
 固まってしまっている二人の反応を無感動に受け止めて、うんうんと縁寿は頷いた。 
 そしてそのまま去っていく。
 この学校にいる自分を知るはずの人間がそういうのだ間違いはないだろう。
 それが人々の中での真実になるのだろう。
 間違ってなどいないだろう。
 ただ、縁寿は鳥もウサギも可愛がっていたという事実を除けば。

 授業が終わって部屋に帰ると縁寿は部屋の鍵を閉めてカーテンをひく。
 机の上の物の位置がずれている。
 誰かがまた忍び込んで何かしていたのかな?と疑問に思う。
 一番上の引き出しを開けて古いカセットテープを出す。
 兄さんの荷物の中にあったものだ、と縁寿は大切そうに机の上におく。


♪     ♪      ♪ 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ららばーい・・・・・・」
  古いカセットテープから掠れた音楽がなっていて、止まりそうになるたびにそれを何度も叩いて繰り返させる。
 持ち主のいなくなった兄の荷物を漁っていると服やらカセットテープやらグラビア雑誌やらなにやら。
  全部宝物である。

 扉が数回ノックされた。縁寿は勢いよく顔をあげた。
 目をいっぱい開けて食いつくように扉に手をかけた。

 しかし。そこには少し驚いたようないかつい男が数人いただけだった。
 絵羽様がお呼びです、なんていって呼び出す。
 縁寿は黙ってその前を歩く。学校内でのその姿は目立った。とってもとっても。
 ついた先は病院。やつれた叔母が可哀想(と書いて無様と読む)に横たわっている。
 ベッドの上にいる絵羽がまたよく分からない異国の国の言葉のような単語をぐちゃぐちゃと並べて叫んで喚いている。
 
 なので、縁寿は丁寧に
 
 「あなたが死ぬ事を切実に願うわ」
 そう日本語でけらけらと笑いながら表情を歪めて告げた。
 縁寿が出来る表情はこれとあとは無表情なので絵羽は満足そうに微笑んだ。

『古い記憶。この人とこの人の優しい息子に優しく撫でてもらったこと。古い記憶。お母さん達が死んで悲しかったけど、この人が生きていてくれて、私を引き取ってくれると知った時にわずかばかり嬉しかったこと』

 もう内緒話にもならないけど。


 あの少し冗談がきつくても子供にはとても優しくて美人で聡明だった『絵羽叔母さん』は何処に消えたのだろう。
 ぼんやりと考えながら縁寿は病院を出た。


 迎えの者の車に乗る。流れる夜の景色を見ながらチカチカと光るネオンの海に体を任せて目を瞑る。

「ああ・・・・そこ、右に曲がって」
 運転手に命令。車が右に曲がった。
 この運転手は縁寿の世話係で彼女の理解者。
 絵羽は緑寿が舌を噛み切って自殺を図らない程度に彼女の理解者を与えて周りに人間を置いている。
「縁寿さん、何処にいかれるのです」
 ボディガードの声が低い。
「逃げるの」
「逃げれるわけがありませんよ」
「どうかしら」

 縁寿は両手にいっぱいのお金を握り締めて微笑んで見せた。
「あの女の倍は払うわ、私を逃がすのよ」

 縁寿は不器用に口の端を緩めて笑った。








 車がゆっくりと目的地に音を立てて止まった。
 縁寿の住む学校に。




 なんだかとっても泣きたくなった。
 




 両手に握りしめた札束と一緒にベッドにダイブ!!!
 古いカセットテープを再生させながらまた眠りについた。
 辺りは暗闇。ちらほらと見える光の洪水が向こうから迫ってきて縁寿を飲み込んで殺してしまったのであまりいい夢ではなかった。

 その証拠に縁寿は夜中に目を覚ました。
 流れる汗の不快感を感じて恐怖で荒い息を吐きながら。

 誰か、誰か、誰か。
 縁寿は頭を抑えて呻く。
 こんなの嘘だ、こんなのはない。縁寿はゆっくりと思う。
 そう、あの扉を開いて、迎えに来てくれるの、兄さんが。
 それは今!
 記憶が思い出にならないように、掠れてしまわないように穴があくほど眺め続けた兄の写真のおかげですぐさまリアルに兄姿は現れた。


『ごめんな、縁寿・・・・・寂しかっただろう?さぁ帰ろうぜ、』
「・・・・・・帰るって何処によ」
『そんなの俺達の家にきまってるじゃねーか』

 そうそう、こんな感じだ。

「そうよね、折角、兄さんがあの家に私達と住んでくれるようになったのに・・・・私、兄さんが私達と住むようになると聞いて本気喜んだのよ、嬉しかったのよ。世界に光がさしたのかと思ったわ。あの日が私にとっての人生で一番嬉しかった日なのよ?それをわかってるの・・・・・・・???」
『ああ、だから帰ろうぜ、縁寿』
 そういって兄さんの優しくて大きな手が私の頭を撫でた。
 縁寿はなんだか悔しくなって嬉しくなってぎゅっと目を瞑った。

「でも・・・・・・あの家はあの魔女に売り飛ばされてもうないのよ??何処に帰るの???」

 兄さんが固まってしまった。

『・・・・・・・・・』
「兄さん??」

 ああ、私の馬鹿。自分で答えれない質問を兄さんが答えれるわけがないじゃない。
 そこで縁寿は現実に戻ってきて絶望で深い息をついた。
 その後で馬鹿馬鹿しくなって片手で髪をかきあげて自虐的に笑った。
 それを誤魔化す為に縁寿はその夢と現実の間の中で兄の唇に自分の指を這わせて頬を包んで額と額を重ね合わせた。

 兄は苦笑い。ぎゅっと抱きしめて「おにいちゃん」と呟いて、熱源を求めて体を子犬が母犬に甘えるように摺り寄せていく。
 
 触れるだけの口付けを甘く繰り返す。兄が肩をつかんだ。
 それだけで顔の熱があがって縁寿は失語症の患者のように言葉がつまってしまう。
 真赤になった顔で戦人を見る。
 次に、もう一度顔を摺り寄せて数十年ぶりの人肌を感じて、兄の服を乱しながら肌を露出させていく。
 めいいっぱい肌と肌を擦りあわせて余す事なく二人の間に隙間がないように密着させた。
 もう離れたくないと。折角帰ってきてくれたのだから。もう余計な事はいわないから

「ここにいてよ、兄さん・・」


 頭の中で惨めだなぁなんて思いながらその温もりに縋る。


「・・・・・・・駄目だぜ、全然駄目だ」

 兄が手を出して肩を離した。想像が、離れた。

「・・・・・???????」
 目と目を合わせさせて少し怒ったような顔をしている。
「縁寿、」
 口を開ける。あ、そうだ忘れていた。
兄さんって笑ったり、大きく口を開けると八重歯が覗くんだ。
「・・・・・・・・え?」
「こんな未来・・・・嘘っぱちだぜ?」

 ゆっくりと縁寿を戦人は抱きしめた。
「 お前の未来は明るい、明るいんだよ。
 だってそうだろう?霧江さんにも親父にも愛されて生まれてきたお前だろう?腹違いの俺を、後からあの家にやってきた俺にあんなに懐いてくれて、あの家で居場所をくれたお前の未来がさ、こんな悪いものなわけねーだろうが???俺だけの思い出に縋って俺以外の人間の事を考えないで生きていくってなんだよそれ。お前はいろんな人に会って。幸せに生きていくんだろう???そうじゃねぇと俺は許さない」


 何身勝手なことをいっているのだろう、この男は。
 なんて勝手な妄想だろう。一体誰のせいだと思っているのだろう、わかっているのかこの男。
 そう思ったところで、


 りぴーと。
 目がまた覚めた。


本当にもうむかつく夢。
 『そんなこと言ったて、世界中の誰からも愛されず理解されず全うな青春もおくれず隔離されつつ、いつ気が変わった叔母に殺されるかもしれない生活、売りに出されるより酷い扱いをうけ捨てられるかもしれないそれが右代宮縁寿の人生じゃない。そうね、確かに駄目ね、全然駄目ね、』
 
 時計を見るとまだ夜明け前の薄暗い空だ。
 まだ、眠れるなぁなどと思って横についた。

 それでもこの世界に見切りをつけずにいてしまうのは、この世界を愛していると考えてしまうのは。

 開いたままにしてしまっていた窓から冷たい秋の風が頬を撫でた。もうすぐ10月、10月5日である、

『兄さんの棺桶の中が空っぽだったからだわ』

 事故であって死んだなんて、なんて陳腐。現実味がわかないシュールな原因。
 理由は、右代宮戦人は細切れ肉片になりすぎてとてもそこに収めれなかったと聞いたが、それでも両手で顔を覆い隠して空の棺桶が焼かれていく場面を見ながら、縁寿は感謝した。



 世界に最大限の感謝。兄さんが生きているかも!
 という期待。
 今は長い憔悴の人生をありがとうと、血反吐を吐きそうな気持ちで思い続ける。
 それでも本当に。愛しい、この世界。

 考えるのをやめると、

 ららばい、ららばい
 テンポよく流れる音楽。つけっぱなしにしていたラジカセから流れる音楽に身を任せて、
 
 
あいらぶーーーーらーーーーぁああーーーーーーーーヴーーーーーーユーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


わーーーーーーるどーーーーーーーーーーーーーー。

 布団を頭から被り縁寿は




『  ♪ ・・・  

 ♪   ・・・・     ♪  』

 目を閉じた。
 閉じると溜まっていた涙が落ちて頬を滑り毛布に染みた。















「お帰り、お帰り、お帰り、兄さん、会いたかった、ずっとずっと、ずっと!!!兄さん!!お帰り!!!!!!」





 布団に顔を擦り続けてもう現実は当分見ないふり。
 その様が、酷く、心地よかった。






私にとって人生で最悪な日でもひょっとしたら別の誰かにとってみれば誕生日かもしれないし私にとって最低な人生でもひょっとしたら別の誰かにとって最高の人生かもしれないし。










 だから世界よ滅べなんて言わないけれど。



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